日常って、微妙な差異こそ大事かなと思います。


by KATEK

2007年 02月 27日 ( 1 )

出口のない海

駅の階段を前にすると,あぁエスカレーターはやめて,階段にしなくっちゃ
そう思って実行に移さない自分がなんとも情けなくなる。
今日は,前向きに階段をのぼった。後悔しないために・・・
のぼってしまうと,大したことはないのだけれど,これがなかなかできない。

それはわたしが頭痛もちだってことと大きく関係している。
垂直移動は,頭にずっきんとくるのだ。
ほぼ毎日頭痛はうっすらあるから,階段を上ってずっきんとなったらどうしよう
そんな不安が先に立つ。

今日は頭痛がするから,階段を使ってみようと思ったのだ。
まぁ大したことはなく上れたので,駅ひとつ分歩こうと,さらに鞭打った。
やっぱり痛い。

でも,オオイヌノフグリの前で立ち止まってながめていた一時,
ミツマタ(オレンジ色のもの)を見つけたとき,
この時間のあたりでは,頭痛を忘れていた。
ほんの数分づつだけれど・・・

どうすれば,この厄介な頭痛がなくなるか
今のところ解決方法はない。

ところで
映画『出口のない海』(DVD)は見てよかった。

特攻隊=神風=飛行機で体当たり,というのは知っていても
人間魚雷,回天のことは知識だけで,まったくイメージというものがなかった。
だから,回天そのものがどういうものか知ることができたということは,
まず一つの収穫だ。
そしてこの映画の内容。
何のために人は死ねるか,という問いかけがありきたりのものでなかったこと。

国益ということばが,今の世の中でも政治家の中では流行っている。
いいかえれば,「お国のために」だ。
死がうつくしいものである,自己犠牲は尊いことである,と
この国の首相は考えているのか,また人びとにそう思わせたいのか,
はっきりしたことは言わないけれど,
そんなの嘘だって考えるきっかけにはなる。
この映画の描き方。

主人公は「お国のため」にではなく,こんな考えられないような死に方を
選らばされたということを伝えるためにといって,出撃した。
けれど,操縦がへたな彼は,突撃・撃沈する前に,海底の岩盤にはまってしまい,
じわじわと動きが取れない回天のなかで死んでいったのだ。
なんという「犬死」か。
でも,その滑稽さと必死の思いがわたしのなかで深く沈んだ。
こんな死に方を誰にもさせてはならない。

死が美しいとしたら,それは家族の中で安心してにこやかに逝くことができたとき
だけだ,そう思う。
そういう死にかたができる世の中であってほしい。

「人権メタボリック」なる発言が,また国会の中でされたようだが,
どんどん失言してほしいものだ。

さて,頭痛がまた薄らいできたようなので,ちょっとストレッチでもしよう。
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by KATEK | 2007-02-27 20:59