日常って、微妙な差異こそ大事かなと思います。


by KATEK
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2008年 07月 08日 ( 1 )

今日も朝顔が咲いてくれた。
雨の降りかたもだんだん変わってきたし,夏はすぐそこだ。

DVDで,映画 『ヒロシマ ナガサキ』 を見た。
映画館で見られなかったから,(DVDになるとは思っていなかったので)
見逃してしまったと残念に思っていたら,ひっそりとビデオ屋さんに
おいてあったので,さっそく借りてきた次第。

ひとことでいったら,これはたくさんの人が見たほうがいい映画だということ。


一昔前に,10フィート運動というのがあった。
(それについてはこんな説明があったので,コピーした。)
  >「10フィート運動とは……アメリカに眠っていた原爆による
  >ヒロシマ・ナガサキの惨劇の跡を撮影した莫大な量の
  >映画フィルムを、私たち市民の力で入手し、・・・・・記録映画を制作し、
  >世界的な上映運動を展開しようとたち上がった市民運動です。
  >映画フィルムの10フィート分・1口3000円の費用を出しあうことによって
  >進められた運動です。・・・・市民運動を「10フィート映画運動」と
  >呼んでおります。」
この運動で作られた映画は,原爆被害をあらわに見せてくれるものとして
大事なものだとは思ったけれど,歴史の問題いいかえれば伝えるという
ことの意味を考えるには,足らない部分があったと思う。

この映画『ヒロシマ ナガサキ』は,被爆した際の映像から現在までの
時間を追って,被爆体験と原爆投下に関わったアメリカ人とのインタヴューが
時系列で織り込まれている。

あぁこんな時間を生きてきたんだと,想像するヒントを与えてくれた。

子どもの頃に被爆して,焼け爛れた皮膚を手当てされていたときの
ことを語る男性。
朝,ガーゼをはがしにくる看護婦さんに(看護士)「殺してくれ」といったそうだ。
ガーゼをはがす時の痛さは,気が遠くなるようなものだったと。
ガーゼをはがして蛆虫が皮膚をかじり始めると,それもまた痛んで。
いまでも,まだ通院しているし,ケロイドはそのまま残っている。

軍医としてヒロシマにいた男性。
生き残りそうな人だけ手当するために,死体の山を突っついてまわった
のだという。
生き残りそうなきれいな状態の人たちが,少ししてから次々と原爆症で
亡くなっていく。
でもそのときは,なぜ死んでいくのかわからなかった。

生き残ったはいいけれど,ケロイドがひどくて差別されてきた人たち。
生き残る勇気と死ぬ勇気と,どちらを選ぶかだったという女性もいた。

『夕凪の街 桜の国』でも,『父と暮らせば』でも,どちらも
被爆して生き残った女性が「わたしは生きていていいのか」と,自問する
ところがでてくる。
即死も,痛さに耐えかねて死ぬのも,生き続けるのも,
どれも選びがたい苦痛だったのだということ。

60年という月日が,まだ昨日のことのようにこびりついている人たちが
大勢いる。
この過ぎ去った時間は,過去のことではすまされない時間。
生きている時間。

あぁ,もっと知らなくてはいけないんだ。
そう思う。
できれば,わたしも,自分の知りえた範囲で,何らかの形で,
伝えていかなくてはいけないのではないかと。

重いことだけれど。

今日はここまで。
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by KATEK | 2008-07-08 21:10