日常って、微妙な差異こそ大事かなと思います。


by KATEK
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先日のこと。
仕事の帰り道,公園を通り抜けた時。

おじさんが大きな声で言っていた。
「これは俺のネコだ」

柵に2匹のネコがつながれていた。
そのへんにあるようなながーいひもで,そのネコたちは
つながれていた。

1匹は大きめでぶっちょの茶色いネコ。
もう1匹は小さなやせの白と他の色のぶち。
いつもそのあたりに出没する,典型的のらネコだ。

「ネコに鈴をつける」ということばがあるように,
縛られるのをきらうのがネコだと思っていたが,このでぶっちょは
ずいぶんとおとなしい。
おとなしいどころか,悠然として,
「俺のネコだ」と主張しているおじさんをじっと眺め観察している。

それにしてもこのおじさん,
どうしてこんなことをしたんだろう?

翌朝そこを通ったら,昨日の光景はかきけされ,なにもない
いつもの通りになっていた。
きっとあのネコたちは,平然としてそこを立ち去ったに違いない。
たぶん,おじさんもどこかでその日暮らし。
野宿者のおじさんのようだったから。



まだ指が痛いまま,今日はキーを打っています。
今週は授業でも八つ当たりというか,かちんかちんときて,
わるーい空気のなかで仕事をしてました。
授業が始まった時から,横を向いて,机の上には何も出さず,
ケータイをずっとみていて,果てはジュースを飲み始め・・・
なんて生徒にかみついて。
授業を聞いている生徒のほうがずっと少なくて。

でもこういうことをあるところで1時間愚痴って,
すこしアドバイスをもらったらすっきりしました。
そうか,わたしの授業に手直しすべきところありだ,
やっとそんなことに気づき立ち戻れて。

生徒のためにやってるんだ,なんてかなりおこがましく
ひとりよがりになっていたみたいです。
来週は,まずわたしの否を認めるところからスタートです。
(もちろん,生徒の側の問題もちゃんといわなきゃ,ですが)


最後になりましたが,
数日ブログをおやすみしている間にも,あたたかいメッセージを
くださった方々,本当に感謝です。
「こんなブログ!」なんてなげやりになっていたのに・・・
ありがとうございました。
これからもよろしくお願いします。
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by KATEK | 2009-10-31 10:21

外気には・・・

 
   東京新聞  けさのことば
                    岡井隆

     外気には

     なぐさめがあります

       『音の箱舟 モーツァルト』  木坂涼



外気に慰めが感じられますように。
このささくれだって,怒りばっかりが感じられてしまう時に。
痛みにすべてがとらわれてみじめな時に。
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by KATEK | 2009-10-26 21:34

どうにでも・・・

痛い。
腹が立つ。
イライラする。
なげやりだ。
どうにでもなれ。
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by KATEK | 2009-10-25 19:24

自白するだろうわたし。

あぁ,わたしも自白してしまうなぁ・・・
いくら冤罪だったとしても。
なんて実感した日。

近頃痛いところばかりで,痛みをかばってか,からだの
緊張がかなりつよいみたい。
足も太ももから疲れていて,山に登った後のように,
午後になると足がカクカクしてくるほどだ。

というような状態で授業をする毎日で,授業もなんだか
からだの疲れがずっしりくる。
3時間続きで授業をしたりすると,3時間目の中盤ごろには
頭の回転が悪くなってくるのがよくわかる。
もう疲れてしまって,ある種どうでもいいやという気にさえ
なってくるのだ。
今日,初めて気づいた。

疲れが重なって,眠ることもできず,かつ脅され恐怖を
与えられていたら,考えることなんかすぐにでも放棄してしまう,
そういう感覚が,わたしのたったこれだけのちっぽけな痛みの
経験からでも簡単に推測できるのだ。

疲れていると,考えることはひどくめんどうになる。
相手のことばに反対したり,批判したりするのがすごく億劫。
もういい,どうにでもして!となげやりになる。

人間,どうしてこうもヤワイというか弱いというか・・・

大西巨人の『神聖悲劇』の主人公の,いつも冷静で貫徹した態度や
戦中に良心的兵役拒否をした明石順三や,こういった人物の
すごさをあらためて考える。

しなやかさも必要なんだろうな。
疲れすぎないようにいつも自分をどこかで保っておくこと。
ユーモア。

わたしなんか,疲れすぎて,野口体操をすることに嫌悪感すら
いだくこの頃。
そんな「気持ちいい」動きなんてありえない!と勝手に怒っている。
あぁ,硬い固い,堅いわたし。

でもふかふかブーツは気持ちよかったです。
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by KATEK | 2009-10-23 21:35

この詩を読んでみて。


  僕は縛りつけられている子どもたちの怒りを世界にぶつけたい
  僕は虐待されている少女の痛みを世界に向かって叫びたい
  僕は捨てられた赤ん坊の言葉に尽くせない哀しみを世界に向かって
  叫びたい
  僕は酷使され、虐待されている子どもの恐れ、おののきを世界に
  向かって
  叫びたい
  僕はこのすべてを世界に向かって叫びたい
  でも誰が僕と一緒に叫んでくれるのだろうか

    (13歳で働かされているミカエル少年の詩より)


世界の子どもたちのことを勉強した。
強制労働させられている子どもたち。。
子ども兵。
ストリートチルドレン。
売春させられている子どもたち。
難民。
アメリカのギャングたち。

話はすれども,どこかすり抜けていってしまう,
そんな感じは否めない。

実態について簡単に話してから,冒頭にある詩を読んでもらった。
感想を聞いた。(書いてもらった)

書く前に,わたしのコメント。

 天童荒太(?)さんの本読んだことある?
 『悼む人』はベストセラーになったよね。
 (『包帯クラブ』を知っていたのがたった一人だった)
 天童さん自身,亡くなった人の気持ちを感じるために
 その場に行って感じようという行動をとっているそうだ。
 でもね,
 いくら感じようとしたって,それは無理なことなの。
 限界があるの。
 だってその人にはなれないもの。
 どうしたって感じられないことばかりだし,
 その人の立場になんて立てないの。
 でも,それがわかっていても,それでも考えて感じようとして,
 ちょっとでも想像して,
 そういうことが大事なの。
 難しい事だってわかっていてもね。

ひとりだけ,うなりながら,
「書けねー」と悩んでくれた生徒がいた。

書けなくていいんだ。
悩んでくれれば。
そしてなんとか表現しようともがいてくれれば。

彼が書いてくれた数行。
「ぼくは何ができるんだろう。なにをしてあげられるんだろう。」
重いことばだ。

今のほとんどの生徒は,セイフティネットとか,言葉で教わったと
それでいいことにしている。
授業でやったことにかなり満足している。
(わたしの授業ではないけれど)
今,テレビで流れている言葉を,聞くことには違和感なくまた
抵抗もないし。

ただ授業で聞いたことはあるでけで説明はできないことだらけ
というのが現状だ。
まして,他人のことを感情を受け止めながら,文章にしてみる,
そんなことは離れ業といっていいほど,「無理」なことらしい。
だって,だれもそんな疑問をぶつけないから。
授業でそんな質問は誰もしないから。
だからわたしの授業にはけっこう抵抗がありそうだ。
それでも,あれだけ悩んでくれて,ほんとうにありがたい。

と,ここまで書くのが限界。

おととい,手や指が痛かったので,足の小指の爪が半分ほど
はがれていたのに丸一日気づかなかった。
夜お風呂で,血で真っ黒になった小指に気づいて,とたんに
痛くなってきた。

気づいたらけっこう痛いもので,靴ははけないし,歩くのも
やだなぁって面倒くさがっている。
人間って,ほんといいかげんにできてるもんだ。
だからいいのだし,こわいのだけれど。

追記:
痛くない靴がないから,ふかふかのブーツ,買っちゃいました。
まだ時期的には早いし,それほどかっこよくないかれど,
ともかくふかふかだから。
明日から当分そのブーツにお世話になります。
でもなんだか変な装いになりそうな予感。
雪国から南の国にやってきたへんなおばさん??
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by KATEK | 2009-10-22 21:18
30代前半まで,脈を数えると,きまって60。
というのがわたしの普通だった。

急激に労働密度を高めだし,からだや心が壊れていく
段階で,いつしか脈拍までもが高止まりになって,
それからずっと80から90の間で,動かなくなっている。
そうなってから,もうずいぶん経つってこと。

『ゾウの時間 ネズミの時間』(だったっけ?)
かなり売れた新書だけれど,そこにも動物の脈拍のことが
書かれていた。

どんな動物も,一生のうちにうつ脈の数は決まっていて,
それは一定している。
だからネズミのように小さな動物は,ドキドキ速く脈を打ち,
決まった数の脈を打ち終えるのも速いから,命は短い。
それに比べて,ゾウやカメはゆっくり脈を打つから,
とっても長生き。

わたしの寿命はあんがい短いのかもな。
若いころ,脈が80を越えていると,必ず風邪をひいて
熱が出ていたもの。
それと同じ状態が,今の毎日なんだから。

どうやったら脈が元にもどるのか,わからない。
高血圧などいわゆる成人病は,運動するとだんだんいろいろな
指標が正常値にもどるという。

今,チョー疲れて毎日を過ごしているわたしは,甘いものを
食べずにはいられないけれど,それでも毎日1万歩はかるく歩いて
しまっているから,ものすごい運動不足でもないだろう。

でももうからだなんてどうでもいいや,そんな気持ちには
なりかかっていることは確か。
だって手や腕の痛みにしたって,頭痛にしたって,
目の痛みにしたって,痛いから使わないってわけにはいかないし,
痛くたってなんだってがまんするしかないんだから。

今,かなりなげやりなわたしです。
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by KATEK | 2009-10-20 23:22

影が薄いんだそうだ。

「影が薄いね」
またしてもそんなことをいわれてしまった。
部活の生徒から。

まだ1ヶ月もたっていない過日,授業中に
「あの先生は白衣着てることもあるけど,きかなきゃって
感じになるんだよね。
でも,先生の場合はいつも違う服着てるし,なんだか
ちがうんだなぁ。
どうもやる気が出ないんだよね。」
といわれたばかり。

わたしって「威厳」とやらがまったくないのだ。
部活のメインの顧問の先生は新人で,わたしが親であっても
おかしくないくらい若いのに,「ちゃんと」説教するし,
生徒にびしっといえるし。

迷いがないというのは,すごい。

わたしはきっとこれからもずーっと,その辺のおばさんが,
「なぜここにいるの?」なんていわれるかどうか,ギリギリの
ところで,生徒と接していくんだろうな。
まぁ,そういう自分に腹をくくろう。

そういえば,『バガボンド』というマンガ。
読んだことはないけれど,興味をもったきっかけは,美術の先生の
話から。
「あの絵,すごいですよ。ただのマンガじゃないです。」
そういわれた。

その後NHKの番組で,その漫画家さんを何ヶ月か取材したものを
みて,なるほどと思ったわけ。

主人公の宮本武蔵にそこまで感情移入して描くのか,と驚き。
史実かどうかということより,血を浴びたらどうなるかとか,
祈る時の表情はどうなるかとか,身体表現のさることながら,
表情の描きわけが豊かだ。
あそこまで心理描写に悩んで悩んでマンガにするというのは,
しんどいだろうなとも思う。
髪の毛の動きにまで神経使って。
でも,そのしごくまっとうな悩み方が,今の時代には新鮮に思えて,
わたしは感じ入ってしまった。

あんなに悩んで描くという経緯をせおったマンガを,読者はどう
受け止めているのかも,また興味深い。
今の若者たち,どこまで心理的な表現を求めているのか・・・
まぁ,若者が読者だとは限らないけれど。

まっとうさと,「俺様化」している部分と,どちらももっている
今の若者(40代だってはいりそう)のアンバランスさ。

もしかしたらわたしの言ったことがすぐに「地雷を踏む」ことに
なるような,そういうこわさをもった人たちとのお付き合いが多いから,
毎日が「発見」で「新鮮」で「しんどく」て「めんどう」だ。

そんななかで知った『バガボンド』だった,というわけ。
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by KATEK | 2009-10-19 20:07

遭難まぬがれる!!

アメリカハナミズキの葉っぱも紅葉してとってもきれい。
山には行けなかったけれど,こんな近くの秋を楽しむのも
いいものだ。

お昼間はほんとうに暖かかった。
でも(また愚痴!)じょうろは重くて,植物への水遣りはどうも・・・
お布団も干したいけれど,あんなに重いものもてないし。
だから,ふだんは閉めっぱなしのサッシを全開して,
外の空気をいっぱいいれ,少し斜めになってきた秋の日差しを
家の中にとりこんだ。

我が家では「うそつき吉松」と呼んでいる作曲家の音楽を
かけながら,ちょっとうたたね。
吉松自身が書いた曲なのだが,彼が「こんなにいい曲だったのか」と
いったとかいわなかったとか,
そういうほど田部京子のピアノの演奏がいい。
ちょっと癒しの音楽をねらった感じなのだが,演奏のおかげで,
彩がでてきて落ち着いていて,わたしのお気に入りのひとつになっている。

午後から近所のスーパーに二人で買い物に行く。
大して時間をかけたわけではないのに,帰る頃にはわたしの顔色が
変わってきていたらしい。
わたしも歩くのがしんどくなっていた。

相方はすぐに反応。
「行き倒れ」「遭難」を防ぐためにはすぐにでも何か食べさせなくてはと,
あわてて和菓子を買い物籠にいれ,スーパーを出たところで,
とりあえず腰を下ろし和菓子をわたしに与えてくれた。

復活!!
食べたらすくっと立ち上がり,帰路についたわたし。

糖尿病だと困るけれど,この前やった健康診断ではどこにも
異常なしだったからなぁ・・・

部屋までの途中,エレベーターの中でポストに入っていたいらない
広告をまるめてふりながら,いい気分で歌いだしたのを見て,
相方はにやにやしていた。
この変わりよう!
どんな人格してるんだって!
ただ家が好きなだけ。
家が近くなってきたから安心したのだよ。たぶん。

あぁ,
山もいいけれど,家もいい。
そんな秋の一日でした。
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by KATEK | 2009-10-18 17:55

ある公式

なんだかからだに不調があると,歩いていても周りの様子に
目がいかなくなるようだ。
その歩いている時間を満喫していないというか。
ジーパンのポケットに手を入れるのも痛くてしかたがない。
大根おろしなんて,考えるだけでこわくなる。
(「まんじゅうこわい」ならいいのに)

そんなだけれど,頭痛がしない日が増えてきたので,
片づけをしたいという要求がなかなかおさえられずに,
またまたこまってしまう。

下園壮太 『大人の心の鍛え方』 河出書房新社

下園さんは,自衛隊大学校をでて,精神科のお医者さんになり,
ずっと患者さんを見てきた人。
(まだ若いけれど)

自衛隊は自殺やいじめがたえないところだから,きっと切実に
精神的な治療が必要な環境にあるのだろう。
下園さんの書いたものには,妙に説得力がある。
具体的で,的を得ているのだ。

その『大人の心の鍛え方』には・・・
こどもにはただただがまんやがんばれということばが意味をなす
こともあるけれど,大人は「なりたい方向に極端にハンドルを切らない」
そういう力の大事さを強調している。

・「苦しいことを乗り越えれば,心が強くなる」という公式がおかしいこと

そういって大人には子どもと違うバランスのとれた心の鍛え方があると
話している。

わたしって,まだまだこの子どもの「公式」にとらわれる部分が多くって,
まったく困っちゃうなぁ。

そうそう,今朝ははよからDVD『ダウト』をみた。
いいのか,そうでもないのか,判断はムムムだ。
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by KATEK | 2009-10-17 18:10

黒豆のたいやきを.

今年初めて,サザンカの花を見た。
日陰にひっそりと。
あぁもうこんな季節か。
そういえば,まだベランダの植物に水をあげていない。
お疲れなのですよ。わたし。

もうリウマチに違いないと思うほど,手から腕からひざ,腰,足,
首,背中,その他あっちこっちと痛くて大変。
こうしてキーをたたくのもけっこう衝撃が強くて痛いのをガマン
してやっている。
本を持ったり,ページをめくったり,
包丁を持ったり,なにか袋をあけようとしたり,
歩くこと自体きびしいときも。
とうとう台所に座面の高い椅子を置きっぱなしにした。
炒め物をしたり,ガス台のところに立っているのが苦痛だから。

でも,こうやって生きていられるし,好きな本や音楽やDVDを
見られるし,散歩だって,仕事だってできるのだから,ありがたい。
痛くてもありがたい。

今日は職場を出たとたん,おなかが無性にすいているのに
気づいてしまって,迷いに迷った。

最初は家に着くまでがまんだ,と思っていたがだんだん理性が
遠のいていく。

飲み物でガマン,それも頭で考えた末のことだったので,からだが
拒否。
かといって,喫茶店に入るなんて余裕はないし,道の途中にある
たこやき屋さんによるってことも気が進まず。
やっぱりコンビニでお菓子?とちらっと思うが,それも納得行かず。

突然目の前に(実際は目のずっと斜め前で見えないところ)に,
たい焼き屋さんがあるのを見てしまった。
夏の間,「泳げたいやきくん」を流しっぱなしにしていたので,
気になっていたお店。
パリッとした薄皮がおいしいという宣伝文句。
それに1個100円。

半ば睡眠状態でお店に近づいていき,黒豆のたいやきを買ってしまった。
ベンチでいただく。
もう外は暮れようとしている。
でも,助かったー。

食べ終わってから,昔のことを思い出す。
昔はおなかがすいたって,すぐに食べ物がたべられたことはなく,
基本はガマンだった。
なんでもこんなにインスタントじゃなかった。

わたしのおなかまで,インスタントになってきてしまったんだと思うと,
情けないというか,文化がどうのこうのといえないなぁと・・・

インスタントな生活にNONと,本当はいいたいわたしが今読みかけの
本は,『仕舞える住まいの収納学』農文協。
暮らしを大事にするってどんなことか,考えてみたいというのが,
わたしの脳の一部の興味。
昔にもどれないからこそ。

うー,手が指が痛い。
鋭く痛い。
もうやめた!!
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by KATEK | 2009-10-16 21:39