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日常って、微妙な差異こそ大事かなと思います。


by KATEK
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ドキュメンタリーは嘘をつく

森達也さんの書いた『ドキュメンタリーは嘘をつく』を,
ドキュメンタリーにした番組を見ました。

森さんは『A』とか『A2』とか,オウム真理教のことをとりあげた
映画を撮って,だんだん名前が知られるようになってきた人です。

ドキュメンタリーをドキュメンタリーにするという入れ子の構造が
私は最初わからなくて,ずっとだまされてみていました。

いろいろなドキュメンタリー作家や映画監督,プロデューサーに
ドキュメンタリーについてインタヴューしているところ事体は
結局,「自分の切り取り方で作られていくのであって,真実を
とろうとなんかはしていない」という定番の答えで
ふーんとみていたのです。

そのうち森達也さんが,インタヴュー中に自分のケータイにかかってきた
用事をうけて,「ちょっとごめん。大事な用ができて俺これで帰るから。」
などと言い出し,だんだん険悪な状態が映し出されていくようになると
わたしったら,「なんてやつだ」と本気で思い込み・・・
ラストになって,配役が字幕で示され,(実はこの番組は森達也さん自身
が森達也さんの役を演じた作品であるということがわかるまで,)
だまされ続けました。

私は本当にだまされやすい人なんです。
困った・困った。

これでは今の社会にたちうちできません。

ということを今まで以上に知らされました。


今日の読書は西原博史『良心の自由と子どもたち』岩波新書 です。
これも読みやすい本で朝からで読み終わりました。

(そういえば,ずっと前から読み始めていた『神への告発』は,昨日
やっと読み終えました。重度脳性麻痺である作者の自伝です)

「国歌斉唱」「国旗掲揚」という「行為」が強制されることの問題を
もっと根本から,(思想の自由というところから)解説しています。

「国民の教育権」と言う考え方が当然だと思ってきた私は
ここでまた,自分の無知を知りました。

「国民の教育権」と言う発想は,もともと親にある教育の権利を
専門家である教員に信託するというものです。
ここで国家の介入をふせぐという考えとつながってきます。
でも,民主主義が絶対だとか,政治参加が絶対必要だとかいった
考え方を押し付けるのは,教員がやろうと,国家がやろうと
同じではないかというのが,西原さんの意見です。

わたしは「国民の教育権」こそ大事という考えで出発しましたから
教員の押し付けという面に,焦点を当てた考え方を言語化して
いるという点で,西原さんの文章は新鮮でした。

いかにして子どもの良心の自由,思想の自由を確保するか
ということが問題であって,それは親といえども限界がある。
でも,そこにしか,とりではないといいます。

教員は,いかにして問題提起をしていくかというところに専門性がある
というところには相づちを打ちました。
イデオロギー的教化を行うなら,それは国家であろうと,教員であろうと
同じことだと。(さっきかいたばかりですが。)

山田ズーニーさんもいっていたとおり,「いい問い」を発することが
わたしにとっての課題です。
そうすることで,「教えていく」ことにつなげていく,
これは難しいですがやりがいのあることだと思います。

あとは,もっと自分の頭で考えられる人になるということが
わたしにとって大問題です。
だまされず,ちょっと距離を置いて物事がみられるように。

この本についてはYOUさんもブログで取り上げています。
YOUさんの読んだ別の本も今度読もうと思います。
by KATEK | 2006-03-26 17:09