日常って、微妙な差異こそ大事かなと思います。


by KATEK
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『英国王のスピーチ』

『英国王のスピーチ』というDVDを見た。
なかなかよいよい。

第一次世界大戦から第二次世界大戦の間に、「不運にも」
イギリスの国王になってしまったジョージ6世の実話だ。

国王になると予想もしていなかった主人公(のちジョージ6世)。
彼は小さなころからどもりがあった。
吃音障害(?)

厳しかった・立派だった父、強い兄、躾の厳しいうばたち、
そういう人間の中で自信をくだかれて育った彼は、
国民の前でクリスマススピーチをしようとすると
ことばがでなくなってしまう。

吃音を直してくれる医者を何人も探したがうまくいかず、
最後に出会った人が・・・

この自称「医者」がとってもいい。
彼との関係の描き方が、本当にいい。
涙がちょっとぽろり。

自尊心と自信のなさが混在する、さらに特別な地位にある人間の
苦しみとかっこわるさ・傲慢さが伝わってくる。
でも最後はかっこよく終わるのだけれど・・・
そこがすんなりいきすぎて。
もう少しねばって苦しんでほしかった!?

ここにでてきた自称「医者」がわたしのひとつの理想かも。
ぶれないし、でも患者のために悩むし、些細なことなど
気にもかけない強さがある。
いいなぁ。

さて、今日は成績の入力で力尽きている。
ここでやめよう。
そうとうハイに向かっているようでこわいこわい。
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# by KATEk | 2011-12-13 21:30
今、ツタがきれいだ。
私の大好きな植物のひとつ。
とくに木をはい上っていくツタの様子が好き。
そして紅葉したツタの葉のグラデーションはたまらなく好き。
黄色・紫・赤の色が複雑にまじりあって、
一枚の葉だけを見ても、また全体を見たときも
あぁなんて美しい!と声をかけたくなる。
毎年ツタの成長を楽しみにしているのだ。

昨日ある発見をした。
たわいない一つの発見。

日本の昔からの花の文様を集めたカラーの本を見ていたとき。
ツタの葉の描き方の巧みさに感動。
一枚づつの葉は単色。
黄色い葉、紫の葉、緑の葉、赤い葉とそれぞれ。
それらが一本のツタとして構成されている。
本当だったら一枚の葉の中にあるはずの様々な色が、
分解されて、けれど全体を見渡すと抽象的なグラデーションとなっている。
すばらしい!
しかも、
ここでは赤とか紫とか単純な色の名で表現しているけれど、
和の色彩で微妙な色の組み合わせなので、奥行き感がある。
うっとり。

わたしはある赤い色何色かが本当に好き。
クスノキの落ち葉と、桜の葉の落ち葉とツタの赤。
で、その色を表現したいと思うのだがなかなかできない。
絵の具や色鉛筆の色を重ねてもうまくいかない。

緋の色とマゼンタとの中間くらい?
赤に灰色を入れてあとは・・・?
(といってもそんなに試していないけれど)
これは今後の楽しい課題なのだ。
好きな時に好きな色を使って何かを描くこと。

あ、それと全く別の話。
歩道を歩いていたらお巡りさんが二人で自転車に乗って
話をしながら歩道を走っていた。
ゲゲっ。いいの?そんなことして。
自転車は歩道を走っちゃいけないと法改正されたでしょ。

学校では規律・規律とうるさいが、世の中のモラルは
たぶん低下し続けている。
知らないうちに変な法律がいっぱいできている。
原発の件の賠償にしたって、変な法律!
小さな過ちには厳しいけれど、大きなまたは公的な不正には
鈍感になっている気がしてならない。
国家公務員の給与が高いというけれど、現業の国家公務員は
そんなに給料もらっていないし、地方公務員だって教員だって
いろんなところで格差をつけられて給料はばらばら。
偉そうな顔したマスコミの表に出てくる人の給料は?
NHK職員の給料は?NHKの下請けの人の給料は低いけれど・・・
東電の正社員と下請けの会社の人の給料は?
みーんないっしょくたにして、ただただスケープゴートを作っている。
世の中変だ。
あ、また偉そうに書いてしまった。
でも消さないでおこう。
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# by KATEk | 2011-12-10 21:50
読まずに積んであった本を偶然手に取った。
一気読み。

前田英樹『倫理という力』(講談社現代新書)

前田という人のことは良く知らないし、本全体を読んだ感じは
全面納得ではないのだが、急に具体的な話になると
おお!って共感してしまう。

一番共感したのはここ。

「どうして人は殺人をしてはならないの?」
「どうして自殺してはいけないの?」
という中学生の質問に理屈で答えるのは無理だという。

>怖いとんかつ屋のおやじには、はっきりした問題があり、
>日々更新されていく回答がある。このおやじの前で馬鹿な
>質問をする子供は、ほんとうにはいないだろう。

>美味しいトンカツを安く食わせるという回答は、社会のなかで
>だけ成り立つ。だからトンカツ屋のおやじは世間を尊重し、
>それと戦うのである。

>おやじが、この人たちに教えていることは、職業上の明確な
>技術であって、学校で教えるあの「教科」というものではない。

>実際にやってみせるのである。やってみせられることに、
>彼らはたちまちグーの音も出ず、説得されてしまう。

>躾は、感化と一体になった時、社会の圧力を必要としなくなる。

>感化から生まれる約束は、社会や共同体の成立に対する
>義務とは、まったく別のところで交わされる。

>はっきりしているのは、こうした技術はそれを継承したい人間を
>作り出す、ということである。

>躾と感化とは、子供が教育される時の切り離せない二つの
>側面になる。

>この技術教育がほんとうの素質を育て上げるには、感化が要る。
>模倣を掻き立てる一人の人物が要るのである。

>彼は意図せずして、他人に感化を与える。意図して為される
>教育は、意図せずして引き起こされる感化なしには、
>決して実を結ばない。

>子供を今最も直裁に動かすものは、この<流行>という、世界的資本が
>作り出す欲望の化け物である。

>社会の圧力がこれほど低下している時に、それは可能だろうか。
>不可能なら、私たちの社会は化け物じみた欲望の自動機械に
>なっていくしかない。

>先生が言うのは、脅しとしては効くが、躾ではない。世の中には、
>こういう脅しが無数にある。

>躾を可能にさせる社会の圧力が、親からも教師からも感じられ
>なくなったとすれば、子供が躾を受け入れるのは、感化を通してだけ、
>ということになるだろう。感化と一体になった躾なら、今でも成功
>する見込みがある。

>社会の圧力に替わるこの技倆は、躾を支えると同時に感化を与える。

>偉そうな理屈は何ひとつ言わず、目立たぬところに黙って存在している。


引用の順番が適切ではないので、わかりにくかったかもしれない。

脅しではなく、感化を与えられるような「もの」を通した教育ができないか、
と私も感じている。
トンカツ屋のおやじのようになりたい。
そのときわたしにとっての技術や技倆とはなんなのだろう???
目立たないところに、決してうまい授業とは言えないけれど、でも
感化を与えられる教育ってあるのだろうか?

学校教育に限界を感じてはいるが、教育自体のことはこれからも
考えていきたいと思う。
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# by KATEk | 2011-12-09 22:30

エレガントはお嫌い?

昨日はちょっと豪華にランチを楽しんだ。
レストランで1050円のちょっとしたぜいたく。

でも,こういうところにいくとよく感じるなんだか
変な気分にまたもやなってしまった。

聞き耳をしているわけではないけれど,
隣で食事を楽しみ話をしている高齢の女性ふたり。
とってもていねいでエレガントな口調。
いろんなサークルの話にクラシックの演奏会や
展覧会の話。
よく同じような場面に遭遇する。
なんでこうも同じような声のトーン・話し方・話の内容に
なるのだろうと不思議なのだ。
ずいぶん「いい暮らし」をしているんだなぁと。
妬ましいのではなく,逆にあぁなりたくないと思うわたしは
なんなのか。

相方には,
「君は回りの声を聞きすぎる。聞かないの!聞えても
反応しないの!」といわれる。
そうできればいいのになぁ・・・

ところで,昨日も書いた西村さんの本から。

 『いま,地方で生きるということ』ミシマ社 より

川北ありさんへのインタヴューの一部。
川北さんは家族を持ちながらも,点々と移動しながら,
働いたりいろいろな活動をしたりしてきた。
3.11後,基金をつのって仕事という形で津波の後片付けを
する場を創り,活動している。

>最初の3月下旬の被災地入りで,彼はボランティアという立場,
>というかかわり方に疑問を感じたようだ。

川北さんの話
>届く支援物資に「私はあなたと共にいます」とか書いてあるんよ。
>でもどこにおんねん。どこにもおらんやん。なんでそういうこと
>書いてくるかな。「頑張ってください」とか「いつも一緒です」とか。
>現場に来るボランティアも地元の人たちにそういうことを言う。
>でも頑張ってなんて言われる筋合いないやろ。「あきらめないで」って,
>全然あきらめてないよ,ここの人たち。足りひん物資は確かに
>ありがたいねんけどね。この人たちは決して「かわいそうな人たち」
>じゃないでって。

阪神淡路大震災のときに,現場にいけなくてとても後悔したという。

>“活きる”というか,俺の持っているものを活かせるというか。
>腹の据わり方とか,気合とか。ぶれない何かとか。
>支援という感じで来ているわけじゃない。「使ってくれ」
>「使えるよ,俺」という感じで,「ここのために」というのもない。
>俺が活きる場所やと思って来てる。

とまぁこんな話が続く。
川北さんも西村さんも,使命で仕事しているわけでも,活動している
わけでもない。
なんだかそうなってしまって,とかある種の関わり,
芋ズル方式で人と関わり合いができ,それに応じて仕事が
ついていっている感じ。
こういう気持ちのいい働き方があるんだと感心する。

でも,わたしは人間関係とか作り出していくのはうまいほうじゃないし,
そもそも行動範囲を広くすることは,からだがついていかないから
そんなことは求めないし,新たな場所作りのパワーも今はないから,
いろんなことを求めようとは思わない。
ただただ,いろんなケースがあって,あるところにこだわりすぎなくても
いいんだという気がしている。

と,また仕事の話でした。
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# by KATEk | 2011-12-07 19:23

ちょっと独白。

さっき紹介した『病んだ家族,散乱した室内』より。

 茶菓子は食べるべきか という小見出しのなかから

>腹をくくるということは,けっきょく,態度や考えの
>一貫性を保てるか否かということに関わってくる。
   ・・・・・
>…自分の立場をきちんと説明し得るだけの言葉が用意
>されていないと,毎回,迷ったり後悔したりの連続と
>なるのである。
>これは周囲に対する言い訳を用意しておけといった,
>いじましい話ではない。自分なりのやり方をある程度
>はっきり言語化させておかなければ,アドリブもできない
>ということを確認したいのである。
>…自分のやり方についておどおどせずに他人とディスカッション
>することが可能となる。頭の固い原則主義者や,察しの悪い
>理想論者にやりこめられないためにも,現場で身体を張る者は
>きちんと言葉による武装をしておくことが必要なのである。


わたしは頭髪検査がだいっ嫌いだ。
生徒の髪を触ってどうのこうのと説教する・調べるのは
暴行だと思ってきた。
それは学生の頃から。

でも前に勤務していたところも,今の勤務先も頭髪検査が厳しい。
茶髪だと授業に出させないで家に帰してしまう。
授業に行った教員が茶髪の生徒を発見したら,ただちに
職員室に行けと「指導」しなくてはならない。
黒く直してきて,生徒指導部の許可が下りたら授業に出られる。

わたしはそもそも髪の色を気にしない人(急に変化があって,何か
生徒の状況に変化があったと感じたときは別として)だから,
多少色が黒くなくても全く気づかない。
それを周りの生徒や教員は,指導が甘い・指導が徹底していない
と見る。

試験中のケータイの取り扱いについてもだ。
ケータイは電源を切ってかばんに入れなければならない。

もちろんそういう注意は何回もするし,かばんに全部ものを
しまわせてチャックを閉めさせるところまで確認する。
だからだ。
チャックをしてあるかばんの中から,マナーモードのケータイ音が
なっても,方向はわかるが,誰のかばんの中からなっているか,
特定が難しい。
特に,わたしはすこし耳が遠いし,サッと歩けないから,
特定するのに時間がかかるので,鳴らした生徒の特定を
諦めてしまうことが多い。

これがまた生徒指導部からは,指導がいきわたっていない
と指摘されてしまうわけだ。
他の先生は特定して,生徒を職員室に連れてくるのに,あなたは
そうしない。生徒の間で不公平感ができてしまう。
そういう理由だ。

でも,試験中にマナー音の出ているかばんを探すのに,
ごそごそやっていたら,周りの生徒のじゃまになるし,
テストのあとで再度注意したらそれでいいのではないかと
わたしは「勝手に」思っている。

そしてこんなことで気を使って疲れ果てていること自体が
チョーチョーばからしい。

だから,わたしはここの住人にはなれないのだ。
やっとそのことがわかった。

ただし生徒にはちゃんと説明する必要はあったのは確か。
そこを避けて通ってきた。
気づかなかったことにした。
特定したいけれどできなかったことにした。
恥ずかしい。

生徒指導部にいいかげんにいうのはいいとしても,
生徒には言葉で説明する必要があった。
わたしにはできなかった理由を。
すべてではないとしても,正確ではないにしても,
つくろってはいけなかった。
今はそう思う。

そしてもつくろえないから,その場にいることは無理なのだ。
わたし自身の生理にあわないことを無理してやるから,
わたしのからだが壊れるのだもの。

コメントいただけるとうれしいです。
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# by KATEk | 2011-12-06 15:38

いくら嫌ってもえぇ。

だいぶ前から胃のあたりと背中が痛いのが続いて,
今日はそのためにエコーの検査をしにいった。
(ということで休みをとった。)

エコーの結果は「脂肪肝ですね」ということで終わり。
まぁ他の臓器が異常なしなのでよかったよかった。
帰り道に,とってもおいしいパン屋さんによって,
貴重なロールパンと食パンを買ってきた。
うーん,いい香り。

昨日も書いたけれど,仕事についてここのところ
ずっと考えている。
気持ちの大きな転換になったのは,西村佳哲という人の
書いた数冊の本。
自分の可能性ってたくさんあるんだという気にさせてくれた。

本に線を引きながら読んでいて,今日になってふと,
「あれ?この人いくつくらいの人だろう?」と疑問がわき,
経歴を見たら,なんと同世代ではないか!
ひゃー!
わたしってほんとに狭い井戸の中でごそごそ働いてきたんだ
とあらためて驚く始末。
こんなに自由に生きられる人もいるんだなぁ。

いつものことながら,わたしは本を平行読みしてしまう人。
同時に『ワークショップ』(岩波新書)と『病んだ家族,
散乱した室内』(春日武彦 医学書院)を読んでいる。

春日さんの本を読みながら,西村さんの本を読んで感じた
ような,わたしのありかたの狭さ・縮こまり方を感じている。

20代はともかく仕事を覚える,率先してやることしか
考えていなかったけれど,20代後半から30代あたりは
「正義」で凝り固まって仕事をしていた。
まわりのいいかげんさやらなんやらで,いつも「闘って」いた。

わたしって,ほんとばかねぇ
そう気づいたのはたぶん人生の折り返し地点を過ぎた頃から。
ずいぶん遅い気づきだったのだ。
あぁ損した,なんて気もするけれど,ここまでくるのに
それだけ時間が必要だったのだからしかたない。

鬼のような顔をして
「差別はいけません」「男社会はおかしい!」って叫んでいた
わたしのおろかさ。あさはかさ。
まるで「弱者の味方」なんて顔してたに違いない。
穴があったら入りたい。

わたし自身が弱い人間で,人並みに仕事ができなくて,
助けてちょうだいっていう人なんだから,そこから
出発しなくちゃね。

NHKの朝の連続ドラマで,今朝,主人公の女性が
こういっていた。
泣きながら。
「戦争でも,貧乏でも,うちは勝って勝ってかちまくる。
いくら嫌ってもえ。どんどん嫌え!うちは・・・」
自分らしく生きる,自分の言いたいことを言うには,
リスクや痛みが伴う。それを承知で,それを引き受けて,
それでも負けずに自分を通す。

わたしは大いに泣きまくったが,折れに折れ,引いてばかり。
泣き損や!
泣いた分,自分を通さなくてはもったいない。
でも,それは鬼のような顔をして疲れて生きるのではなくて,
なんてことないわ,ってやりたいことをするために
パワーをだすってこと。

西村さんの数冊の本,『病んだ家族,散乱した室内』
『ワークショップ』どれもわたしにとってはすごくおもしろい。
おすすめです。
まぁ今さら…の感はありますが。
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# by KATEK | 2011-12-06 14:10

ワークショップって。

とうとう12月。
今月を乗り切れば,陽の長さもまた長くなる。
は~やくこいこい,は~るの日。

最近のマイブームは,ファシリテターいう活動や
ワークショップという人とのかかわり方。

学校という近代の装置はやっぱりわたしには
むかないようだということが,こういった関係の本を
読むにつけ実感される。

大勢の人間に同じ内容の知識を与え,規律を守らせること,
それが学校の形。
一人ひとりの子どもに違う対応は許されないし,また
ゆっくりのんびりしていることもまた限界がある。

社会生活のうえで必要な規律は確かにあるので,それは
教えていかなくてはならない。
でもそれは学校よりもむしろ家庭で教えたほうが効果的な
ものが多いと思う。

人間の信頼関係を築きながら,何かを知ったり,知ろうとしたり,
そんなことを遊びながらしていくなかで,喜びが見つかりそうな
気がするのだ。

もちろん稼ぎとワークショップは今の私にはつながらない。
だから考えているだけのことだけれど。
ただ学校に向かないということが,はっきりしてきたのは
収穫かもしれない。
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# by KATEK | 2011-12-05 18:15

朝からシンディ。

e0046083_10575254.jpg朝からシンディローパーを聞いている。

アコースティックにアレンジしなおしたもの。とっても調子がいい。最後はパフィがいっしょに歌ったりしていて何だか愉快。年をとってもシンディーローパーってかっこいい!あんな風におばさんできたらいいのに!




e0046083_1181637.jpg
それから最近聞いたCD。『ラジオのように』(ブリジットフォンテーヌ)
「学生運動をしているならこれを聞け」といわれたとか。
わたしは相方が買って聞いていたので,初めての体験。こういう音楽を前衛ジャズといったそうな。なかなかおもしろい音楽。気に入った。
ともかく近頃,相方が円高でめちゃくちゃ安くなった輸入CD(元は高かった)をたくさん買い込んでいるので,毎日のように違うCDを聞かせてくれる。
だいたいがクラシックだけれど,良い心地。でもこんなに安くていいのかね,なんて思ったりもする。CDすら聞かない世の中になりつつあるらしいから。音楽はダウンロードして聞くというのは,ちょっと抵抗があるのだった。
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# by KATEK | 2011-11-23 11:14

一人の若者。

ブータン国王が残したことばのひとつ。

  私は偉大なる叡智、経験および功績を持つ皆様の前に、
  ひとりの若者として立っております。皆様のお役に
  立てるようなことを私の口から多くを申しあげられるとは
  思いません。それどころか、この歴史的瞬間から多くを
  得ようとしているのは私のほうです。
  このことに対し、感謝いたします。

あいさつの最初にこういうことばが出てくることがすごい。
すごいということばが恥ずかしいくらい。
まだまだ学ぶという姿勢を捨ててはいけないと
励まされた気がする。
相手を尊敬する心など,忘れかけていた。
国王はやはり「幸せの国」の人,
「幸せの国」を作る人なのだ。

幸せを感じられる人になろう。

ちょっとした幸せのご披露。

いつも相方はお昼に,朝食べた残りの果物をもっていく。
金柑の季節にはそこに3個の金柑が加わる。
今年最初の金柑を先日購入。
安かったからだが,味もいまひとつだった。
夜に元気を出して,金柑をジャムにした。
種をとりのぞいてていねいに。
ジャムに変身させられたことが,なんだかうれしい。
手をかけることができる幸せ。

ついでに味がいまひとつ決まらなかったところ,
相方が「ペストリースパイスミックス」をひとふり,
塩をほんのわずかいれたら,味がぐっと引き締まった。
なかなかいいコンビ(でしょ)
相方のシェフ度向上中。

※ペストリースパイスミックスのなかみは,
シナモン,チンピ,クローブ,ナツメグ,メースです。
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# by KATEK | 2011-11-22 18:08
いまブータンの国王が来日している。
背が高くて優しそうな笑顔。

ブータンはもうかなり前からGNHという指標で国民の
生活の「豊かさ」をはかっている。
「GDP」では世界の最下位に近いところにあるけれど、
国王はそんなことおかまいなしで堂々としている。
かっこいい。

大学でのスピーチも国会でのスピーチも、
野田首相のような形容詞だらけで曖昧模糊とした
言い方ではなく、はっきりと話していたように思える。
31歳とは思えない大きなやさしいしかも立派な国王だ。

人にこびず、でも人を大事にする人はかっこいい。
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# by KATEk | 2011-11-18 21:43