日常って、微妙な差異こそ大事かなと思います。


by KATEK
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また、です。

「半音階のうつろい」なんて、ブログ名に変えても、
実態のわたしはちっとも恰好よくなるわけではなく、毎日のように
愚痴ばかりこぼしている。

病気をもっていても静かにそれとつきあっていく人も多いだろうに、
わたしは叫ぶように書きたてている。
ぶざまだけれど、そうでもしないとやっていられない。

膠原病ということばを何度ネットで調べただろう。
糖尿病かもしれないという不安もでてくる。
結果はもう少しででるというのにじっとしていられない。

朝は手が痛いというのにアクセサリー作りに没頭し、相方が
ストップをかけてくれた。
手が熱くなっていた。

そうの状態とからだの状態とが両方からんできて、自分で自分が
抑えられない。

そうの状態を和らげるには薬を増量するほかなく、そうすると
頭がぼーっとして名詞もなかなか出てこなくなる。
ことばがでないじれったさ。
どこまで何をがまんすればいい?

ぼーっとして名前や単語が出てこないのはしかたがない?
授業では緊張するから少しは違うけれど、でも板書の間違いは
増えるし、言葉が出てこないからうまく話ができないし、
これは本当は困りもの。
でもそういう状態をけっこう続けてきたんじゃない、そう自分に
言い聞かせるしかないか。

痛みはどうする?

膠原病であれ、糖尿病であれ、病名がつかない場合であれ、
(更年期障害といえばなんでも解決する?)
ともかく痛みや薬との付き合いは切れない。
折り合いをつけるしかない。
わかっているんだけれど、きついんだなぁ。
だからこうして愚痴を公開してしまう。

さっき外に食事をしに行った帰りに、後ろで
「やむー!」という大きな声がした。
高校生か、中学生かだ。
今度は「病む」が「やむーっ」になったか。
病んでいるというのは、彼女・彼らにとってどんな状態なんだろう?

辻村深月という作家のことを、今朝初めて知って興味を持った。
彼女は高校生や小学生、そして今になって初めて中学生を
主人公にして小説を書いたということ。
今まで中学生を主人公にした小説が書けなかったのは、
あまりに中学生の内面がデリケートだからだったらしい。
中二病ということばがあるくらいだから。

わたしからみれば元気に見える・元気に聞こえる人たちだけれど
病んでいるのか・・・

わたしの病み(闇)とどうつながる?
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# by KATEk | 2011-09-25 21:21
相方が高圧洗浄機でベランダの掃除をしてくれている。
濡れてもいい恰好でとはいえ濡れている姿を見ると
ありがたいやら悪いやら。
マスクなどしていないし、埃を吸った水しぶきをかぶっての掃除は、
けっこう危ないのではないかしらん。

大人の被ばくはある程度がまんせよ。
子供を第一に!
という優先順位はもちろんある。
でも大人もできるだけ安全な状態を求めるのは当たり前。
煙草もたくさん吸い続けている相方が、がんのリスクを高める
行為をすることは、わたしにはちょっとストレスフル。
といって、わたしが代わってやることもできず、見てるだけ。
(からだを動かすのがしんどい。痛みがあちこちにでている。
膠原病じゃないというならこれはいったいなんなの?といいたい。
何か治療の方法はないの?
でも、膠原病だって言われるのも困るしなぁ。
ともかくこの痛みを和らげてほしい!!)

と、こんなことを書きつつ、相方の相方の姿を見ると、薄着のせいで
おなかがでっぷりふくらんでたれてきたのを再認識。
OH!
わたしが「タニタの社員食堂」の作り手のように、カロリーオフな
食事を提供できないのは悲しい。
買ったものばかりで味は濃いし油っぽいし、そんな食事になってしまう。
甘いものも欠かせない状態で。(覚悟の問題で、食べないと決めれば
それが一番なのだが、そこだけはつい自分に甘くなっている二人。
わたしのほうがずっと甘いものはたくさん食べているけれど。)

人のふり見てわがふり直せ。
ということばは、本当によくできていることば。
わたしのメタボぶりはもっとすごい。
筋肉はどんどん落ちておなかから太ももまでにたまってきた。
着られないズボンもでてきており、これはいかん。

せめて呼吸を変えて、内臓を動かそうと思うのだがこれまた掛け声で
終わり気味。
相方だってずいぶん気にして、自分なりのセーブはしているから、
私の場合はもっともっとセーブしないと間に合わない。

と、ここでまた話は変わり。
「読書人」という新聞にこれから出る本の紹介があった。
9月下旬に出る予定の『何か、わたしにできることは?』という絵本。
これ欲しーい。
スペインの作家によるもの。
コラージュに興味がある私には見逃せない。
もちろん話の中身も!
西村書店で発売。

深呼吸の秋。
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# by KATEk | 2011-09-25 14:35
今日は突然思いついたアクセサリー作り敢行。
指が痛いのにこんなことして…と相方に怒られそうだ。
でも作り始めたら、かえって指が細くなった。
やっぱり使わないとだめってことかな。

作ったのは皮を土台にして、何種類かの糸や毛糸が混ざった糸を
ぐるぐるっとまとめたものを皮にはるつける。
(念のため縫ってとめる)
その隣にビーズとボタンを縫いつけてできあがり。
裏面は、あまりの皮を縫いつけ、そこに皮ひもをいれて
首からかけてもよし、ピンを入れてブローチにしてよしという設計。
色味は青とオレンジが基調。
土台の皮は、安く売っていた端切れの濃い茶色もので、それを
台形にカットしたもの。

もう少し涼しくなったら使おう。
(写真をいまだに載せる技術がないのが残念。)

今日は涼しい夜になりそうだ。
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# by KATEk | 2011-09-24 20:34
朝から気持ちのいい晴れだ。
秋,陽が気持ち良く外に出たくなるような日ばかりだったら
そんなに調子を崩さないですむかも知れない。
なにしろ季節性感情障害は,日に当たる量に影響されるものだから。
(稲みたい)

ここ1・2週間はとっても変な夜が続いている。
2時から3時の間に目がさめて,パンだのヨーグルトだの一食分を
確実に食べている。
半分寝ながら。
もちろんメタボが進んでいく。

薬のせいにするなかれといわれるが,薬の影響は大きい。
(主治医によれば,薬でたりないところは理性でカバーせよ,と
いうことなのだが,その理性が働きにくくなっているわけだから,
そんなこといわれても・・・と言い訳するわたし)

ここのところ書いているブログを読み直しても,なんだかおかしい。
ことばの使い方が間違っていたり,変に饒舌だったり。
薬減らしたいよー。

さて今日はどんな日になるかな?
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# by KATEK | 2011-09-24 07:52
相方が教えてくれたスポットのひとつ,
上野にある2k540 AKO-OKA ARTISTANに行ってきた。

前に映画『真昼の星』(だったっけ?)
『阿賀に生きる』という映画の助監督だった人(これも名前が
でてこない。じれったい。)で,自殺してしまった・・・
佐藤真さん?が作った映画をみたことがある。

福祉施設でいろいろな人たちが個性ある作品を作っている
様子を映画では伝えてくれた。

その福祉施設が,形を変えてアートに専念するような形で
活動しているらしく,その展示をやっていた。
(いまはスタジオクーカという名称で活動中。神奈川県の平塚に
ある施設だ。)

映画のときは製作の段階や,いろいろな人のひととなりを写していたので
実際ダンボールを多用して作った展示を見るのは新鮮だった。
なんだか惹かれる形や色使い。
明日は紙芝居や人形劇もやるとか。
スタッフがアドバイスしていろいろなものが出来上がる。
平面(絵)だったものが,人形になり,バッジになり,トートバッグや
本のカバー・Tシャツにまで。

そこにはスタッフの人と,施設に通っている人3人がいて,
すこしおしゃべりしてきた。
その一人の書いた絵を買い取ってくれた会社もあるとか。
わかるわかる!
だってほんとにきれいだし,ユニークだから。
アウトサイダーアートといっていいのかわからないけれど,
なんだか解き放たれているんだな。
作ることを楽しんでいる様子が伝わってくる。

わたしも今年の美術部の文化祭でダンボールを使ったことや,
日比野さんのダンボールアートが好きだったりすることもあって,
ここで使われていたダンボールの作品をみたら,無性に
ダンボールアート(?)がしたくなってきた。
(でも,この指と手じゃできないけど)

今度,平塚にもいってみたいなぁ。

ここは常設のお店と,クーカのようにイベントをやるスペースと
両方あるので全部見るとけっこう楽しい。
手ぬぐいのお店もあった。(これは期間限定のお店)
皮を扱ったお店は常設が多く,谷中コーヒーという安くておいしい
コーヒー屋さんもあった。(これは常設)
日本百貨店も見飽きない。

充実した一日。
(でも疲れたのか,いまどんどん指がはれてきている)
クーカのH.Pはお気に入りにいれた。
そうだ。
秋は芸術なのだ。
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# by KATEK | 2011-09-23 22:09
秋分の日。
昼の長さと夜の長さが同じになる。
あぁ,暗い時間が増えるのか・・・
秋は好きな季節なのだけれど,からだはどうやら
嫌っているようだ。

ノルウェーやフィンランド,イギリスに行きたいと思っても,
こういう国は暗い時間が多いから,からだはもたないだろうな。
『青い光が見えたから』を書いて日本からフィンランドに
移住してしまった彼女・・・えーと名前が出てこない。
長い長い暗い時間によく順応できたなぁとちょっとうらやましい。


さて,
先日,『詩人会議』という雑誌のことを書いた。
アーサー・ビナードさんと伊奈かっぺいさんの対談。
ここで,授業で使えそうな部分を記録しておこう。

・CO2(2という数字を小さくかけないなぁ,失礼)をださない
 発電として,地温暖化説を利用した広告を政府や電力会社が作るとき,
 かならず「発電時に」といれている。
  →アーサー・ビナードさんは,広告を見るとき,この
   言葉が抜けていないかと虎視眈々とみているそうだ。

・「使用済み燃料」という言葉。ウラン235を核分裂させて
 「死の灰」をつくると,すごい放射性物質の手ごわいやつが
 いっぱいできる。一億倍に増える。それを「使用済み」と
 いってなんか無難な感じがするんだけど・・・
   →アーサーさんの話

・ 原発の話をする時にはおならにたとえていうとと,考えた。

  わたしは絶対におならをしませんという。でも,朝のうちに
  さんざんおならをしておいて,会場にやってきて,夜家に帰って
  またおならをいっぱいするのだけれど,講演中はがまんする,
  というのと同じだと。
   →アーサーさんの話

わたしはアーサー・ビナードさんが好き。
彼の話や文章はできるだけ読みたいと思っている。
この「詩人」はことばに敏感だから,かれから学ぶことは多いのだ。
これからもチェック!

ところで,今日も手がこわばっている。
膠原病の検査中だけれど,膠原病の症状を読むと重なる部分が多い。
今までも何回も検査はしたけれど,結果は異常なし。
でもこんなに手がグローブみたいな感じがして熱くなっていたり,
指が痛かったり,足全体が痛くて立っているのがすぐに辛くなって
しまうのだから,なんとか病名つけてくれないかしらん。

ある医者は,「こんなに薬を飲んでいるんだから,そういう症状が
でてもおかしくないと思いますよ。」といい,
ある医者は,「その程度で膠原病といったら,日本中の人の半分くらいは
膠原病だってことになってしまいますよ。」と言った。
まぁそうであっても,ペットボトルのふたをあけるのがつらいような
状態どうにかしてくださいよ,まったく!

最後はまた愚痴でした。
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# by KATEK | 2011-09-23 09:10
台風はあっという間に来て,さっさと行ってしまった。
いろいろ壊して。
明日から秋になるのか知らん?

原発事故に関して授業の感想を書いてもらった。
まだ書いている途中で,生徒は
「地球温暖化を防ぐには,火力発電はよくないから,
やっぱり原発が必要じゃないか」
とそんなことを隣の席の生徒と話しているのが聞えた。
でたか,温暖化!

電力が足りないという宣伝に対しては,他の方法で
十分まかなえるといってきたので,それでもまだ原発が
必要だと言う声は聞こえなかったけれど,そうきたか。

この「温暖化」という問題は,わたしにはまだ解けない。

最近売れっ子になっている武田先生(?)ほか,槌田さん
(名前がすぐにでてこなくなってしまった。よくわからない
書き方になってしまって失礼します。)など,一部の学者は
温暖化を否定している。

本屋で立ち読みして,武田さんの言い分には間違いがあるらしい
というところまではわかった。
でも他の人の「温暖化はうそ」という意見はどうなのか?
これから少し勉強しなおしする予定。

・温暖化してはいないという説
・温暖化しているのは事実だが,それほど大問題ではない
 という説
・温暖化も問題だが,地球に住んでいる人間にとって
 (とくに発展途上国の人たちにとって)生きていくうえで
 解決しなければ問題を考えたら,もっと急いでやらなければ
 ならないことがあるとする説

温暖化というのは,かなり政治的な問題になっている。
だから慎重に伝えなければと考える。
でも,こんな風に予習しながら,毎年頭の中を更新させて
授業に臨むのはしんどいことではある。
今まで自分が言ってきたことが「うそ」「不適切」だと
どんどんわかっていくから。

それに,自分自身が少しわかってくると相手に伝えることは
情報過多になりやすくなる。と,相手はわからないままに
終わってしまうという事態がおこる。

教科書に書かれていることを無味乾燥した状態のまま
生徒に提供するのが,私の職場では無難なのだ,たぶん。
でもそうできないわたし。
「適当に」というのはとても難しいやりかただ。

裁判員制度に関しても,去年と今年では,わたしの考えは
もう違ってきている。
大衆の参加は厳罰化を進めると思ってきたが,どうやら
そうでもなさそうだ。
陪審員制度,参審員制度を長く取り入れている諸外国の
例を読むと,厳罰化を防ぐ役割をになっているようなのだ。
日本人のこと,日本の制度のことだから,すぐに比較は
できないけれど。
だから,裁判員制度のよしあしもまたすぐには解説できない。
これも,また勉強のしなおし中。

読まなければならない,調べなければならないことが
山のようにある。
でも,そうして得た結果をいつまで生かせるのかと
考えるとちょっと寂しくなる。
定年までがんばれるとは思えないから。

今日も朝はひどい頭痛で起きた。
頭痛をどうにかしたいのか,夜中は寝ぼけた状態で冷蔵庫を
あけ,かっくんとしながら(8割り寝たまま)何かを食べる,
そんな日が続いている。

下肢,手・指,腕,頭といたいところだらけ。
今は鎮痛剤のおかげで指が少し楽なので,こうして書いて
いられるわけで。
でも,鎮痛剤も飲んで1日1回にとどめているから,痛みを
感じている時間のほうが長い。

そして,躁の問題。
やるなという声が頭の上の方から聞こえてくるけれど,
行動にストップがかからない。
買い物衝動,片づけ衝動・・・

地球にも,仕事にも,私の頭のなかにも未解決かつ困難な
問題が多いのだ。
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# by KATEK | 2011-09-22 20:38

ブログ名変更しました。

突然ですが,ブログの名前(?)変更しました。
こういうのあり?とも思いますが。

最近,「風を感じて話しませんか」というなかの
「話しませんか」がなんだかしっくりこなくなっているし,
(独り言みたいなブログになりつつあるし,社会性も
なくなってきているので)

もうひとつは竹村真一『宇宙樹』を読んで,とっても
その文章に惹かれたこともあります。
あ!これだ!という感じがしました。

変更したブログ名は,ちょっと気どりすぎかもしれませんが
笑ってやってください。
わたしのブログ名をブックマークしてくださっている方,
恐れ入りますが,変更お願いします。

変更後のブログ名。
<半音階のうつろい>

変更理由になった『宇宙樹』の中から文章を引用させて
もらいます。

志村ふくみさんの言葉やほかの事象を書くなかで,
  <たとえば,夜明け前の空の色が,時とともにゆっくり
   変化していく。またそれにつれて海の色も,灰色から
   次第に豊穣な「青」の半音階へと移行していく。
   自然の時間層のなかに連続的に立ちあらわれる,色彩の
   微細なグラデーション。そのどの瞬間の色彩も取り逃がす
   まいとして,移りゆくプロセスを執拗に微分し,その
   言い表しがたい色の消息の一つひとつに名を与えるという
   困難な営みを,私たちの文化は限りなく深化してきた。>

  <そもそも,いかなる色も静止してはいない。赤のうちに
   緋もあれば橙もあるというだけでなく,それ自体「黄との
   境目がわからないところが面白いのだ」。>

<宇宙を身にまとう>という文章のなかには,
   <まず何より「薬」と「色」というもの自体が,本質的に
    同じものの二つの側面である。・・・色を身にまとうと
    いうことは即ち薬を身につけるということにほかならない。>
と書いてあります。

様々なものが交じり合い,うつろいながら存在する。
微妙な変化を逃さないことが,今の私のからだにも心にも頭にも
必要な気がします。

ということで,「半音階」づつ「うつろう」様子を感じ,
自分自身がそういうわずかな変化,グラデーションをもって
変わっていきたいなと思った次第。

新しい名前で,これからもよろしくお願いします。
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# by KATEK | 2011-09-21 19:35

詩集 『向日』

渡辺洋さんの詩集を読ませていただいた。

渡辺さんのブログをたどって,その詩集
『向日 歌う言葉』の評を書いている方の
文章も拝見したので,わたしのただただ
「気に入ったところ」という感想は
恥ずかしいけれど…

でも好きなフレーズを紹介させていただくことにする。
それもひとつの詩を全部紹介するのではないので,
失礼になるかもしれないけれど。
(渡辺さん,お許しください)


   向日2 より  

  さわやかな投石のような言葉をさがす
  言葉の瓦礫にうずもれているぼくを呼び起こして
  青空に放り出す言葉をさがす


   向日5(若いKくんに)より

  自分をうまく殺さなければ生きていけない時代の
  夜を泳ぐ言葉があふれているけれど
  ぼくは朝を待つ言葉で話がしたい
  きみと まだ出会ったことのない人々と
  漂流物のように歌が打ち上げられる岸辺で
  かき消されてしまった声を見つけあうように


   ミランダ  (これは一番好きな詩。全部紹介したい
          けれど,一部だけ。)


  世界はまだすき間で満ちていて
  大切なものを手紙のようにすき間に置いて
  人は忘れてしまう ミランダは
  置き忘れられた大切なものを見つける力がある

  待ちくたびれたぼくは眠くもないのに眠ってしまったり
  暴力のイメージやお金もうけに身をまかせて
  時間を塗りつぶしたくなったりするけれど

  ミランダは教えてくれる
  見つめ合うことができないときも見つめること
  見つめることで傷つけそうになったら
  ふっと目をそらすこと 待つこと
  見つけたら立ち止まること

  たとえば
   以下 略

こう書いていると,たぶん共通する何かを
わたしは感じているのだと思うのだが,
ことばにならない。
分析できない。
(渡辺さん,ごめんなさい)


今年の職場でのある冊子にのせるのに,
「あなたの好きなことばを書いてください」と
春に職員全部に依頼がきた。

わたしが書いたのは,「見つめる」。
「ありがとう」とか熟語とかが多かったなか,
わたしだけが動詞。
でも,好きなのだからそれでいい。
見つめることで,自分も変われたり,発見したり,
感じられたり,伝えれられたりもする。


渡辺さんの見つめることばが,わたしに何か
希望をくれるのかなぁと思ったりもして。
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# by KATEK | 2011-09-21 05:30
台風が近づいてきた。
土砂崩れなど,自然災害(人為?)が後を絶たない。
これからおこるであろうあちこちでの大きな地震の
ことを思っても,なんだか不安ばかりが先に立つ。
不安をあおるなという発言が,これまたいろいろな
ケースででてくる。
でも不安をもちつつ,だから具体策を考えようという
専門家の話が聞きたい。
某公営放送局は,最近お涙頂だいや美談を伝えることが
増えている気がする。
今,決して「明るい」世の中ではないと,わたしは
感じる。
不安を忘れさせようとする報道は受け入れがたい。

個人の生活の中でこそ,ちっちゃな明るさを作り出したい。
不安に備えての元気の元をつくるため。

ところで
台風は秋を運んでやってくる。
いままで毎晩聞いていたボサノバはそろそろ出番が
減ってくるだろう。
独りでいる時間,ロバータ・フラッタやジャニス・イアンの
歌が聞きたくなってくる。
さっそくかけよう。
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# by KATEK | 2011-09-20 21:34