日常って、微妙な差異こそ大事かなと思います。


by KATEK
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<   2008年 07月 ( 13 )   > この月の画像一覧

ノートの整理をしていたら,2000年に書いた自分向けの
通信をみつけた。
へ~,こんなの書いていたんだ・・・
タイトルは「道草しようっと」。
なにを思って,自分宛通信なんだ?

なかに,本から詩を写し取ってあった。
工藤直子さんの詩。


  じぶんのことを かんがえたひ

    きょうも ぼくは ぼくだった
    きょうも ぼくは ぼくである
    あしたも ぼくは ぼくだろう
    ぼくのなかに
    ぼくが いっぱい
    やっほい


  ひかる

    わたしは だんだん
    わからないことが多くなる

    わからないことばかりになり
    さらにさらに わからなくなり
    ついに
    ひかる とは これか と
    はじめてのように 知る

    花は
    こんなに ひかるのか と
    思う


『出会いと物語』という本だと書いてあった。
図書館で借りてまた読んでみようかと思う。

あぁ,今日も『華氏451度』のこと,書かなかった。
またこんど。
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by KATEK | 2008-07-31 21:12

木をかこう。

今のわたしは,ご飯のしたくにしても
絵みたいなものを書くにしても,
手芸に没頭するにしても,
前より少していねいにつくる,ゆっくり作る,
というのがすこーしできかかってきて,
なんだかとってもうれしい。

なにしろ,ゆっくり没頭がいい。

美術の先生に,昨日はこう聞いてみた。
「わたしの書きたいのは,木なんです。でもどうやって描いていいのか
わからなくて・・・」

「わたしも描きたいんだけど,描けないんだよねぇ。
まぁ,木の葉を細かく描いていく人もいれば,色調で描く人もいる。
枝を強調するのだってある。ようは何を描きたいかってことかな?」

そうか,ここでも「何が」と「どう」が,結びついているんだ。

わたしの描きたいのは,伸びようとしている先端の葉っぱ。
色と勢いがいいから。
それと古い葉っぱの対比。
木の幹。木肌。
枝のかたち。ねじれながらも光を求めてせめぎ合う姿とか,
たくさん枝分かれしても,すっと立って天を目指している感じとか。

欲張りだな。

それぞれを一つづつ主題にしていかないとならないんだろうな。

ともかくどんな木を見ても,その勢いとか生命力には圧倒され,
また緑や黄色や赤やいろんな色の葉っぱからは,やさしさをもらい,
毎日木と遊んでもらっている。
もっとじっくりみるようにって,木がいい始めているのかしらん。

『華氏451度』についてはまたこんど。
今頃になって初めて読んで,よかったなとあらためて思ったから。
ムーアの映画のタイトルにパロディでつかわれたってことしか
知らないなんて・・・
と思いつつ,ここまできてしまった。
これからはSF,いってみようかな。
それにしてもまた今度。
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by KATEK | 2008-07-30 05:26
朝だ。

「あたーらしい,朝がきた。希望のあさーだ。・・・」
なんて,昔はなーんにも考えないでよく歌ったもんだ。

でも,今朝は青い空も見えて,小鳥も鳴いているから,なんとなく
うれしい。


美術部の子たちに混ざって,「チョークアート」というものを
やってきた。

ヨーロッパで看板ように書かれた絵が,
一つの分野になったものらしい。

まずはベニヤ板を黒いペンキで塗りつぶして,「黒板」をつくる。

そこにチョークアート用のクレパスみたいなもので,絵を描いていく。
色のつけ方が独特で,立体感を出すのにグラデーションをつくる。
そのときのぼかしを,手でこすってやるのだ。
色が違うところは,指を換えてこする。
この指で色を混ぜていく感覚が,とっても楽しい。

調子に乗って,絵のなかに「LOVLY DAYS」なんて書いてしまった。
ワインカップとハートと植物っぽい柄をまぜた仕上がり。
テキストのいろんなところからのパクリだけれど,まぁなんとか。

今日は絵封筒を書いてみようかな。

レイ・ブラッドベリの『華氏451度』をおととい読み終わった。
このことについてはまた今度書こう。
暑い日に焚書の話なんてもっと暑くなりそうだけれど・・・

前回のコメントへのお返事は,ちょっとお待ちください。
帰ってきたら書きますね。
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by KATEK | 2008-07-29 06:04

速すぎて・・・

ブログを更新しなくなって,だいぶたった気がする。
でも今はそれが快適。

急にからだがパソコンを受け付けなくなった。
電磁波のせいか,なんなのかよくわからないけれど,
とっても疲れてしまうから。

あとでつけた理由かもしれないけれど,パソコンの速さや広がりが
すごすぎて,身の丈にあっていないという感覚が強まった感じだ。

わたしの生きる範囲ってもっと小さくてちょうどいい。

朝は軽く歩いて,日に何回かは野口体操をして,あとは本を読んだり,
何かを作ったり。
テレビはニュースを少し見るだけで,できるだけ見ない。
今は新聞も読まない。
毎日の新聞のペースもわたしには速い。
週刊誌か月刊誌の速度がいいようだ。

ともかく速過ぎるものとは,当分近づかない。

おととい,ごみ収集所にごみ出しにいったら,オレンジ色のレジ袋が
脇にのけられていた。

透明か,または半透明の白いレジ袋しかだせないことになっている。
オレンジ色のレジ袋は透きとおっていて,なかに卵のからがはいって
いるのだってよく見えた。
白ならかなり透明性に欠けていてもOKというのはなんだかへんで,
色つきでもそれを透きとおったレジ袋に入れて出せば,これもOK。

今日見たらまだオレンジ色のレジ袋はそのままにしてあった。

レジ袋にはハングルでなにか書かれていた。

このレジ袋をのけた人,出した人,見る人はなにを思うのだろう。
今日もちょっと複雑な気持ちで見た。
考えすぎかもしれないけれど。

それではまた。
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by KATEK | 2008-07-25 20:08

心がお留守。

ことばが動き出さない。
そんな気持ちに素直になってみたいと思います。
とりあえず,毎日いきていってみようと。
またお会いしましょう。
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by KATEK | 2008-07-17 18:21

トマトの季節!

気になっていた掃除がやっとできた。
薬をちょっと減らしたからできたのか,それとも単なるからだの
気まぐれか・・・

オリビア・ニュートンジョンなんか聞きながら,こんな風に
パソコン開いているなんて,快挙って感じ。
頭痛はするのだけれど・・・

りんさんから聞いた本『闇の子供たち』は,数ページしか読めなかった。
きつい。
タイの子どもが人身売買されるところから,話が始まる。

タイの津波の時も,人身売買の話が出ていたから,今の問題
なのだけれど,お預けにさせてもらっておきたい。
なんだか今読める本は,限られたテーマみたいで。

『お目覚めピアノでワッハッハ!』はいい。
まだ付録のCDしか聞いていないけれど,コンサートの様子が
よく伝わってきた。

pianocraftさんのお知り合い?の河野康弘・明佳さん著。
河野さんはジャズがご専門のかたなのか,ピアノで演奏される曲は,
どれもジャズアレンジ風。

気に入ったのは,アウフタクトで手拍子を打って,そこに
ワッハッハ,ワッハッハ,ワッハ,ワッハ,ワッハッハと声を出すところ。
元気が出そう。
どこか人のいないところで,からだも動かしながら声を出したくなる。

と,このCDで元気をもらって,今日のスープは豚肉とトマトなどの
さっぱりスープ。

セロリ・トマトはワゴンセールでどちらも100円で調達。
国産豚も2割引のもの。
ちょっと古くなったキャベツをたっぷり使って,全部煮込む。
豚肉は下ゆでしておくと,油と添加物がとれるから,さっと下ゆでして。

香りはコショウとローリエ。
味付けは塩とほんのちょっと醤油。
これだけで,トマトの酸味とキャベツの甘みがじゅうぶん生きてくる。

トマトはまだ残っていたので使い切るために,紫玉ネギとキューリを
重ねて,うえにかつお節をかけ,酢醤油で。

その他は買ってきたもの。

まぁこんなもんでしょ。
今日は◎。
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by KATEK | 2008-07-10 20:04
今日も朝顔が咲いてくれた。
雨の降りかたもだんだん変わってきたし,夏はすぐそこだ。

DVDで,映画 『ヒロシマ ナガサキ』 を見た。
映画館で見られなかったから,(DVDになるとは思っていなかったので)
見逃してしまったと残念に思っていたら,ひっそりとビデオ屋さんに
おいてあったので,さっそく借りてきた次第。

ひとことでいったら,これはたくさんの人が見たほうがいい映画だということ。


一昔前に,10フィート運動というのがあった。
(それについてはこんな説明があったので,コピーした。)
  >「10フィート運動とは……アメリカに眠っていた原爆による
  >ヒロシマ・ナガサキの惨劇の跡を撮影した莫大な量の
  >映画フィルムを、私たち市民の力で入手し、・・・・・記録映画を制作し、
  >世界的な上映運動を展開しようとたち上がった市民運動です。
  >映画フィルムの10フィート分・1口3000円の費用を出しあうことによって
  >進められた運動です。・・・・市民運動を「10フィート映画運動」と
  >呼んでおります。」
この運動で作られた映画は,原爆被害をあらわに見せてくれるものとして
大事なものだとは思ったけれど,歴史の問題いいかえれば伝えるという
ことの意味を考えるには,足らない部分があったと思う。

この映画『ヒロシマ ナガサキ』は,被爆した際の映像から現在までの
時間を追って,被爆体験と原爆投下に関わったアメリカ人とのインタヴューが
時系列で織り込まれている。

あぁこんな時間を生きてきたんだと,想像するヒントを与えてくれた。

子どもの頃に被爆して,焼け爛れた皮膚を手当てされていたときの
ことを語る男性。
朝,ガーゼをはがしにくる看護婦さんに(看護士)「殺してくれ」といったそうだ。
ガーゼをはがす時の痛さは,気が遠くなるようなものだったと。
ガーゼをはがして蛆虫が皮膚をかじり始めると,それもまた痛んで。
いまでも,まだ通院しているし,ケロイドはそのまま残っている。

軍医としてヒロシマにいた男性。
生き残りそうな人だけ手当するために,死体の山を突っついてまわった
のだという。
生き残りそうなきれいな状態の人たちが,少ししてから次々と原爆症で
亡くなっていく。
でもそのときは,なぜ死んでいくのかわからなかった。

生き残ったはいいけれど,ケロイドがひどくて差別されてきた人たち。
生き残る勇気と死ぬ勇気と,どちらを選ぶかだったという女性もいた。

『夕凪の街 桜の国』でも,『父と暮らせば』でも,どちらも
被爆して生き残った女性が「わたしは生きていていいのか」と,自問する
ところがでてくる。
即死も,痛さに耐えかねて死ぬのも,生き続けるのも,
どれも選びがたい苦痛だったのだということ。

60年という月日が,まだ昨日のことのようにこびりついている人たちが
大勢いる。
この過ぎ去った時間は,過去のことではすまされない時間。
生きている時間。

あぁ,もっと知らなくてはいけないんだ。
そう思う。
できれば,わたしも,自分の知りえた範囲で,何らかの形で,
伝えていかなくてはいけないのではないかと。

重いことだけれど。

今日はここまで。
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by KATEK | 2008-07-08 21:10

一日一日が旅だから

職場に何日かぶりで行ったら,道の途中に大きなダリアの花が
咲いていた。
長いこと矮小化されたダリアにしかお目にかかってこなかったので,
感激!
大きなダリアは夏らしくていい。
ダリア,育ててみたいんだけれど案外むずかしいらしいので,
まだ先の楽しみにとっておこうと思う。

キキョウの花も咲き始めた。

雨があがればもう夏だ。

ここ何ヶ月もじつは相方の調子がいまひとつ。
なんだか歳をとったという感じがしてきたらしい。
今日は七夕。
出会った頃の二人を思い出してほしいなぁなんて思いつつ,
(こんな場で失礼しますが)
相方への応援の意味をこめて詩を紹介しようっと。


    新しい地形         メイ・サートン


  老年とは
  未知の世界の探訪
  そう考えれば
  なんとか受け入れられる
  挫折感は道づれ
  くよくよしてはいられない
  笑うことは命綱
  めがねを冷蔵庫で見つけるのも一興なら
  椅子から立つために
  意志の力をふりしぼるのも
  階段を昇るなら
  まず深呼吸をして
  エヴェレスト登山の覚悟を決めるのも。
  とはいえ
  とっておきの愉しみもある
  微動だにもせず半時間
  わたしはひっそりと
  座り続けていられる
  まるで植物になったみたいに
  刻々と うつろう光を追いかけながら。

  一日一日が旅だから
  家はわたしの奥の細道
  上り下りの坂があり
  遠回りする小道もある
  夕食のテーブルはおごそかに
  儀式のようにしつらえて
  花には水を欠かさない
  ひとつひとつが大事なつとめ
  わたしの心の砂時計で
  きちんと測ってあるとおり。

  そうして体を横たえれば
  ひたひたとよせる追憶が
  わたしの時間をみたしてゆく。
  八十年の生涯を
  どんなにたっぷり生きてきたか
  思えばめまいをおぼえるほど
  追憶はあまさず心に生きている
  変化してやまない大海原
  その満ちる潮 また引く潮。

  ニネット・ド・ヴァロアが
  詩に詠んだことばが いまわかる
  「いのちは生きるだけじゃない
   感じることです より深く」
  詩人はこのとき九十四歳。

  この旅では
  これまでとちがい
  わたしは 地形を学んでいる
  魅力はある でも
  なんとも 奇妙きわまる。

                 『一日一日が旅だから』 みすず書房


80歳を越えてなお生きることを楽しんでいるメイ・サートン。
彼女の感情の動きは激しく,ときには打ち砕かれたようになることも
あるようだけれど,でもあくまで楽しみを(愉しみを)もとめる彼女の
ような心を,ずっと保っていけますように。

これから二人の生活はまだまだ続く予定なのだから,
まだこれからなのだから,元気にできれば笑いながらいきましょう。
ふたりの奇妙きわまる道を探しつつ。

残念ながら星は出ていないけれど,
雲のむこうの星にお願いしておきます。

まだまだこれからだよって。
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by KATEK | 2008-07-07 20:12
なかなか調子がいいと感じるときがないので,
でもそれが人間だと考えよ,といわれればそのとおりでもあり,
また自分の心がけ次第で,気分のよい時間は作れるものだ
と考えればそうでもあり,
そうこうしているうとに,やっぱりしんどくなってきて,
というのが実状です。

図書館で偶然見つけた佐藤初音さんの本。
ちらりと読んでいたら,佐藤さんの生き方の厳しいこと!
おいしくて,それをいただいただけで,生きようと思いなおせるような
おにぎりをむすぶには,自分を抑えることや鼓舞することが
隠れていたのだと思うと,わたしも少しだけがんばらなくちゃと
思います。

でも,今日もどうやっても頭痛がするのでここまででおしまいです。
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by KATEK | 2008-07-06 21:26
わたしって,本に囲まれているてことだけで,かなりいい気分になって
しまう単純な人だって,また納得。

朝は,こんなにブルーじゃ動けないと思ったり,先行きの不安で
少しパニクリそうになったけれど,エイッと図書館のボランティアに
いってみたのだ。

もうずいぶん行っていなかったから,だいじょうぶかしらんなんて
思ったりしていたけれど,始めたら本を整理したり元のところに戻したり
なんてことが楽しくて,あっという間に2時間たってしまった。

何度行っても,初めて見つける本があって,そういう出会いがたまらない。

おまけに新しく配属された図書館長と話しまでしてしまって,
ちょっと意気投合ってところ。
うれしいなぁ。

朝のブルーな気分とからだの不調はなんだったのって思ってしまう。
やっぱり,働くのは気分がいい。
からだを動かして,人と話して。

長い期間仕事を休んでいる人は,怠け癖がついていることもあるから,
少し厳しく迫ったほうがいいなんて書いてある本もあるけれど,
仕事をしたくなくて休んでいる人ばかりじゃないってこと,
わかっているのかなぁ。

それはきつすぎる仕事は休みたくなるのは当然で,それをあえて
がんばってやるほうが,からだに逆らっていることになる。
ちょっときつくても,自分にとってやりがいがあれば,どんなことだって
やっていたほうがいい。
と,思う。

わたしだって,仕事に戻りたいんだ。

でも,ともかくからだを慣らすこと。
それにはまずこのボランティアも再開しよう。

今日はそういうことで図書館に行って,りんさんとpianocraftさんの
ブログからいただいた情報のもと,
『闇の子供たち』『お目覚めピアノでワッハッハ!』を借りてきた。
2冊は傾向としては全く反対の本だけれど,読んでみたい。

雷が鳴ってきたので,電源を切ることにします。
それでは,また。
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by KATEK | 2008-07-04 19:57