日常って、微妙な差異こそ大事かなと思います。


by KATEK
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いつも立ち読み。

料理の本を見るのが好き。
本屋に行くと必ずのぞいてくる。
今日も,パラパラと見てきた。

へ~と思ったのが,日記として書かれている料理本。
メニューが写真になっていて,手書きで書かれた文章がついている。

紅茶を飲んでおいしかったとか,なにげないことが書かれているだけ
なのに,なんだか惹かれる。
これは出版社の思う壺だとは思いながら,めくっていた。
(もちろん買わなかった。けっこうなお値段だったし。)
わたしもそういう日記,書けたらいいな。

胃の大きさが変わってきたのか,食べられるものの量が極端に少ない。
朝は果物だけだし,昼間もパンひとつくらい。
夜だってそんなに食べないから,食べたいと思うものを目の前にしても,
あぁ,もっと食べられたらいいなぁと,少しばかり寂しくなる。
世の中,食べたいものはたくさんあるのに・・・
でも,これが普通なのかな。
日野原さんは,もうお歳のせいもあるけれど,クッキー2枚って食事も
あるそうだ。
そうなると,なるべくおいしいもの(安心で素直な)を食べたい。

ここのところ,キューバの農業に興味がある。
農村部ではなく,都市のど真ん中にたくさんの農地を作り出し,
それも有機農業をしながら,輸入に頼らず食べていけるようにした,
ということがすばらしい。

ソ連からの輸入に頼っていたキューバは,ソ連崩壊によって,
経済はめちゃめちゃになった。
食べ物が足りない。
そこで,この都市農業に踏み切ったのだ。
やればできる!ってことのお手本。

そんなこともあって,図書館からプランターでの野菜作りの本を
借りてきた。
また飽きっぽい私のことだから,どうなるかはわからないけれど,
わたしの元気度を試すにはいいかもと思う。

キューバじゃ缶詰のかんを鉢の代わりにしたというくらい徹底して,
どんなところにでも野菜を作った。
その前向きなところをまねしたいと思ったりもする。
さてどうなるか・・・
まぁ,本を読むくらいはできるだろう。

それでは,これから一休み。
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by KATEK | 2008-06-30 19:51
なんだかくしゃくしゃに疲れて時が過ぎていった。
からだと気持ちがくしゃくしゃ。
でもいっぽうで,素敵な人との出会い,お芝居との出会い。
いろんな感情がもつれにもつれ・・・

愚痴になるけれど,夕べなんて首が痛くて寝てられなくて
起きちゃった。
薬の副作用かななんてびくついて・・・

ひとつだけあげておこう。
今日の収穫。

『蟹工船』がブームになっていることは前に書いたとおり。
どんな読まれ方をしているのか知りたくて,
『私たちはいかに「蟹工船」を読んだか』
  (小林多喜二「蟹工船」エッセーコンテスト入賞作品集)
発行:白樺文学館多喜二ライブラリー 発売:遊行社
を読むことにした。

参った。
今の,現実の世界ときっちり向き合いながら,蟹工船を読んでいる。

大賞をとった山口さなえさんの文章は重い。

団塊の世代に向かって,「あなたが読んだ「蟹工船」にはそんなことは
書かれていない,と。」とはじまる。

>私たちは現状への虚無感を抱えて,彼らのようには立ち上がれないと
>思っている。この行き場のない感覚をどうしたらよいのだろうか。

>私は1992年生まれ。

自分を囲む状況,就職難の中で生きる仲間のことを書く。

>私は絶望感で打ちのめされそうになりそうだが,心を奮い立たせて
>あえて言いたい―「本当に絶望だけで終わるのだろうか」と。

>もし小林多喜二が今を生きるとしたら,私たちが働いている職場に
>やってきて「ガンバレ」なんて励まさずに朝まで話を聞いてくれた後,
>「蟹工船」の最後を締めくくった言葉のように,やはり「彼らはたちあがった
>―もう一度!」と書き付けるのではないか。

>その一縷の想像力が無くては今の私には読めない小説なのだった。

なにかつながりを求めている人たちが,きっとどこかにたくさんいること。
そこを感じていけたら,と私は思う。
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by KATEK | 2008-06-29 21:49
おかしい。
今日のクローズアップ現代。
ヒマラヤの氷河がどんどん溶けていっている,というテーマなの
だが,嘘はいわないもの,本当のこともいっていないとしか
思えない。

藤田耕史さん(名古屋大学の研究者)のこともとりあげていた。
部分的にしか藤田さんの話を出していないので,たぶん藤田さんの
いいたいこととは反対の方向に結論が向かっている。

藤田さんは,
「たしかにヒマラヤの氷河は溶け方が激しいが,ここ30年の温暖化で
氷河湖が拡大したとはいえない。それはすでに1960年代に
始まっていることで,氷河湖の拡大と温暖化の関係は直接つながるか
どうかはわからない。むしろ,温暖化しなくても氷河湖は拡大したのでは
ないかと考えている。」
という内容のことを,7月号の『論座』に書いている。

洞爺湖サミットにむけておおがかりな嘘が展開していると考えるのは,
へそまがり?
もちろん,大量消費の社会のあり方はおかしいと思っているし,
石油をどんどん使うこともやめていくことには賛成。
でも,二酸化炭素の排出量の削減ばかり強調するのは変な話で,
それならもっと森林保護にのりださなくちゃならないはずだし,
原発でつくった電力だって使わない方向にむかっていけるはず。
おかしい・・・

話し変わって,自習監督にいったときのこと。

子ども達の発言。
初めていくクラス。
わたしが教室に入ったら,まず真っ先にいわれたのが,
「魔女みたいなかっこうだね。」
少したって,男の子が
「 千と千尋の神隠し にでてきた,優しいほうの魔女ににてる!」
という。

なぜわたしが魔女?あんなおばあさんじゃないぞ・・・

それから
「先生,タレントの誰かににているっていわれない?」
「トトロだ,そうじゃなくてムーミンだ。」
といたいことを言っている。

つぎに
「何の先生?」
「何年生教えてるの?」
「ピアスしないの?」
「初めて先生のこと見たよ。」
「先生,ひざ掛け着てるみたい。」

数学のプリントが自習課題だったので,
「先生,ここわからないよ。ちょっと来て。」
わたしが
「数学で0点とったことがあるから,わからないよ。」
というと,
「だめだよ。もっと勉強してこなきゃ。」

まさにいいたい放題。
でも,こう素直にいいたいことがいえる子ども達を見ていると,
いいなぁと思ってしまう。

大きな声で友だちどおしが話し始めるので,
「静かな声で話そうよ。」といって,わたしがトーンダウンのしぐさをしたら,
それをまねして喜んでいる女の子。
いいのか,悪いのか・・・

クラス全員に声をかけようと思ってみてまわっていると,ちょっと
孤立している子も見えてくる。
声をかけてもいぶかしげな顔。
これが一般的なのかなぁと思ったり。

進学校の子どもたちのほうがよそよそしいという。
だからといって,どちらがより生き難い社会にいるかといったら,
なんともいえない。
でも,わたしの今の現場はここなのだ。
ここでできることを,近い将来やれたらいい。
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by KATEK | 2008-06-23 20:26

自分の命を守る

梅雨らしい日。
雨が降ると外の出るのがおっくうになてしまう。
自分のためなのに,野口体操お休みしてしまった。
からだを動かすのが気持ちいいと感じる最低限の条件は,
頭が痛くないことと胃の調子がまぁまぁいいこと。
どちらもOKの日って少ないから・・・
と,逃げ口上。

偶然,民放で製作したドキュメンタリーの再放送を見た。
海上保安庁の潜水士になるための訓練をおったもの。

自分の命を守れないものは,他人の命を守れない。
だから,安全管理には細心の注意を払うし,訓練も怠らない。

そういうナレーションがたびたびはいる。

自分の命を守ることを徹底的にからだにたたきこむことが,
大事だということはズシンとくる。
なにがあってもパニックにならないのが,一番大事ということも。

落ち着いて,呼吸して,考えてというプロセスを身につけることは,
日常生活でも生きてくるはず。

呼吸するのがうまくいかないと,なかば諦めて弱気になってしまいがちな
自分をもう少し励ましていけてらいいなと感じた。
落ち着こう。
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by KATEK | 2008-06-22 18:28

かっこよさのちがい。

突然ながら,キムタクのドラマ「CHANGE」について。
初回に見たときに,なんとも現実離れしている話についていけない
と思って,数回は見なかった。
けれど,その現実離れのしかたがおもしろくてまた見始めている。

この前の回。
修正予算案を閣議に通すというところで,首相であるキムタクは,
これに了承してほしいと官房長官からいわれる。
小児科医の不足を聞いて突然そこに予算を回したいと考える首相。
官僚に手伝ってもらって,あらたな修正予算案をつくり閣議に。
ここで,各大臣が反対しようとしたら,首相は罷免の権限を使って,
この修正案を通してしまう。
話は続くわけだけれど,そしてこれって見た目かっこいいけれど,
民主主義の手続きを踏まない首相の強権発動といってもいい。
やりかたは,小泉元首相と似てはいないか?

その前の回は,日米構造協議で日本がアメリカの提示案に反対する
というテーマ。
首相はお飾りでしかないときいていたアメリカの代表が,直談判しに
きたところ,首相は「お互い意見が違うからこそ,話し合いが大事で,
時間をかけて納得するまで話し合いましょう」という。
これもかっこいい。
でも,さっきの強権発動とはまったく食い違っている。

いつも話はとんとん拍子で,話し合いをしている場面はない。

話し合いの場面なんて,視聴者は期待していないし,まどろっこしい
場面は見たくないというのが本音だろう。

映画『スミス都へ行く』も,設定ほとんど同じ。
田舎の気のいい青年スミス(少年野球のコーチで,その点では有名)が,
突然代議士になる。
もちろんお飾りとして自由に操ってやろうという魂胆をもっている
黒幕が仕掛け人。
けれど,スミスはリンカーンのことばを理想としているかたぶつだった。
不正が行われようとしている現実を知らされ,これに立ち向かうために,
不眠不休で議会での発言を続けるというシーンがみどころ。
発言をしている間に,不正を暴いてくれるよう,仲間の行動を信じて。
この間,スミスを馬鹿にしていた記者たちが態度をかえていったり,
いろんなことが起きる。

この映画では,その演説の部分がかっこいい。

どこにかっこよさをもっていくかで,製作者の意図がでてくる。

キムタクの総理大臣は,いろんな話をする材料としてはおもしろい。
でも,(映画『HERO』もそうだったけれど)権力に対する批判を
どこかで摩り替えているところにには注意がいりそうだ。

なんだかつまらないこと書いたかなぁ。

水曜日から身も心も完全にダウンしていたわたし。
とりあえずは,こんな話から再開。
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by KATEK | 2008-06-21 21:15
自分がイライラしていることに気づくって,あんがい難しい。
我ながらおかしくなってしまうが,20年近くの時間をかけて,
やっとイライラというものがどんなものかがわかりかけてきた。

それはまだ20代の頃。
会議が和気あいあいと進んでいたり,笑い声がでたりすると,
そのたびにイラついていたわたしがいた。

笑っている時間があるなら,さっさとはなしをすすめてよ・・・
わたしは仕事がいっぱい残っているんだから,くだらないこと
話していないでよ・・・
という具合。

今思えば,それはとばっちりというもので,むしろ会議が談笑のうちに
進んでいくというのは好ましいことなんだと感じられる。
おかしかったのは,わたしのほうだった。

でも,その時,わたしは自分が変になりかけているとは,まったく
思ってもみなかったのだ。

ただ,わたしがあの時あんなに疲れていなければ,あんなに一人で
仕事を抱えこまなければ,たぶん会議でいっしょに笑っていられただろう。
そこまで追い込んでしまった原因は,私自身の中にもっただろうし,
まわりの人たち,環境にもあったのだと思う。

「OOさん,すごい」
「OOさんみたいに,わたしはできないよ。」
といわれ,わたしは半分うれしく,この仕事はわたしがやらなければ,
と思っていた。
半分は,「無責任すぎ!仕事を押し付けてばかりいないでよ」と思っていた。

疲れているんだってサインを出せばよかったのにだせなかった。
まわりもわたしの状況(仕事にがんじがらめのわたし)を気づこうとしなかった。

今なら,自分で疲れているなとも感じられるようになってきたし,
そういう状態だって,話すこともできる。
たぶん。

でもあの頃は,疲れているとも感じなかったし,自分のことをちっとも
わかっていなかったんだ・・・

初めて病院に行ったとき。
「イライラしていますね」
と主治医に言われたのに,その時はなんのことを言われているのかすら,
見当がつかなかった。

こんなことを思ったのは,あの秋葉原の事件について,
なんだかわかるなと感じたから。

今日の東京新聞に,ケータイに書き込んだ文章が2月から当日までの
分,掲載されていた。
読んでみた。
悲しくなる文だった。

4ヶ月もこんなことばかり感じていた・考えていたのかって。
数年前から同じ気持ちが続いてのだとしたら,もっときつい。

彼はこんなことを書いていた。
「ギリギリいっぱいだから,ちょっとしたことが引き金になるんだろ」
「いつも悪いのは俺」

ギリギリいっぱいになるまでに,誰かが何かできなかったのだろうか,
と思う。
誰かが受け止めてくれなかったのかと思う。
もしかしたら,受け止めようとしていた人もいるかも知れない。
でも,それにさえ気づけないこともある。

彼が悪くないなんてことをいっているのじゃない。
でも,甘ったれるなということばには,解決の道はないのでは?
そう感じてしまうのだ。

わたしが教えていた子が,今教育実習にきている。
彼女の授業を見せてもらってあとで話をした。
(教科はわたしの専門ではないけれど)

彼女はこういっていた。
「わたしは,実習させてもらっているのだから,迷惑はかけられない。
生徒に気持ちをぶつけたりできない。何かあったら,担当の先生に
迷惑がかかってしまうから。大学でも,迷惑をかけないようにって
指導されてきた。」

彼女の個性が消えた授業。
伝えたい事がない授業。
たとえ言いたいことや感じたことがあっても,いわないでいる。
「先生にはいろんな人がいる。みんなに合わせると何もできない。
でもどの先生にもあわせなくちゃならない。」

元気で生き生きしていた生徒の頃のこと,自分で思い出して!
そういってもだめだった。
「あの頃とは違う。」

なんだか疲れていて,先生というのは大変だとこぼしていた。

悲しくなっちゃう。
そうじゃないいんだよ。

「愚痴なら聞けるから,話したいことがあったらおいで。」といって
話をやめた。

秋葉原の事件は,いろんなところにつながっている。
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by KATEK | 2008-06-17 16:28
ドラム式の洗濯機を買ってから,わたしは大いに楽をしている。
相方様が,平日にでも洗濯をひきうけてやってくれるので。

わたしがあんまり調子がよくないとか,そんな条件もあったりするけれど,
相方様は,なんといってもクルクルまわるものを見ているのが好き。
見るというよりも,観察といったほうが正確かも。

いろんな洗濯物をいろんな量で洗い試してみて,どんな風に洗濯物が
回転しているのか,または機械の調子を見るのである。
ドラム式の洗濯機は,動力を伝えるためのなんとかがすごいらしく,
その性能を感じるのもいいらしい。

(わたしには,何とかとしか言いようがないことが多く,でも話だけは,
うん・うんと聞いている)

相方様,くしゃみをしているぞ。
毎晩のことだけれど・・・

食洗器の導入もまた同じ効果をだしている。
我が家の,いやわたしにとっての2種の神器。
これこそイノベーション。
でも,洗剤のことなんか気にはかかる。
それでも,今は助かるほうがいい。

ところで,このところ,毎日続けるということ,
ちょっとづつ積み重ねていくことがどんなに大事かってことが,
よくわかる,,または気になるようになってきた。
そういう話が耳に残るのである。

つまらないことでも,立派なことでも,毎日続けることの価値は
同じかもしれない。

料理を作り続けることも,デッサンをひとつ書き続けることも,
日記をつけ続けることも,からだを動かすことも。
ぬかどこをかき回し続けることなんか,すごいと思う。
植物に水をやり続けることも。

だから子育てや,農業や酪農や,そういったこともすばらしい。

続けるためには,やりすぎないことも肝心だということが,
最近やっとわかりつつある。

腹式呼吸のように,長く細く息を吐き続けるには,あんがい
微妙なコントロールが必要だ。
気持ちよく,楽であって,でもちょっと注意しないとできない。

話し変わって,
アメリカでは労働は苦痛であって,賃金は苦痛の対価として
受け取るものという感覚が強いという。
アルバイトということばは,苦痛を伴う労働をさすことば。

でも,苦痛ばっかりで労働を続けられるかといったら,それは無理。
単純作業でも,いっしょに働くというプラスの感情がはたらけば,
それは受け入れられるものになるだろう。

人間には,どこかでいっしょにという感覚をもっていないと,
生きていてつらくなることが多いのではないかと思う。

わたしの今までの「つらさがわからなかったつらさ」みたいなものとか,
ちっちゃくてもわたしがやってきたことが,なんらかの人の役にたつ
場面というのはどういうところだろう・・・なんてふと考えた。

生き方を変えてみるのもいいかも,なんて。
わたしのできることって,あんがいあるかもしれないと思いこんで見て
探してみたりするのも,いいかも。

つらいのが当たり前の感覚をどっかで放り出して。
閉塞感というのが,どこでふっきれるか探してみたりして。

思いついたまま書いちゃった。
失礼しました。
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by KATEK | 2008-06-16 21:41
NHKのETV特集でみたアンジェイ・ワイダの今まで。
彼の映画作品と取り巻く政治状況。
映画のなかでせりふとしては語られなかった,しかし沈黙と映像だけで
語られた多くのメッセージ。
ワイダの作品はほとんど見てきてはいたものの,なんと無知だったことか。
背伸びしてみてきたというだけだったようだ。
ショックが大きい。
『カチン』という映画,みられるだろうか。

今,詳しく書くには疲れすぎている。
いつか書けたら・・・
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by KATEK | 2008-06-15 23:55
さわやかなお昼間の風。
ボサノバ演奏中。(もちろんCD)
夕べも聞いたけど。

昨日相方が,鉢植えの花を買ってくれた。
近くのDIYのお店にバスに揺られてでかけて。

ピンク色とうすいクリーム色のハイビスカス。
相方が選んでくれた。
彼はハイビスカスもフヨウもアオイも区別できないんだけれど,
でもわたしが夏になるとほしがる花ということで,たぶん識別している。

もうひとつは朝顔。
これも夏に私がほしがる花。
青系の鉢植え2つ。

以前,といってもずーっと昔,はじめて朝顔市に連れて行ってくれたとき,
わたしは青い色の朝顔を欲しがって,出店のおねえちゃんに,
「青いのありませんか?」と聞いたのだ。

そうしたら「そんなのないよ。おとといきやがれ。」
といわれて,わたしはタジタジと,いやショックを受けてしまって・・・
それから朝顔市には行かずじまいだった。
いまだったら,べつにショックを受けたりはしないんだけれど,
なにしろ若い20代のころの話だから。

そんなこともあって,今年は青い朝顔の苗を探してくれたのだろう。

さっき,ハイビスカスと朝顔の植え替えを二人でした。
おもな作業は相方まかせだったけれど。

ベランダには増え放題に増えている,まさに増殖中といったアロエの鉢が,
いっぱい。
ゼラニュームも,多肥植物のはずなのに,やせた土でせいいっぱい
花を咲かせてくれている。
多肉植物もがんばっているし,シロシキブも越冬してくれた。
名前のわからない草花が何種類か,放っておいたのに元気。
ユーカリもあおむしにやられるほど元気だ。

たったひとつ,パキラだけが息を吹き返していない。
わたしの元気と引きかえのよう。
植物って,そういうことがあるんだと,どこかできいた。
その木を買ってきた人が病気になっているあいだ,がんばって生きていて
くれて,人間のほうが元気になると,役目を終えたかのように枯れる,
そんな話。

パキラくん,
2年も黙って芽を出さない年もあった。
でも,去年まで生きていてくれた。
わたしが職場で自分の場所を作ろうと思って,小さいのを買ってきた。
もう十数年前の話。
机の上においていたパキラくん。
休職している間も,ひとりで生きていてくれたこともあった。
1メートル以上に大きくなって,家に持ち帰ってきてから,ずっといっしょ。

明日にでも,新しい土を買ってきてもう一度植え替えてみよう。
いっしょがいいよ。
育つのは。

ということで,今日はまだお昼早いうちに,一休み。でした。
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by KATEK | 2008-06-15 14:05
よくCMで,朝起きたときに気持ちよさそうに背伸びする人がでてくる。
あんな風になるのかなぁなんてずっと思っていた。
ところが,なんとまぁ,
今朝は背伸びどころかモモ上げまでしてしまうくらいの爽快感!
こんなここちよさあるもんなんだ,とちょっと感激。
テレビは嘘じゃなかった。

夕べは本も読まず,テレビも見ずに
(いつもだったら,無理してみてしまうところ,がまんして・・・
無理するのをがまんするということ自体変なんだけど。)
まな板の鯉のごとく,寝てしまった。
その結果,この朝!なのだ。

やればできる!

(東北で起こった地震は,また大きな被害をだしているようだ。
単純にいい気持ちの朝,とはいえないんだけど・・・)

夕方はお気に入りの農家の野菜直売のテントで,枝豆を買ってきた。
ここの枝豆がおいしいのなんのって。
夏は週末になると,買いに出ることにしている。
あとおいしいのがとうもろこしで,おばちゃんにいつ頃できるか聞いたら,
今度の月曜とか。
もう秒読みだ。
ということは,来週はとうもろこしもいただける!

そうそう,今朝から胃の不快感がない。
食欲が戻ってきた。
ナイスタイミングなのだった。

土日は元気が出やすいのは確か。
この調子が続くとは信じないほうがいいけれど,でも希望にはつながる。

ずいぶん前から,食に関しての毒性を書いてきた増尾清さん。
『長生きする人のカンタン食生活』(角川ONEテーマ新書)に,
こんなことを書いている。

>私は最も花ひらく人生の時期は,70歳代だと考えています。
>定年までのあいだは,次のステップのための準備期間と位置づけ,
>いよいよ人生における飛躍の時期だと考えるべきです。
>しかし,そのための第一条件は,なにをおいても健康でなくては
>なりません。

増尾さんは120歳まで生きるとはりきっている。

こんな風に考えたら,わたしなんかまだまだひよっこ。
これからが人生さ,くらいに考えてもいいわけだ。
と思ったら,気分も軽くなってきた。
わたしってそうとう単純。
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by KATEK | 2008-06-14 20:45