日常って、微妙な差異こそ大事かなと思います。


by KATEK
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<   2008年 08月 ( 23 )   > この月の画像一覧

いま,空では秋と夏とが戦っているらしい。
お昼近くには入道雲,夕方にはいわし雲がみえた。
空の色はだんだん澄んできて「天高く・・・」になりつつある。
食欲は秋も夏もかわらず旺盛だ。

むのたけじさんのこと,もしかしたら知らない方もいるかも。
そう思ってちょこっとご紹介。

今たしか93歳。
からだはぼろぼろらしく,目も見えなくなっている様子。
だからNHKのニュースだけで,今の世の中の動きを考えて
いるとか。
(そこがすごいと思う。毎日たんねんに,動きをおうこと。
なにが語られていないか考えること。そういうことができるという
ことや,諦めない生き方がすごい。)

むのさんは戦争中,ジャーナリストとして働いていた。
朝日新聞社に勤めているときに敗戦。
今では敗戦記念日になっている1945年8月15日に退社。
14日に辞表は出していた。
これがむのさんの,ひとつの戦争責任のおいかただった。

退職後,地方からの発信を続ける。
生まれたところ,横手で「たいまつ」という新聞を創刊した。
(「金八先生」で,この「たいまつ」を紹介したことがあったはず。)
今は,平和塾や講演活動をしている。

方言まるだしで,厳しいけれど優しい語り口調は,
とってもせまってくるものがある。
(むのさんを直接見たことはないけれど。)

最近,岩波新書で本が出たばかり。
『いのち守りつなぐ世へ』(評論社)も,最近出た。
こちらは「むのたけじかたるⅡ」としてでていて,同じタイトルで
もう1冊,Ⅰがでている。
こちらも,読んでみる価値あり。

(評論社の本は値段が2100円と高いけれど,字も大きくでも
なかみがしっかり詰まっているので,わたしとしては2100円でも,
買ってよかったと思う。)

前回とは違うところを引用しよう。

>現在の日本の新聞・放送のやっていることはトピックス,朝昼晩の
>話題のつまみ売りだけですよ。なもんだから,今言ったような真実の
>ところから遊離した,きれいごとの言葉がはびこるわけですね。
> 私は70年も言葉の仕事をやってきたから確信をもって断言
>できますが,人間が本気で何かをやろうとするときは形容詞は
>使わないものです。形容詞は必要ないんです。言葉として
>必要なものは主語を明確にして動詞を動かすだけです。「おれは
>やる!」「おまえはやるか!」「おれはやらない!」これが,人間が
>本気で責任をもって行動するときの態度です。
> 清らかだの,美しいだの,そういう形容詞を持ち出すときは,
>汚い企みをごまかすためです。

形容詞はいらない,使わないという話は,耳が痛い。
でも,わかりやすくてなるほどと思う。

ということで,今日はここでおしまいにしておこう。
薬の濃度のせいか,天気のせいか,からだのあちこちがおかしく
なっているので。
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by KATEK | 2008-08-31 20:53

むのたけじ 語る。

今,手元にむのたけじさんの新しい本がある。
『いのち守りつなぐ世へ』という本だ。

これは,「むのたけじ語る」の2冊目の本。
数々の講演をまとめたもの。

1冊目は図書館で買ってもらって読んだ。
ここにあるのも,図書館で買ってもらった。
でも,線をひきたい箇所がたくさんあってむらむらがとまらない。
結局,ネットで買うことにした。

わたしも含め,今の世の中でわたしの知っている限りの人たちをみて,
それとくらべてむのさんの文章を読むと,教養のなさというか
人間の薄っぺらさをどうしても感じてしまう。
(むのさんに限らず,年配の方にはそういう深みのある方が多い)

べつにカッコつけたいからじゃなくて,
(逆に切り売りの知識なんて恥ずかしい)
ものごとを根本から考える材料をもっているかが問題なんだ。

たとえば,むのさんは教育についてこう語っている。

>万国語ではエデュカーシオン,エデュケーション,ラテン語の
>エデュカーシオ,引き出すという動詞です。若。それを社会が
>引き出す。そこから何が出てくるか。それを存分に伸ばして
>花咲かせ,実を結ばせる。したがって,教育といういとなみに
>あるのは完全な自由,平等,人間に対する限りない尊敬です。

これだけ読んでもいいなぁと思う。
初めてに羽仁五郎の『都市の論理』を読んで感動したときと
似ている。うるおぼえだけれど・・・というより作ってしまっているかも
知れないけれど,たしか最も貧しい子に最も美しい場所(建物)で
学ばせてあげることが,福祉だという内容だったと思う。

理想でしかないといわれてもなんでも,いいと思うものはいい。

こういう理想とか,希望をもっともっとたくさんの人が語ってほしい。
伝えてほしい。
わたしもそのすみっこに向かいたい。

わたしってなんにもすぐれたこととかないけれど,こうやって,
線をひきながら感動しながら本を読むってこと自体が,とっても
好きなんだってことがわかってきた。
たぶん,ここに線をひいたよって伝えることも好き。

こういうことって,独自性がないしただの引用じゃないかって,
実は自分のことをばかにしていた。
ついさっきまで。

でもなぜか,この数時間で違うって感じちゃったのだ。

宮崎駿の映画『崖の上のポニョ』の製作現場を撮影した番組の
録画を見ていて,そう思った。

宮崎さんも実はすごい人じゃなくて,小さい頃から好きだったことを
好きだと思い続けて,それもあんがい強迫的な心理からそういう
ことをしてきているだけだって,読み取ってしまったから。

いろんな理屈を考えてつきつめて映画を作ってきた人だけれど,
けっきょくのところ,動機はごく個人的なところにあったんだって
思えたから。

わたしの「好き」も,続ければもしかしたら力になるんじゃないかって,
勝手に思ってしまった。
ものすごい飛躍だと思われちゃうだろうけれど,それでもいい。

いいと思えることをやればいい。
とりあえずは,今の結論。

なんだか飛躍した展開になってしまいまして,失礼しました。
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by KATEK | 2008-08-30 00:42

秋の草花

店頭でキキョウが売られていた。
わいせいのものを鉢で。
それを見たずっとあと,感じたこと。

秋の草花って,すらりとしたものが多いなぁと。
オミナエシ・ワレモコウ・フジバカマ・リンドウ・キキョウ・・・
実家で育てていたものは,どれもわたしの腰をこえるほど,
たかく伸びて咲いている。
それが風に揺れて,気品さえ感じたり・・・
そういう自然に生えた秋の草たちにあいたいなぁ。

でも,この雨続きの天気で,草木も受難の季節になって
いるのかも・・・

今は雨が降っていないから,今日は久しぶりに
新聞でも買ってこようかしらん。

ところで,昨日ニュースで,アフガンで殺された青年のことを,
福田首相がこういっていた。

「ほめてあげなければならない」

違和感。

それに比べ,中村哲さんは,
「アフガンの国民も,村の人もわたしたちは憎まない」と
いっていた。
ただただ残念だと。

亡くなったこと自体は,考えたくもないひどいことだし,
信じがたいようなこと。
でも,彼のお父さんがいっていたように,遣り残したことは
あるけれど,立派だったと思う。
だれにほめられなくとも。
お国のための(日本を背負っての)活動ではなく,個人の
アフガンの子供たちに注いだ愛情がすごいのだから。

食べること・着ること・病気で困っているアフガンの人たちが
もっと翻弄されるのはかなしいことだ。
でも,問題はアルカイダにあるとばかりいうのもまたどこか
違っているような気がする。

むのたけじさんがいっていたように,本当にビンラディン氏が
悪の根源なら,ジャーナリスト達はまずビンラディン氏と会って
話をするというような追いかけ方があってもいい。
無責任に聞えるかも知れないけれど・・・
漠然としたものを悪と決め付けるのは怖い。

さぁ,朝ごはんのしたく!
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by KATEK | 2008-08-29 06:27

鏡になった水たまり。

やっぱりヒートアップしてしまう無線ランの器械,
夜中すぎまでかかって,相方がいろいろ手を加えて作りかえた
けっか,ようやく安心して使えるようになった。
ありがたや,ありがたや。

今日も雨が降ったようだが,なぜか雨が降っているところには,
でくわさない。

大きく広がった水たまりを見るだけ。

水たまりは,泥だらけでしかも大きく広がっていて,歩きにくい。
でも,見方を変えたら,水たまりは大きな鏡。
風で微妙に姿を変える鏡。
ケヤキの木と空が広がってみえる。
青みがかって透きとおった光景になって。

ゲシュタルトの白黒の絵のように,見方を変えれば大きく
ものごとは変わってくるんだっていうこと。
最近,いろんなことで,そういう感じを経験している。

10年以上,言い方を換えればわたしにとってはずっと昔から,
足のだるさや疲れはとれないのがふつうのことだった。
だから,寝ると疲れがとれるというのは,発見に近いもの。

でも,ある人に笑われた。
気づくのにずいぶんかかったと。
この感動,きっとわからないんだろうな。

足に錘がついていないことの解放感。
もう動くのが嫌だと夜に思っていても,翌朝にはけろっとしている
ことのすばらしさ。

ちょっとづついろいろ発見がありますように。

ペシャワール会で活動していた男性が,殺された。
こういうことから,気持ちでは大きく遠ざかっているわたし。
中国もロシアもアメリカも,いろいろなことが起こっていて,
本当はもっと感じたり・知ろうとしたりすべきなんだろうけれど,
いまはお休み。

社会にもいい距離感で関われるようになれればいい。
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by KATEK | 2008-08-28 17:59
家の中の無線ランがうまくつながらなくなって,数日パソコンが
使いにくい(ほぼ使えない)状態だった。
ようやく相方にみてもらったら,機械がヒートアップしていたらしい
ことがわかって,なんとか修復。
今頃になって,機械も夏バテか・・・

と,ようやく開いたブログだけれど,書こうと思っていたこと,
忘れちゃった。

このごろ物忘れがすごい。
花がきれいだなぁと朝思ったとしても,夕方までにはすっかり
忘れてしまっている。

あっ,そうそう。
両親にあてて葉書を書くことを一時期続けていたのだけれど,
最近あまり書かなくなってしまった。
そのことが,頭の隅でひっかかっていたのだけれど,
考えてみたら書かなくてはいけないじゃ,続かないんだってこと,
いまになって気づいた。

書きたいことを見つけたら書くというのが自然だもの。
あまりにも,いい子しようとしすぎはいかん。
この歳になったら,親のめんどうを見る側になるのが本当
だろうけれど,だからといって葉書を書くのにこだわりすぎも
おかしい気がしてきた。

やりたいと思っていること,
やらなければいけないこと,
これをごっちゃにしすぎてきたようだ。

本を読むのもそう。
職業上,読んでおかなくてはいけないもの,読んだほうがいいもの,
いろいろレベルがあるけれど,今この時点では,無理することは
ないんだと「発見」。

必要なときに必要なことをする,
そのための力をためておくほうが大事。

でも,りんさんがブログに書いらした石内都さんの写真集
『ひろしま』はじっくりみてみたい。
授業に関係なく。
集英社から出ているらしい。
とりあえず図書館にリクエストしよう。

今日はこんなところで。
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by KATEK | 2008-08-26 20:08

パワーをとりもどせ。

セミの声に代わって夜の虫の声が大きくなってきた。
リ・リ・リ・・・・・
チ・チ・チ・・・
こうなると月が恋しい。
雨が降っている中でも,月を思い描きながらの夜を過ごす。
日もだいぶはやく暮れるよう。
今年は早く秋がやってきそうだ。

何日かまえに,知人数人と会った。
そのうちの一人が,ある講座を受けていて,その話をきいた。

「いま,一番なりたい自分を想像して発表してください」
そういう問いが,先生から出て,いろいろな応えがでたそうだ。
「わたしはカナダ人になっています」
「今のわたしは10歳の女の子で・・・」
知人は,ずいぶん欲張っていろいろな条件をあげたらしい。

その知人の話を聞いて,けっこう考え込んでしまったわたし。
わがままってどこまで許されるんだろう?
なんでそんなに素直にわがままなことがいえるんだろう?
なにも悪びれることなく・・・

1日かけてやっと,自分の気持ちの混乱が解けた。
知人をうらやましいと思ったけれど,実は怒っていたのだということ。
でも,ここで怒っても何にもならないこと。
自分の育てられ方や,性格を悩んだってしかたないこと。

なんだか人のことばっかり気にしてきたんだなぁと,あらためて知る。
もっと自由に生きられるんだって思う。
今頃,なんとか少しわかりかけてきた。

そういう風に感じてから,今まで読んできた心理学関係の本を
ふたたびめくったら,ずいぶんよみ飛ばしていたところがあった
ことに気づいた。

心のバリケードをどうやってつくるか。

またある本に書かれていたこんな文章。

>パワーの空白状態にある人は必要以上にまわりに
>合わせようとし,自分の権利を主張しないようにしています。

>もっと自信をもってパワフルに生きたいと願うのでしたら,
>まずはじめに,いったいなにがあなたのパワーに歯止めをかけて
>いるのかをよく考えてみてください。

>パワフルに堂々とふるまっていっこうにかまわないのです。

普通に人が読んだらなんてことはない文章だけれど,今の
わたしにはなぜかしみこんできた。
あぁ,パワーが空白だったんだって。
自分で決め付けていたんだって。

しょっちゅう襲ってくる途方もない不安はやっつけられる!

こんなこと書いても読んでくださるみなさんには???
かも知れませんね。
独話ですいません。

DVDで『シッコ』をみたら,こんなをいっていた。

 アメリカの権力者達は,こう思っている。
 教育と健康と自信を国民に与えてはならない。
 そうしないと,反発する気持ちが芽生えてしまう。
 自信をなくさせ,弱い状態にさせておくことが肝心だ。

このとおり語っていたのではないけれど,
「教育・健康・自信」のことばはたしかに強調していた。

そうなんだ。
だから,パワーを回復していかなくちゃ,なのだ。
暮らしにも,仕事にも,何に対しても。

これからがんばれる気がしてきた。
おしまい。
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by KATEK | 2008-08-26 00:01

封筒に凝る

ホットコーヒーを飲んだ。
何ヶ月ぶりだろう?

朝,そとに出たとたん風が通り過ぎた。
からっとした秋の風。
匂いも運んでいた。
何の匂い?
懐かしいようなこの匂い。
稲の香りにつながるような・・・
まさしく秋の匂いだった。

ここ1ヶ月ほど,封筒に力を入れている。(?)

絵封筒というジャンルがあって,封筒自体を作品にしてしまうもの。
この展覧会に行きたかったのだけれど,行けなかったので,
カタログだけ買った。

ところが市販の封筒に絵とかイラストを書くのは,あんがい難しい。
スケッチブックのような紙の質感がないので,色がうまく
のっからないから。

だから,封筒自体を作ることにした。

お気に入りの花の雑誌を切り取ってみたり。
今日は,まず新聞紙で手紙を包んで,そのうえに和紙を数種類
いろいろな形にしてはりつけた。
あて先はきちんと見えるように,白い紙をはって書く。
少し重くなるので,切手代金は余計にかかる。

学生時代からの仲のいい友だちあてなので,新聞紙でも
許してくれるだろう。
どんな感じがするかな?
この手作り封筒。

雑誌で作ったときは,包むという形にはしなかった。
今回,新聞で包んだら,あらためて包むということが,気持ちいい
ものだと実感した。

ものを「包む」,人を「包み込む」。
抱きいれるという感じがあったかくていい。
でも受けとるほうは違うかな・・・

今度はもう少しおすまししたものを考えよう。
読みたいと思った雑誌,買わないものも多かったけれど,
封筒にあいそうなものなら,読んで終わったところから
使えるし・・・

と,こんなことしています。
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by KATEK | 2008-08-22 19:43

久々の映画

映画『かつて,ノルマンディーで』をみた。(DVD)

ニコラ・フェリベールという監督の作品。
彼のドキュメンタリー映画は3本みている。

『音のない世界で』
『すべての些細な事柄』
『ぼくの好きな先生』
どれもとってもよかった。

精神科医療が,あんなに素敵なところで,リラックスして
(緑がざわめき,風が通り抜け,歩いたりベンチに腰掛けたり,
自由な時間の過ごし方ができる。フランスのたぶん田舎でのこと)
できたらどんなにいいだろうと思った。

この『かつて,ノルマンディーで』もドキュメンタリーだ。
フランスに生きる今の人たちを追う。
どんな内容かは,ちょっと文章を拝借して・・・

 今から30年前、助監督をしていた若き日のニコラ・フェリベールは、
 『私ピエール・リヴィエールは母と妹と弟を殺害した』という映画の
 撮影で、アリオ監督からキャスティングを任された。場所はフランス
 北西部のノルマンディー。主要な登場人物は地元の農民たちが
 演じた。30年の時が過ぎ、フェリベールはかつての映画に出演した
 人々を訪ねる。そこには普通の暮らしをしながらも、映画出演の
 思い出を大切にしている人たちがいた。

というもの。

映画に出てから,個々の人たちにもいろんな人生がまっていた。
とってもおもしろい何かがあるわけではないけれど,みていると
なんだか生きてるっていいなという気がしてくる。

粉川哲夫の批評では,前の作品のほうがよかったとあった。
http://cinema.translocal.jp/2007-11.html


でも,わたしはこの作品も好きだ。

日常を生きるっていいな。

今日も夕飯作りがんばった。
やりはじめがちょっとふんばらないとならないけれど,でもなんとか。
サトイモや鶏肉,うめぼしなどを使ったおかゆ。トッピング4種。
その他2品。
あとはお豆腐など買ってきたもの。

やっぱりちょっと頭が働くようになったのか,その日の特売(賞味期限が
その日までのもの)と冷蔵庫のあまりものを使って,何品かの料理が
できるようになった。
たんぱく質は,肉か魚かどちらかに加え,豆製品もひとつ。
野菜も根菜類ときのこに加えて,旬のものを使ってひとつかふたつ。
なんていう風に。

料理上手じゃないけれど,まぁ家庭の手作り感はあるからOK。

こんな生活が仕事とうまくいくようになるといいな。
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by KATEK | 2008-08-21 20:35
雷が鳴って,雨がざっと降って,今はセミの声。
あたりは涼しくなった様子。
ちょっと秋の始まり。

新聞,今日はなんとか読めた。

東京新聞にこんなことばが載っていた。

 「実行に先立って完全に明らかに見ようと欲する人は
  いつまでも成功できない」

あっちゃー。
アミエルというスイスの思想家の言葉だそうだ。

実行できなかった者の怨恨,と言い訳が書かれているというが,
それにしてもいいあてられている!って感じは強い。

ダメでもともとっていうのが,わたしにはあっていそうだ。
一歩を踏み出すこと!か。

そういえば,去年一歩踏み出したピアノ。
もう忘れ去られている。
なんということか。
半年,ピアノに触っていない。
そろそろピアノ弾きたくなってきた。

今夜読む予定の本は,
大内信哉 『どこまでやったらクビになるか』 (新潮新書)

大竹文雄さんという経済学をやっている人のお薦め。
「サラリーマンのための労働法入門」と副題もある。
さて,どんななかみかな・・・


追記:yumi_in_the_rye さんからコメントをいただいて。

昨日のブログに,心の病気に関して脳の機能や脳内物質の
変化など,もうすでにわかっていることなのに・・・と読める
文章を書いてしまったようです。
それがあたかもセロトニンと低血糖であるかのごとく。
失礼しました。

セロトニンもドーパミンもアドレナリン・ノルアドレナリンその他
いろいろな物質が関係していることが,だんだんわかってきています。
神経に関係する物質の関係(包含関係)など,まだわたしには
よく読みとれていないところもあります。

またわたしの知らないこともたくさんあるし,まだまだ研究過程で
ある面もたくさんあるでしょう。

ただ,文科省とか厚労省というお役所がからんでくるところに,
わたしはちょっと気をつけたいと思って,書きました。
なぜ今頃になって,文科省が?という意味で。

メタボに関しても,製薬会社が大いにからんでいることが
だんだんわかってきたり,戦時中も健康に関して政府が口を出す
場合,なんらかの意味がかくされていたりしました。
そういうところを気をつけたいなと感じています。

少しくどくなってしまいましたが,書き足しました。

わたしの書いたことに?はいっぱいあると思います。
またいつでも意見をお聞かせください。
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by KATEK | 2008-08-20 18:23

部屋を片づけた効果

今日は頭痛のため簡単に。

相方の不調が心配で,わたしのほうもなんやらすっきりしない。

職場で久しぶりに新聞を読もうと思ったら,新聞のなかみが
あんまり頭に入ってこないので,ちょっとびっくりした。
こんなにぼけちゃったかなぁって。
そろそろ難い本,読む練習しないとだめかな。
でも,そういうの自体は,授業には使えないんだけど・・・

これまた久しぶりに授業のはじめにどんなことを話そうか,
考えてしまった。

人間の幸せについて考えることと,豊かさについて考えることは,
別のことだよなぁ。
お金について,制度や生き方と結びつけてかんがえるる時,
どんなつながりをかんがえればいいかなぁ。
とかとか。

まだぼけてるな。
ピントが合わない感じ・・・

話し変わって,わたしが部屋の片づけをした結果,相方が
自分の趣味に関する作業の場が出来たとすこし喜んでくれたようだ。
午後からは少し元気が出てきたようで,なんやらやり始めた。
よかった・・・
元気ばかりじゃなくてもいいけれど,でも元気がいい。

中途半端だけれどおしまい。

あっ,そうそう。
珍しくオリンピックに関係ないニュースでこんなことを言っていた。

ひきこもりや切れる子供たちの行動の原因を探るために,
文科省が脳内物質など,脳の機能について調べるための予算を
だすことにしたというのだ。

いままでの社会学・心理学の見方では足りないというらしい。

脳内物質については,セロトニンのこと,また低血糖のことなど,
けっこういろんな文献が出ているはず。
いまさらそんなことを言い出すのはなぜか・・・

薬でかたをつけようということ?
厚生労働省と文科省の利権争い?
製薬会社がまたからんでいる?

それこそDNAの領域にはいっていったら,映画『ダカタ』の世界だ。
なんだかいやな予感。
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by KATEK | 2008-08-19 23:30