日常って、微妙な差異こそ大事かなと思います。


by KATEK
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『クリムトと猫』

今日も晴れ。
それにあたたかい。
うれしいかぎりだ。
最近の投稿は,ひどく私的でどろどろしたものばかりだった。
なぜあんなこと書いてしまったのだろうという
ちょっとした恥ずかしさ。
まぁしかたないか。

最近(といっても1ヶ月はたっているけれど)仕入れた絵本の
なかでお気に入りのご紹介。

『クリムトと猫』(西村書店)
『しかけ絵本の基礎知識 ポップアップ』(大日本絵画)

コラージュという方法が気に入っているので,絵本も
コラージュものをつい探してしまう。
『クリムトと猫』はコラージュもはいっていて絵が最高に美しい。
クリムトのようでいて,完全に作者自身の独特な絵は
何度みても見飽きない。
あぁこんな色合わせの絵を描きたいなぁと刺激される。
この西村書店のアートシリーズはどれもいい。
『ジョットという名の少年』も購入した。
どれも画家の紹介としての文章が入っていて読んでもOK。

『しかけ絵本の基礎知識』は将来時間がたっぷりできたら
作ってみたいと思って今のうちに手に入れた。
(気が早すぎ?)
立体感覚に乏しいわたしは,ポップアップを考えて作るなんて
まず無理だろう。
でもこの本は何種類もの立体の作り方を文と実際の形で
しめしてくれていて,しかもごく簡単な物から作っていけるように
なっている。
これなら作れそうと希望を与えてくれる。
手紙もこれを参考にしてポップアップで送れたらいいなぁと
漠然とだが考えたり…

何かを作りたいと刺激を与えてくれる絵本は宝物。
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# by KATEK | 2011-11-13 08:54

作品展とボタン作り。

今日は陽の光がたっぷりしていて
久しぶりにいい気分。

前にいっしょの職場にいた人が,陶芸をやっていて
その作品を出品している作品展に行ってきた。

古びた建物の2階にたたみの部屋があって,そこに
仲間4人の作品が並ぶ。
大皿・つぼからランプ・人形・アクセサリーと幅の広い
作品群。

欲しくなるようなお皿やお茶碗がいくつもあったが,
結局は灰の味がでた深皿を購入。
こんな安く譲ってもらっていいのかしらんと思いつつ
今回も持って帰ってきた。

こういう作品を作れるようになりたいものだが,
菊練りという土を練る段階で,わたしの手は腫れあがって
しまうので作品作りまでいかない。
誰かに練ってもらえばいいのだけれど,美術部では
自分で練ってこそ作品を作ることができるというルールが
あるので,わたしも甘えてはいられない。

ということもあって,最近は手芸屋さんとか文房具を売っている
ところにおいてある粘土を買ってきて,ボタン作りに励んでいる。

自然乾燥させると発泡スチロールのような感じになってしあがる。
そこにアクリル絵の具で色づけ。

手で形を作るというのはなかなか難しいものだと実感。
竹串を使って粘土をのばしていっても,なかなか均質にならないし
ペットボトルのキャップを使って丸くしようとしても
はがす時に変形してしまう。
さらにボタンの穴を楊枝であけるときにまた変形。
変形に変形を重ねた結果,手作り!になってしまう。

色づけもあんがい難しく,ボタンの表面がざらついていると,
一回塗って乾かしたあとにかならず塗り残しの粒のような
ところが見えてくる。
結果的に何回も塗りなおし。
フィニッシュはニス。

でも,そこが楽しいのかな・・・
いまや色とりどりのボタンが30個くらいできあがっている。
自然乾燥中のボタンがまだあるので,当分ぼちぼち遊べそう。

という最近でした。
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# by KATEK | 2011-11-12 21:21

母の声。

また投稿しなくなってしまった。
毎日なんだか気力がそがれる。

でもやりたいことはいっぱい。
だからまぁいいとする。

久しぶりに実家に電話した。
具合が悪いまま家に戻された母は,電話に出るのも
しんどそうだったので,電話をなかなかかけられなかった。

電話に出た母の声。
ずいぶんはりがもどっていたので,うれしかった。
半分は,もう元気な声を聞けないままになるのかなと
覚悟はしていたから。

ただ血痰がでなくなって,声を出すのが楽になって10日ほどたつ
と聞いて喜んでいいのかどうなのか迷いが出る。
7月からつい最近まで血痰が出続けていたということではないか。
こんなに長い間,病院にも行かずだったということで・・・

母が「元気に」なったら,すぐに父が寝たきりになったという。
トイレに入ったら,そのまま歩けなくなったのだそうだ。
今では食事もベッドまで運んでいるらしい。
もちろん介護しているのは母。

父は息子から邪魔者扱いされていることに気づいている。
動けた時は,危ないから動くなと言われ,動けなくなったら
母に世話をかけるといって。

父は動けなくなることで,愛情を確かめたかったのか,
それともこのまま静かに逝きたいのか,
ともかく父の居場所がないことは確かだ。

母より先に父が逝ってしまうかもしれない。

父のやってきたことはあまりに無責任なことばかりだ。
だから父に対して怒りの感情を家族がもつのは,しかたない
ともいえる。
でも,もうそれは過去のことで,今は家族がニコニコして
暮らせる条件を探すのが一番のはずなのに,そうはならない。

わたしは7月以来,あの家族から半ば追い出され,口を
出せない状態のままだ。
もうあそこに帰る気もない。

そんなことを思いながら,さっき
『ウンコ・シッコの介護学』(三好春樹)を読み始めた。
三好さんの本はもう何冊も読んでいるけれど,また
今読むとため息が出るのと同時に覚悟ができる気がする。

父も母も逝く時は少しでも微笑んでいてくれますように。
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# by KATEK | 2011-11-04 21:06
先週は疲れることばかり。
職場の人間関係や,組織のあり方に
ピリピリきてしまってひどく消耗した。

人間関係に損得をいれると,あそこまで変われるか
といった対応のしかたをしてくる同僚。
まるで鬼の顔のようになる女性のこわさ。
それが複数いるからわたしもけっこうきつい。
親切が裏目に出た結果のこと。
もうおせっかいはやめようとつくづく思った。

生徒指導の件もきつい。
わたしにしたら,教室の中で治めてもじゅうぶんな
ことが,いつの間にか(わたしが報告しないのに)
生徒指導部のトップに情報が伝わり,小さなことでも
報告してくださいとの指示がきた。
中央集権そのもの。
彼は生徒に,学校の警察と呼ばれつつ,かなりの
人気を博している。
取り締まってくれる元気のいい教員,
授業も大きな声でパフォーマンスつきの芸をしてくれる
先生。
好かれるわけだ。

でも,

学校にはいろいろなほころびがあり,陰があり,
ちょっといいかげんなところがあってちょうどいいと
私は思っている。
でも,もはやそんな考えは通用しないようだ。
教員一致団結して,生徒の秩序を回復する,
それが「正しい」らしい。

実際はいろんな教員がいて,ずいぶんずぼらというか,
生徒を無視したやり方をしている人も多いのに,
そこはほうっておいて,秩序が優先。
まぁ近代国家の教育の宿命ですか・・・

職員室では生徒のことを思いきり馬鹿にしておいて,
生徒の前では物分りのいい教員になったり,
権威を振りかざしたり,小さな「反抗」でもすぐに
生徒指導部にかけこんだり・・・
あなたがつまらないことで教員の権威を振りかざすから
生徒は反抗するんですよ,といいたくなる。
今の生徒はもっと計算ずくですよ。
それでもかっとさせてしまうのは,あなたの・・・

まぁいいか。
あしたもあの腐った職場にいくわけだから。
予習にとりかかろう。
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# by KATEK | 2011-10-23 08:42

今度は青く。

更新ができない日が続いた。
季節の変化というのは,動物にとって大きなハードルだ。
それは私にとっても同じ。
自力ではまだまだ太刀打ちできない。

少し体調が安定してきたところで,さっそく髪を染め直し。
こんどは,渡り鳥の青い羽をイメージして頭の片側を染める。

前回染めた色が落ちてき始めたら,生徒がやっと反応し,
「髪染めたぁー」と言い始めた。
半分ふざけて,
「頭髪違反しているような先生から教わりたくない!」
というやつがいたり,
「生徒にしめしがつかない」などというものがいたりで,
なかなかもっと自由にしたいなぁというような生徒がいない
のがなんとも寂しい状況。
よくぞここまで「正しい頭髪」をたたきこんだものだ。

美容院の担当のNさんは,色をまず抜いている段階で,
「やっぱり〇〇さんは,こういうデザインのほうが〇〇さんって
感じがしますよねぇ。こういう仕事をしていると楽しいです」と
応援してくれる。

そういうことで片側がわだけ色を染め,その色を生かすために
左右非対称の髪型になりつつ,たぶん私の髪型は進化する。
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# by KATEK | 2011-10-16 09:06

長いまつげと彼岸花。

キンモクセイが急に香りだした。
秋が一気にやってきたようだ。
彼岸花とキンモクセイがいっしょに咲いているのは,
なんだか季節感からするとあれ?という感じだけれど
どうなのだろう・・・

おまけにギンナンまで落ち始めた。
ギンナンとキンモクセイがいっしょににおっているのは,
なんともいえず。
ギンナンにじゃまと言ってもしかたがない。

ところで,今年は彼岸花を間近で見る機会が多い。
近くで見るとどうも女子高生のまつげと重なって見え,
なんだか笑ってしまう。
彼岸花のほうがずっときれいなのだけれど(!?)

今日の読書は『動物裁判』
フランス中世を中心に行われた動物裁判についての話。

動物だけでなくミミズやバッタなど昆虫も裁判の被告になっている。
豚は今のように飼いならされておらず,イノシシに近かったこと,
また道を闊歩して歩くほど人間の生活圏に近いところにいたこと
などから,人間を食い殺したりして,殺人犯になることが多かった
らしい。
バッタにしても豚にしても裁判所(教会主催の裁判と領主主体の
裁判と両方あった)に召喚して,人間と同じように裁判の手続を
踏んで裁判をしたとのことだ。

その背景についてはこれから読むところ。
裁判について授業をする時の材料にする予定。
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# by KATEK | 2011-10-02 18:06

大竹しのぶのはなし。

彼岸花がきれいな季節。
赤いものが多いけれど白い彼岸花もまたいい。
お彼岸近くに咲くから彼岸花?
あの赤い色が彼岸と(あの世とこの世の橋渡しに)関係して
いるのだろうか?

沖縄ではハイビスカスは人の魂(いのち)を表す花だと聞いた。
だからだと思うのだが,お墓にはハイビスカスがたくさん飾ってあった。
朝鮮では鳳仙花(ホウセンカ)が同じような意味を持つらしい。
関東大震災で多くの朝鮮人が殺された。
朝鮮人の遺体がたくさん埋められたと思われる江戸川に沿った一画。
朝鮮人虐殺を忘れないためにと,日本人のお寺の住職がそこに
たくさんの鳳仙花の種をまいた。


昨日の東京新聞の芸能欄に,エディット・ピアフの生涯を
大竹しのぶが演じるという記事が載っていた。
観てみたいなぁ。

大竹しのぶのことばをご紹介。

<心から出る声はかれることはない>

<赤ちゃんは,あんなに泣いてもかれない。心にうそがなければ,
 体に無理がない感じがする。心と体が一体になれば,芝居で声は
 かれません>

すごいなぁ。
全くその通りだと思う。
わたしはのからだは,のどが一番正直らしく,授業に無理があると
すぐにのどが痛くなってしまう。
授業が楽しい時は,痛くならない。
家にいても,職場にいても,気持ちが収縮してくると,のどが痛くなり
ついで頭痛がしてくる。
そして今までのどが痛くならない授業を何回経験したか???

からだを痛めない授業はいつになったらできるだろうか。

足の痛み,かなり消えた。
それはたぶん,ある薬のおかげ。
鎮痛薬ではまったく効かなかったのに。
そのかわり,また同種の薬漬け。
急に増薬したので,頭がふらふら地に足がついていない感じ。
薬の副作用になれるのに,また不快感を通過しなくてはならない。

明日も授業をなんとかこなせますように。
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# by KATEK | 2011-09-29 21:09
録画までして,『妖怪人間ベム』を見てしまった。
懐かしくて。

記憶と実際とではずいぶん違うものだ。

まずは,彼らが「人間になりたい」といっていたわけ。
自分たち自身で,正義の味方だなどと言っているのには
びっくりした。
正義の味方なのに,人間ではない,
そこがベムたちにとってはがまんならないことなのだ。

正義の味方だなんて言わないほうがいいのに・・・
でも当時は,まじめが生きていた時代で
かつ本音と建前もきっちりしていたし,がんばるがいいことだった。
差別もたくさんあった。(見えていた)
だから,「正義の味方はいい人だ」でよかったのだ,たぶん。

また絵もみごたえがある。
はでな(グロテスクな)ベムたちに対して,背景が素朴なこと!
建物やかっちりしたものの形は歪んで描かれているし,
色のつけ方が単純。
あぁこうして樹を描けばいいのか,影はこうつけるのか,
と,全く絵について素人のわたしが絵を描くのに,とっても
参考になってしまう。
ある意味でまじめな絵なのだ。

ドラマはどうなるのだろう?
いまさら「正義の味方」などというのだろうか?
ドラマ好きな私には気になるのだ。
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# by KATEK | 2011-09-28 21:07

お騒がせしました。

結局,血液検査ではまたもや異常なし。
抗核抗体はいつものとおり境界値。
(肝機能が落ちているのは薬のせいだし,中性脂肪の値が
高いのは,いわずもがな。)

でも,なんだかすっきりした。
「気のせい」なのかもな,
そう感じることができそうになってきたから。
イタイイタイというより先にからだをほぐそう!
そうも思えるようになってきた。

確かにからだのあちこちが痛い。
でも痛みは台風みたいに移動し,温帯低気圧のように
勢力を弱めることもあるし,また発生することもある
ということなのだ。
台風に備えるように,無理はしないことが肝心だし,
自然の力にさからわないこともまた大事。

漢方薬を今までとすっきり変えて,別のものを飲んだのも
良かったのかもしれない。
痛みが少し落ち着いたし,気持ちも落ち着いた。

さぁ,
これからむかえる10月・11月は去年の轍を踏まないように,
無理せず,でも休まないようにしていこう。
ちょっぴり宣言。
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# by KATEK | 2011-09-27 21:13
湯浅誠 一丁あがり委員会
『活動家一丁あがり!社会にモノ言うはじめの一歩』(NHK出版新書)
を読む。

湯浅さんの繊細な「モノ言う」ことのすすめの文章がいい。
湯浅さんの、いろいろな人を切り捨てない・いろいろな感じ方を切り捨てない
そういう立ち位置が魅力的だ。

首都圏青年ユニオンで活動している河添さんは、たくましい。
テレビで活動の様子を見たことがあるが、理屈とからだの動きが
つながっている。
すごい。

どちらも「場」を作ることが大事だと考えている。
いろいろな人が集まって、それぞれの目的でつながれる場を作る、
それが「溜め」になってく。
安心感と自尊心の回復。

考えてみれば、わたしも職業を活動家になることにつなげていた気がする。
大学時代、部活はある意味「活動」だった。
社会問題を扱ったフィルムを学内で見せること、そのための資金集めや
宣伝をしていた。
ほかの学部でも「1フィート運動」だとか「白バラは散らず」だとかいった
上映会があったりして、そういうところにはずいぶん顔を出していた。
知らせることが大事だと考えてきた。

労働問題がわたしの関心事であったにもかかわらず、職場で動員されて
いく集会やデモやメーデーは、どこか違和感があって、シュプレヒコールや
「団結、よーい!」なんていわれると嫌な感じがした。

連帯という言葉は好きだったけれど、動員と連帯は違うと感じていた。
今は職場の組合活動からはずいぶん遠ざかっている。
それでいて、授業では首都圏ユニオンのことを伝えたりしながら、
「モノ言う」ことが大事だなんて言っている。

生徒は「モノ言う」ことから100キロくらい(?)離れていて、
バイト先で「モノ言う」なんてことは絶対に嫌だというし、
そんなことをするならバイトを辞めたほうがいいといわれ、
でも、
それでも「モノ言う」時のことを考えての情報を伝えている。
(もちろん授業でそういう話ばっかりしているわけではない。
本当のところ、人権とは何かなんていう理屈を伝えたい気持ちは強い。)

『活動家一丁あがり!』のなかで紹介されている人たちの「場」作りは
楽しそうで面白い。
でも、それよりこういう本を作ったという活動がすごいと思う。

楽しんで仕事や活動しないとね。
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# by KATEk | 2011-09-26 21:38