日常って、微妙な差異こそ大事かなと思います。


by KATEK
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場面かん黙でした。

本屋で偶然「場面かん黙」の本を見つけた。

私自身,この「場面かん黙」を幼稚園・小学1年生の
2年間経験していたが,そのときの気持ちや行動の
理由がまったくわからず,時々思い出しては,
腑に落ちない感じを持ち続けていた。

本を読んだら,わかる・わかる!
今になってやっと場面かん黙の治療の必要性が
いわれるようになったくらいだから,私の子ども時代に
治療なんて考えられもしなかったのだろう。
わたしは勝手に治ってしまった。

と,思っていたがそうは問屋がおろさず。
今になっても当てはまる後遺症があるのだ。

学校にいる間はまったく話しもせず,遊びもせず,
体育の授業にも参加せず,絵も描かず,泣いてばかりいた
小学1年生のあの頃。

小さい頃からなにしろ「おとなしく」一人で遊んでいた。
母親は舅・姑の前,わたしと遊ぶことなど一切しなかったし,
話さえしなかった。
母が最後にお風呂に入る時間になって,やっとわたしを
一緒にお風呂に入れてトーキングタイム。
でも,じっさいには母の愚痴を聞く時間になっていて,
母がかわいそうだから何とかしてあげたいと思いを
強めることになっただけ。
母になついていたが,母からの
「何事も我慢が大事」という話に,今思えばわたしは
どんどん縮こまっていった。

表現することをがまんすること,
そればかりが身について,表現していいのは
「正義」を行うときだけという枷がはめられてしまったようだ。
なにしろ「弱い人を助けなさい」とずいぶん言われたから。

というわけで,いくらマッサージに行っても,
なにをしてもからだがほぐれず頭痛が続く毎日というのが
当たり前の結果だとわかったわけだ。

これって愚痴か知らん。
でも,
いまさらながら,誰かに助けてもらわないとだめみたいな
気になってきた。

カウンセラーには
「よくここまでやってきましたねぇ。」とため息交じりで言われた。
「がんばってますよ。本当に。」とも。

もうがんばるのやめたいなぁ・・・
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by KATEk | 2011-12-22 22:52