日常って、微妙な差異こそ大事かなと思います。


by KATEK
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大竹しのぶのはなし。

彼岸花がきれいな季節。
赤いものが多いけれど白い彼岸花もまたいい。
お彼岸近くに咲くから彼岸花?
あの赤い色が彼岸と(あの世とこの世の橋渡しに)関係して
いるのだろうか?

沖縄ではハイビスカスは人の魂(いのち)を表す花だと聞いた。
だからだと思うのだが,お墓にはハイビスカスがたくさん飾ってあった。
朝鮮では鳳仙花(ホウセンカ)が同じような意味を持つらしい。
関東大震災で多くの朝鮮人が殺された。
朝鮮人の遺体がたくさん埋められたと思われる江戸川に沿った一画。
朝鮮人虐殺を忘れないためにと,日本人のお寺の住職がそこに
たくさんの鳳仙花の種をまいた。


昨日の東京新聞の芸能欄に,エディット・ピアフの生涯を
大竹しのぶが演じるという記事が載っていた。
観てみたいなぁ。

大竹しのぶのことばをご紹介。

<心から出る声はかれることはない>

<赤ちゃんは,あんなに泣いてもかれない。心にうそがなければ,
 体に無理がない感じがする。心と体が一体になれば,芝居で声は
 かれません>

すごいなぁ。
全くその通りだと思う。
わたしはのからだは,のどが一番正直らしく,授業に無理があると
すぐにのどが痛くなってしまう。
授業が楽しい時は,痛くならない。
家にいても,職場にいても,気持ちが収縮してくると,のどが痛くなり
ついで頭痛がしてくる。
そして今までのどが痛くならない授業を何回経験したか???

からだを痛めない授業はいつになったらできるだろうか。

足の痛み,かなり消えた。
それはたぶん,ある薬のおかげ。
鎮痛薬ではまったく効かなかったのに。
そのかわり,また同種の薬漬け。
急に増薬したので,頭がふらふら地に足がついていない感じ。
薬の副作用になれるのに,また不快感を通過しなくてはならない。

明日も授業をなんとかこなせますように。
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by KATEK | 2011-09-29 21:09
録画までして,『妖怪人間ベム』を見てしまった。
懐かしくて。

記憶と実際とではずいぶん違うものだ。

まずは,彼らが「人間になりたい」といっていたわけ。
自分たち自身で,正義の味方だなどと言っているのには
びっくりした。
正義の味方なのに,人間ではない,
そこがベムたちにとってはがまんならないことなのだ。

正義の味方だなんて言わないほうがいいのに・・・
でも当時は,まじめが生きていた時代で
かつ本音と建前もきっちりしていたし,がんばるがいいことだった。
差別もたくさんあった。(見えていた)
だから,「正義の味方はいい人だ」でよかったのだ,たぶん。

また絵もみごたえがある。
はでな(グロテスクな)ベムたちに対して,背景が素朴なこと!
建物やかっちりしたものの形は歪んで描かれているし,
色のつけ方が単純。
あぁこうして樹を描けばいいのか,影はこうつけるのか,
と,全く絵について素人のわたしが絵を描くのに,とっても
参考になってしまう。
ある意味でまじめな絵なのだ。

ドラマはどうなるのだろう?
いまさら「正義の味方」などというのだろうか?
ドラマ好きな私には気になるのだ。
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by KATEK | 2011-09-28 21:07

お騒がせしました。

結局,血液検査ではまたもや異常なし。
抗核抗体はいつものとおり境界値。
(肝機能が落ちているのは薬のせいだし,中性脂肪の値が
高いのは,いわずもがな。)

でも,なんだかすっきりした。
「気のせい」なのかもな,
そう感じることができそうになってきたから。
イタイイタイというより先にからだをほぐそう!
そうも思えるようになってきた。

確かにからだのあちこちが痛い。
でも痛みは台風みたいに移動し,温帯低気圧のように
勢力を弱めることもあるし,また発生することもある
ということなのだ。
台風に備えるように,無理はしないことが肝心だし,
自然の力にさからわないこともまた大事。

漢方薬を今までとすっきり変えて,別のものを飲んだのも
良かったのかもしれない。
痛みが少し落ち着いたし,気持ちも落ち着いた。

さぁ,
これからむかえる10月・11月は去年の轍を踏まないように,
無理せず,でも休まないようにしていこう。
ちょっぴり宣言。
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by KATEK | 2011-09-27 21:13
湯浅誠 一丁あがり委員会
『活動家一丁あがり!社会にモノ言うはじめの一歩』(NHK出版新書)
を読む。

湯浅さんの繊細な「モノ言う」ことのすすめの文章がいい。
湯浅さんの、いろいろな人を切り捨てない・いろいろな感じ方を切り捨てない
そういう立ち位置が魅力的だ。

首都圏青年ユニオンで活動している河添さんは、たくましい。
テレビで活動の様子を見たことがあるが、理屈とからだの動きが
つながっている。
すごい。

どちらも「場」を作ることが大事だと考えている。
いろいろな人が集まって、それぞれの目的でつながれる場を作る、
それが「溜め」になってく。
安心感と自尊心の回復。

考えてみれば、わたしも職業を活動家になることにつなげていた気がする。
大学時代、部活はある意味「活動」だった。
社会問題を扱ったフィルムを学内で見せること、そのための資金集めや
宣伝をしていた。
ほかの学部でも「1フィート運動」だとか「白バラは散らず」だとかいった
上映会があったりして、そういうところにはずいぶん顔を出していた。
知らせることが大事だと考えてきた。

労働問題がわたしの関心事であったにもかかわらず、職場で動員されて
いく集会やデモやメーデーは、どこか違和感があって、シュプレヒコールや
「団結、よーい!」なんていわれると嫌な感じがした。

連帯という言葉は好きだったけれど、動員と連帯は違うと感じていた。
今は職場の組合活動からはずいぶん遠ざかっている。
それでいて、授業では首都圏ユニオンのことを伝えたりしながら、
「モノ言う」ことが大事だなんて言っている。

生徒は「モノ言う」ことから100キロくらい(?)離れていて、
バイト先で「モノ言う」なんてことは絶対に嫌だというし、
そんなことをするならバイトを辞めたほうがいいといわれ、
でも、
それでも「モノ言う」時のことを考えての情報を伝えている。
(もちろん授業でそういう話ばっかりしているわけではない。
本当のところ、人権とは何かなんていう理屈を伝えたい気持ちは強い。)

『活動家一丁あがり!』のなかで紹介されている人たちの「場」作りは
楽しそうで面白い。
でも、それよりこういう本を作ったという活動がすごいと思う。

楽しんで仕事や活動しないとね。
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by KATEk | 2011-09-26 21:38

また、です。

「半音階のうつろい」なんて、ブログ名に変えても、
実態のわたしはちっとも恰好よくなるわけではなく、毎日のように
愚痴ばかりこぼしている。

病気をもっていても静かにそれとつきあっていく人も多いだろうに、
わたしは叫ぶように書きたてている。
ぶざまだけれど、そうでもしないとやっていられない。

膠原病ということばを何度ネットで調べただろう。
糖尿病かもしれないという不安もでてくる。
結果はもう少しででるというのにじっとしていられない。

朝は手が痛いというのにアクセサリー作りに没頭し、相方が
ストップをかけてくれた。
手が熱くなっていた。

そうの状態とからだの状態とが両方からんできて、自分で自分が
抑えられない。

そうの状態を和らげるには薬を増量するほかなく、そうすると
頭がぼーっとして名詞もなかなか出てこなくなる。
ことばがでないじれったさ。
どこまで何をがまんすればいい?

ぼーっとして名前や単語が出てこないのはしかたがない?
授業では緊張するから少しは違うけれど、でも板書の間違いは
増えるし、言葉が出てこないからうまく話ができないし、
これは本当は困りもの。
でもそういう状態をけっこう続けてきたんじゃない、そう自分に
言い聞かせるしかないか。

痛みはどうする?

膠原病であれ、糖尿病であれ、病名がつかない場合であれ、
(更年期障害といえばなんでも解決する?)
ともかく痛みや薬との付き合いは切れない。
折り合いをつけるしかない。
わかっているんだけれど、きついんだなぁ。
だからこうして愚痴を公開してしまう。

さっき外に食事をしに行った帰りに、後ろで
「やむー!」という大きな声がした。
高校生か、中学生かだ。
今度は「病む」が「やむーっ」になったか。
病んでいるというのは、彼女・彼らにとってどんな状態なんだろう?

辻村深月という作家のことを、今朝初めて知って興味を持った。
彼女は高校生や小学生、そして今になって初めて中学生を
主人公にして小説を書いたということ。
今まで中学生を主人公にした小説が書けなかったのは、
あまりに中学生の内面がデリケートだからだったらしい。
中二病ということばがあるくらいだから。

わたしからみれば元気に見える・元気に聞こえる人たちだけれど
病んでいるのか・・・

わたしの病み(闇)とどうつながる?
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by KATEk | 2011-09-25 21:21
相方が高圧洗浄機でベランダの掃除をしてくれている。
濡れてもいい恰好でとはいえ濡れている姿を見ると
ありがたいやら悪いやら。
マスクなどしていないし、埃を吸った水しぶきをかぶっての掃除は、
けっこう危ないのではないかしらん。

大人の被ばくはある程度がまんせよ。
子供を第一に!
という優先順位はもちろんある。
でも大人もできるだけ安全な状態を求めるのは当たり前。
煙草もたくさん吸い続けている相方が、がんのリスクを高める
行為をすることは、わたしにはちょっとストレスフル。
といって、わたしが代わってやることもできず、見てるだけ。
(からだを動かすのがしんどい。痛みがあちこちにでている。
膠原病じゃないというならこれはいったいなんなの?といいたい。
何か治療の方法はないの?
でも、膠原病だって言われるのも困るしなぁ。
ともかくこの痛みを和らげてほしい!!)

と、こんなことを書きつつ、相方の相方の姿を見ると、薄着のせいで
おなかがでっぷりふくらんでたれてきたのを再認識。
OH!
わたしが「タニタの社員食堂」の作り手のように、カロリーオフな
食事を提供できないのは悲しい。
買ったものばかりで味は濃いし油っぽいし、そんな食事になってしまう。
甘いものも欠かせない状態で。(覚悟の問題で、食べないと決めれば
それが一番なのだが、そこだけはつい自分に甘くなっている二人。
わたしのほうがずっと甘いものはたくさん食べているけれど。)

人のふり見てわがふり直せ。
ということばは、本当によくできていることば。
わたしのメタボぶりはもっとすごい。
筋肉はどんどん落ちておなかから太ももまでにたまってきた。
着られないズボンもでてきており、これはいかん。

せめて呼吸を変えて、内臓を動かそうと思うのだがこれまた掛け声で
終わり気味。
相方だってずいぶん気にして、自分なりのセーブはしているから、
私の場合はもっともっとセーブしないと間に合わない。

と、ここでまた話は変わり。
「読書人」という新聞にこれから出る本の紹介があった。
9月下旬に出る予定の『何か、わたしにできることは?』という絵本。
これ欲しーい。
スペインの作家によるもの。
コラージュに興味がある私には見逃せない。
もちろん話の中身も!
西村書店で発売。

深呼吸の秋。
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by KATEk | 2011-09-25 14:35
今日は突然思いついたアクセサリー作り敢行。
指が痛いのにこんなことして…と相方に怒られそうだ。
でも作り始めたら、かえって指が細くなった。
やっぱり使わないとだめってことかな。

作ったのは皮を土台にして、何種類かの糸や毛糸が混ざった糸を
ぐるぐるっとまとめたものを皮にはるつける。
(念のため縫ってとめる)
その隣にビーズとボタンを縫いつけてできあがり。
裏面は、あまりの皮を縫いつけ、そこに皮ひもをいれて
首からかけてもよし、ピンを入れてブローチにしてよしという設計。
色味は青とオレンジが基調。
土台の皮は、安く売っていた端切れの濃い茶色もので、それを
台形にカットしたもの。

もう少し涼しくなったら使おう。
(写真をいまだに載せる技術がないのが残念。)

今日は涼しい夜になりそうだ。
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by KATEk | 2011-09-24 20:34
朝から気持ちのいい晴れだ。
秋,陽が気持ち良く外に出たくなるような日ばかりだったら
そんなに調子を崩さないですむかも知れない。
なにしろ季節性感情障害は,日に当たる量に影響されるものだから。
(稲みたい)

ここ1・2週間はとっても変な夜が続いている。
2時から3時の間に目がさめて,パンだのヨーグルトだの一食分を
確実に食べている。
半分寝ながら。
もちろんメタボが進んでいく。

薬のせいにするなかれといわれるが,薬の影響は大きい。
(主治医によれば,薬でたりないところは理性でカバーせよ,と
いうことなのだが,その理性が働きにくくなっているわけだから,
そんなこといわれても・・・と言い訳するわたし)

ここのところ書いているブログを読み直しても,なんだかおかしい。
ことばの使い方が間違っていたり,変に饒舌だったり。
薬減らしたいよー。

さて今日はどんな日になるかな?
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by KATEK | 2011-09-24 07:52
相方が教えてくれたスポットのひとつ,
上野にある2k540 AKO-OKA ARTISTANに行ってきた。

前に映画『真昼の星』(だったっけ?)
『阿賀に生きる』という映画の助監督だった人(これも名前が
でてこない。じれったい。)で,自殺してしまった・・・
佐藤真さん?が作った映画をみたことがある。

福祉施設でいろいろな人たちが個性ある作品を作っている
様子を映画では伝えてくれた。

その福祉施設が,形を変えてアートに専念するような形で
活動しているらしく,その展示をやっていた。
(いまはスタジオクーカという名称で活動中。神奈川県の平塚に
ある施設だ。)

映画のときは製作の段階や,いろいろな人のひととなりを写していたので
実際ダンボールを多用して作った展示を見るのは新鮮だった。
なんだか惹かれる形や色使い。
明日は紙芝居や人形劇もやるとか。
スタッフがアドバイスしていろいろなものが出来上がる。
平面(絵)だったものが,人形になり,バッジになり,トートバッグや
本のカバー・Tシャツにまで。

そこにはスタッフの人と,施設に通っている人3人がいて,
すこしおしゃべりしてきた。
その一人の書いた絵を買い取ってくれた会社もあるとか。
わかるわかる!
だってほんとにきれいだし,ユニークだから。
アウトサイダーアートといっていいのかわからないけれど,
なんだか解き放たれているんだな。
作ることを楽しんでいる様子が伝わってくる。

わたしも今年の美術部の文化祭でダンボールを使ったことや,
日比野さんのダンボールアートが好きだったりすることもあって,
ここで使われていたダンボールの作品をみたら,無性に
ダンボールアート(?)がしたくなってきた。
(でも,この指と手じゃできないけど)

今度,平塚にもいってみたいなぁ。

ここは常設のお店と,クーカのようにイベントをやるスペースと
両方あるので全部見るとけっこう楽しい。
手ぬぐいのお店もあった。(これは期間限定のお店)
皮を扱ったお店は常設が多く,谷中コーヒーという安くておいしい
コーヒー屋さんもあった。(これは常設)
日本百貨店も見飽きない。

充実した一日。
(でも疲れたのか,いまどんどん指がはれてきている)
クーカのH.Pはお気に入りにいれた。
そうだ。
秋は芸術なのだ。
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by KATEK | 2011-09-23 22:09
秋分の日。
昼の長さと夜の長さが同じになる。
あぁ,暗い時間が増えるのか・・・
秋は好きな季節なのだけれど,からだはどうやら
嫌っているようだ。

ノルウェーやフィンランド,イギリスに行きたいと思っても,
こういう国は暗い時間が多いから,からだはもたないだろうな。
『青い光が見えたから』を書いて日本からフィンランドに
移住してしまった彼女・・・えーと名前が出てこない。
長い長い暗い時間によく順応できたなぁとちょっとうらやましい。


さて,
先日,『詩人会議』という雑誌のことを書いた。
アーサー・ビナードさんと伊奈かっぺいさんの対談。
ここで,授業で使えそうな部分を記録しておこう。

・CO2(2という数字を小さくかけないなぁ,失礼)をださない
 発電として,地温暖化説を利用した広告を政府や電力会社が作るとき,
 かならず「発電時に」といれている。
  →アーサー・ビナードさんは,広告を見るとき,この
   言葉が抜けていないかと虎視眈々とみているそうだ。

・「使用済み燃料」という言葉。ウラン235を核分裂させて
 「死の灰」をつくると,すごい放射性物質の手ごわいやつが
 いっぱいできる。一億倍に増える。それを「使用済み」と
 いってなんか無難な感じがするんだけど・・・
   →アーサーさんの話

・ 原発の話をする時にはおならにたとえていうとと,考えた。

  わたしは絶対におならをしませんという。でも,朝のうちに
  さんざんおならをしておいて,会場にやってきて,夜家に帰って
  またおならをいっぱいするのだけれど,講演中はがまんする,
  というのと同じだと。
   →アーサーさんの話

わたしはアーサー・ビナードさんが好き。
彼の話や文章はできるだけ読みたいと思っている。
この「詩人」はことばに敏感だから,かれから学ぶことは多いのだ。
これからもチェック!

ところで,今日も手がこわばっている。
膠原病の検査中だけれど,膠原病の症状を読むと重なる部分が多い。
今までも何回も検査はしたけれど,結果は異常なし。
でもこんなに手がグローブみたいな感じがして熱くなっていたり,
指が痛かったり,足全体が痛くて立っているのがすぐに辛くなって
しまうのだから,なんとか病名つけてくれないかしらん。

ある医者は,「こんなに薬を飲んでいるんだから,そういう症状が
でてもおかしくないと思いますよ。」といい,
ある医者は,「その程度で膠原病といったら,日本中の人の半分くらいは
膠原病だってことになってしまいますよ。」と言った。
まぁそうであっても,ペットボトルのふたをあけるのがつらいような
状態どうにかしてくださいよ,まったく!

最後はまた愚痴でした。
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by KATEK | 2011-09-23 09:10