日常って、微妙な差異こそ大事かなと思います。


by KATEK
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<   2012年 03月 ( 9 )   > この月の画像一覧

「死ねば?

今日は我が家にとってのある記念日。
こういうときくらい、全品手作りで夕飯を!と
思って作ったわけだ。

が、いつものとおりおおざっぱなわたしは、
昨日の豚肉のスーププラス古くなってきた
大豆の(ゆでてある)パック、全部を投入。
大豆の味が前面に出すぎたカレーが、それも
たくさん出来上がり。

さらに相方に食べさせすぎて、ちょっと不機嫌に
させてしまったようだ。
せっかく買ってきたワンピースのタルトは
今日のお中には入らなそう。
トホホ…

もう数か月前になる話。
若者がTシャツを着ていた。
後ろ全面に大きく「じゃあ 死ねば」というコピーが
書かれていた。

学校でもよく生徒たちはこの言葉を使う。
「死ねば?」
「うざい」が「死ねば?」に変化してきた感じもあるけれど、
あまりにひどいこの言葉。

わたしも今まで生徒に出させたプリントに
私の名前を書いて「死ね」と乱暴に書かれた経験多数。
正面きっては受け止めないけれど、いやーな感じは
けっこう残る。

軽い気持ちで「死ねば?」と言っている人たちも、案外
自分の気持ち自体を粗末にしているんじゃないかしらん
と思ってしまう。

4月からの授業、
命のこと考えようかな。

『みんな言葉を持っていた 障害の重い人たちの心の世界』
という本を見つけた。
今までは、自分で声を出せないから、この人は言葉を理解しない
または習っていないから言葉を知らない、そう思われてきた人たちが
大勢いて、かなりの人たちが豊かな言葉の世界をもっていることが
わかった。
そしてそういうふうに扱われてきた人たちの詩を載せている。

前に『逝かない身体』という本でALSという筋肉が衰えていってしまう
病気の母親を介護した人の本を読んだ。
もう目も開かなくなり、舌も動かなくなり、動かせるところがどこにも
なくなってしまっていてもお母さんは生き続けた。
生前は尊厳死を望んでいたというが、動けなくなってきてから、
「生きたい」という母親の意思を受け止めた結果だ。

尊厳死とかQOLとかいろいろな言葉はどんどん出てくるけれど、
生きるってなんなの?っていうことは当事者問題として
簡単に片づけられないもの。
やはり社会が生きられるか、生きられないかということを
決めている部分が大きい気がする。
授業が始まるまで、これから勉強。
できれば映画「ダカタ」(あれ?ちがった?)も見せたい。

今日はなんだか真面目に前向きだったなぁ。
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by KATEk | 2012-03-27 21:17

まったくだ!

職場で腹立たしいことばかりが毎日続き、
週末2日の休みまで、その感情が(からだの痛みも)
相方までまきこんで、ひどい土日になってしまった。
こんな週末が多い近頃…

はっきりいって生きていくうえで不安ばかりだ。
現実の職場で生きていくのもどうにかこうにかの状態。
勤め続けても、日本がどうなるかわからない。

・年金など制度上の変化・お金の価値がどうなるか
そんな問題。
・大地震が起こって、まずその中で生き残れるか、
生きのこったとして福島第一原発の4号機が再臨界に
なったとしたら、ここには住んでいられない。
 そうなったときの情報規制は激しいだろうし、逃げるにも
交通手段がなくなるだろう。

『チェルノブイリハート』という1時間ほどのドキュメンタリーを
DVDでみた。
25年前の事故にもかかわらず、今生まれてくる子供たちに
心臓の疾患が多い、遺伝子の異常が多いという。

ものすごくたくさんの「清掃人」の人たちが、被ばくしながらも
事故処理をしてくれたおかげで、まだ汚染が食い止められた。
今の日本の処理の状態が本当のところどうなのか…

仕事のストレスで私と相方のからだに異変が起きるのか、
事故でどうにかなるのか、そんな将来ばかり考える。
自分でもばからしいと思うけれど。

『チェルノブイリハート』でも毎日生きることが大事だという
詩が最初に紹介される。
ハッピーな気分でいることが生き残ることにつながるのだろう。

わたしの師としてメールをやり取りをしてもらっている先生は
よくこんな言葉を使う。
「クールヘッド、ウォームハート」

薬を増やしているからか
わたしのボケ度といったら、まったくだ。
自宅に帰れなかった間に10回も留守電が入っていた。
ある送り物を宅急便でしたのだが、住所が書かれていなかった!
まぁお菓子屋さんで、宅急便の扱いに慣れていなかったこともあって
向こうもその日、住所が書かれていないことに気付かなかったようだ。

なーんてこともあって、
怒りで頭のエネルギーが全部使われてしまっているような気もし、
情けない。

でも今日は、すっごく久しぶりに料理をした!
豚肉と豆・たくさんの野菜の煮込み。
料理は気持ちを優しくしてくれるみたいだ。
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by KATEk | 2012-03-26 22:18
わたしは長田弘のファン。
『詩の樹の下で』
という詩集には、木にまつわる詩ばかりが書かれている。

それにしても
「詩の樹」とは気になることば。

わたしも毎日みる木、初めてみる木、どれもありがたく、
・木肌の触感
・幹の色から枝の色
・芽のようす
・枝の付き方やはりめぐらせかた
・途中で剪定された様子
・切れれた部分の治ってきた様子
などどれをみても見飽きないし、すごいなぁと感心するばかり。

そういうわけだから、
今年の部活動でのわたしのテーマは
『詩の樹の下で』のすべての詩に、自分なりの挿絵?
樹の絵を描くことに決めた。

詩を読みながらそうは思ったもの、かなりハードルの高そうな
課題ではある。

最初の詩は「うろ」に関するもの。
去年の文化祭に出した絵が「うろのある木」だったから、
もっと考えなくてはならない。

でも4月から準備にかかろう。
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by KATEk | 2012-03-18 09:51
読みたい本がいっぱいある。
でもからだとの相談によれば、
「うん、今日はこれは無理だね。難しすぎるよ。」とか
「うーん、こんな内容を読みたいと思ってるの?」とか
いろいろ苦情が入ってきて、
結局からだがOKを出す本は限られる。
けっこうからだはわがままだ。

数冊とっていた雑誌をやめて、今は『週刊読書人』
一本にしている。

本屋に行っても読みたい本は見つかるが、
こういう新聞の情報はまたそれで魅力的。

またまた読みたい本を見つけてしまった。
河原ノリエ 『いのちのかなしみ』 春秋社
書評のタイトルは「業と遺伝子」
書評からでは本の説明が難しいのでパス。

それと、
高橋哲也『犠牲のシステム 福島・沖縄』集英社新書
高橋哲也のものはもういいかと思って、この前素通り
したばっかり。
でも、書評を見て、いまさらながら「原発と基地か…」と
つながりを考えたら読まないと!という気になってきた。

「~しないといけない」という発想は、わたしを縛ってしまうので
やめときなはれ、と相方はいう。
同感。
でもなかなかやめられないのだ。
けっきょく6枚新聞から本のタイトルを切り抜き、ほか
2冊を図書館に予約。
インフレーション。
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by KATEk | 2012-03-17 20:31

セラフィーヌ

前に書いたもの読み直したら、手の亜脱臼のこと、
書いてあった。
感情に任せて書くとこうなるのかなぁ。
それと「加齢」による物忘れ?
(最近、どこの医者に行っても「加齢による」といわれる。
そうなのかと思う反面、何でもかんでも「加齢」にするなと
いいたくもなるのだ。)
ま、これからもこんなことがけっこうおこると思うので、
大目に見てやってください。


話変わって、
『セラフィーヌ』を読んだ。
一気に読み通す。

見たかった映画『セラフィーヌの庭』の原作となった本だ。

フランスに実在したセラフィーヌという名の画家の話。
ただし画家といっても本人は家政婦をしたり、農民として
暮らしたりして、描きたいから(神のおつげで)描いているだけ。
ピカソなどそうそうたる画家たちの価値を早く見出した画商が、
セラフィーヌの絵を見出し、世に送り出した。
セラフィーヌはだんだん精神的に病んでいってしまったのだが。

チラシを見たときその絵が気に入って、パウチしてある。
最近みた、みすず書房の今年の書評をまとめた冊子に
偶然この本とDVDの紹介が載っていて、無性に読んで、
また見てみたくなったのだ。

よく石や木の彫刻をする人たちがいうことだが、
彫ろうとしているのではなく、もうすでに素材の中に形が
埋め込まれているのをとりだしているだけということ。

セラフィーヌも下書きなしで、色を付ける素材も自己流で
描いたという。
頭で描くんではないのだろう。
花や木といった庭にあるものが題材。

あぁ早く映画が見たい!

今日は黄色の、えーっと花の名前が出てこない・・・
黄色の花の絵が急に描きたくなったのだが、絵の具が
手元になくて描けない。
アクリルのガッシュじゃないとだめ、そんな気がする。
ようするに広い面積で、えいやっときれいな黄色を塗りたくって
見たいだけの話なんだけど。

絵ってほんとにすごいのだ。
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by KATEk | 2012-03-17 10:44

手の指が脱臼!?

昨日は、隣の同僚に謝るって書いたけれど、
なんだかかっこよすぎる決着。
でも内情は、べつにかっこいいんでもなく、
4月からも同じ部署で仕事をすることになって、
このまま嫌な感じをつなげるのが嫌なだけ。
(まだ今日は会っていないので、月曜日のことになる予定)

私自身は悪いことしてるわけじゃないけれど、
がんこだったことだけ認めようかなって、それだけのこと。
まぁこちらにも直すべき点があることはたしかだから。
卑屈になるのはよそうと思う。

そういえば、手に固定装具をつけるようになったこと、
ここで報告していなかった。

手の親指が少し脱臼しかかっていること=亜脱臼に
なりかかっていることが、手専門の整形外科に行って
わかった。

親指の付け根が痛いこと、何軒かの整形外科にいっても
無視され続けていたから、やっと処置してくれることになり
よかったのだが・・・

この亜脱臼は治らないから、ずっと固定具をつけることに
なりそうだし、今は左手しかつけていないけれど、右手にも
つけなくちゃならなくなりそうだから、とっても不便。
でも痛みには代えられないものね。

プラスティックでできていて3年以内に作り直すと
自己負担になってしまうので、固定具のうえに指のでる
手袋をして大事にしているからうっとおしい。

まぁなれればいいか。
なんとかなる、と思っておこう。
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by KATEk | 2012-03-16 22:31

太陽大好き。

2月のある日から、ずーーーーーーーーっと、
怒ったりいらだったりしていた感情に区切りがついた。

最初は怒りからだった。
休んで仕事をやってもらってお詫びするより、
自分でちゃっちゃっと仕事ができたほうがずっといいこと、
好き好んで仕事をやらないのではなくて、からだが
いうことを聞いてくれないこと。
それがなんでわからないのか!

同じ仕事を担当している隣の席の男性から、
仕事をよく休むことについて皮肉を言われた時、
そう思った。

以来、感情が高ぶって音に過敏になり、人の言い方に
いらだちや恐怖感すら感じ始めた。

夕べ、少し調子が良くなってきた私に、相方がこういった。
「PTSDみたいなものだって、僕はずっと感じていたよ。」

そうなのだ。
まわりの教員が全員敵に感じられて、ものすごい孤立感で
いたたまれなくなっていた時期。
あの頃のことを思い出し、
わたしの過去を憎み始めていた。
わたしの20年間を返せ!なんて思い始めていた。

でも違う。
今は今。
過去は去ったってこと。
ようやく理性が目を覚ましてくれた。

オオイヌノフグリだって昼間の陽の光をいっぱい浴びて
優しく咲いていてくれるし、
わたしにはまだまだ可能性もある。

職場にいったら、素直に謝ろう。
長い間仕事をまかせっきりだたこと、この間否定的な態度を
とり続けていたこと。
私が悪いのではないし、その同僚が変わり者で話をする人も
少ないこと、そんなことは飛び越して。

わたし自身が気持ちよくなるようにすればよい。
相手の反応がどうなるか・・・
また感情のるつぼにはいってしまわないように注意!
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by KATEk | 2012-03-15 20:46
卒業式といえばアルバム。
今年のアルバムを見せてもらったら・・・・

なんと私の授業風景も写ってしまっていた。
(生徒がまんべんなく写るようにするためでは
あるのだけれど)

自己認識とかなりの差がある私の体型。
黒板に字を書いているのだけれど、前から見たのと
同じ幅のわたしが写っている。
しかもたまごの黄味の色をしたカーディガンがはで。
(いつも派手な格好をしてはいるけれど、こんな時は
もっとしまった色の服を着ていたかった・・・)
突然やってくるから仕方がないのだけれど。

今度写るとしたら、どちらがからだの前か横かわかる
くらいにはしておきたい!
とすれば、炭水化物大好き人間のわたしを変えるしかない。
できるかなぁ・・・
まぁあと半年はあるからね。
ゆっくり考えましょ。

卒業式からたちなおったわたし。
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by KATEk | 2012-03-05 21:19

卒業式は嫌い。大嫌い!

卒業式の季節。
担任経験の少ない私は、毎年複雑な気持ちになる。
堂々とした、うれしそうな担任と生徒の顔。
恨みや嫉妬の声が頭の中ではしりまわってしまうわたしは
素直に卒業式を祝えない。

担任をして、卒業させて、経験を積んでいくのだとしたら、
わたしの20数年はほとんどからっぽ。
最初の担任でつまずいてから、担任としての笑顔は失った。

考えても仕方のないことなのに、毎年毎年、20代・30代の
自分は暗黒時代でしかなかったと、勝手に傷つく。

40代になって初めて、もう一度教員としてやっていこうと思った、
50代間近ででそれをもう一度確認したはずなのに
その気持ちも今また揺らいでいる。
元気づけてくれた生徒たちは一気に卒業していった。

「月三万円で生きる」だったかな?
月3万円の仕事を複数持って、それで生きていくっていう本を
読んだ。
ちょっといい。
ただ田舎で稼ぐというのが彼の提案なので、方法やテーマは
ほとんど役に立たないけれど。

4月からの授業内容を考えつつ、ふっと「夢」にはしる。
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by KATEk | 2012-03-04 12:56