日常って、微妙な差異こそ大事かなと思います。


by KATEK
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散歩はゆっくりがいい。

この頃,少し背を伸ばしてさっさと歩けるようになってきたら,
花や草の変化になかなか気づかなくなってしまった様子。
なにやら考え事をしていて,ぼーっと歩いているから,よくみてきた
木の横だっていつの間にか通り過ぎてしまう。

健康・リハビリを中心に考えていると,散歩の味わいが減ってしまう,
そういうものかしらん。
それじゃちょっと悲しいから,ゆっくりを心がけることも忘れないように
しておこう。

だいたい6時間。
これが今のわたしの動き回れる時間らしい。
その間は横にならなくとも割りと元気になにごとかをしていられる。
この6時間を過ぎると,ピコピコと「横になりたいタイマー」が
なり始めるのだ。

でも,ちょっと休んだら復活。
夕飯も手作りでばっちり。

(横道にそれるけれど,今日のご飯は厚揚げとシメジをいれて
しょうゆで味付けたいたもの。
テレビで見てやってみようと思って。
紹介されていたレシピでは厚揚げと油揚げだけ。
味もしょうゆだけでいいといっていたけれど,だしをいれちゃったし,
シメジもいれちゃった。
味見はこれから・・・)

とりあえずの目標は
・毎日
・12時間は横にならないで,何かをする
かな。

かなり高い目標だけれど,がんばろうと思う。

がんばるってあんがい大事かな,と最近は思い始めているのだ。
鎌田實さんのことばにそくしていえば,「あきらめない」がんばり。
ちょっとの背伸び。
がんばらないことが大事だってことは,この1年でよくわかった。
今はきっと次の階段を上がるときなんだろうと,感じる。
がんばるときと,休む時のめりはりをつけること。

話題変わって。
森山開次 という人のことが気にかかるようになった。
「みんなであそぼ」(だったかな)という子供向け番組に,
踊ることで表現するというコーナーがあって,そこで初めて彼の
ダンスを知ったのだった。
最近この人が,今注目のダンサーであることや彼のストイックな
(でもかたくはない)感じ方をする人なんだと知ってなおさら
興味がわいてきた。

で,彼が映画に出ていることを発見。
さっそく『茶の味』を見る。
うーん。
なかなか表現しにくい映画だ。
何がいいたいの?と考えるより,感じておもしろがったほうがいいのかも
なんて思った。

見たい映画や読みたい本や,やりたいことがいっぱい。
これって幸せみたいだ。
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by KATEK | 2008-02-28 18:35
今頃になって気づいたこと。

クスノキは冬に葉っぱを落とさないってこと。
春も夏も秋も,ずっときれいな赤い色の葉っぱが落ち続けていた
ことは,わたしにとっての楽しみの一つだった。
何かが足りないと思ってた。
落ち葉が今はなくなって,クスノキが常緑の木になってしまったこと。
こんな違いでも,気持ちに大きく作用するらしい。

気づくまでにずいぶんと時間がかかった。

今日は懸案の医療費控除のための,領収書の整理をした。
もう数年やっていなくって,せめて今年度の分だけでもと思い,
やっと手が出せた。

領収書を順番に番号をつけて整理してから,
番号にそった金額と内訳,旅費を計算。
エクセルでやれば簡単なんだろうけれど,わたしにはちょっと無理。
だから手書きの作業。

でも,手書きっていいな。
文字を書くと,なんだかうれしくなってくる。
パソコンのキーを打つのとは大違い。
字はその日の体調や感じ方を如実に表すから,文字に向かうと
自分の気持ちも整理されるみたい。

すぐに疲れて横にになりたくなるのも,字を書いている間は
そんなことは全然ないから不思議。

料理もそうだけれど,手を動かすのは気持ちがいいものなのだ,
きっと。

あっ,それから,
pianocraftさんが前にブログで紹介されていた『ロッカショ』という
本をやっと見ることができた。
図書館から用意ができたとの連絡が入ったのだ。

プルトニウム再処理工場で一日に出る放射線量は,
ふつうの原発の一年分だという事実に,黙っていられなくなった
坂本龍一さんの文章で始まる。
明日はこれを読もうかしらん。

もうすぐ三月。
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by KATEK | 2008-02-27 20:58
相方,出張中。
にもかかわらず,昨日も今日も炊事をしてしまった。
だしをきちんととったお味噌汁のほか,野菜たっぷりの夕飯。
なんて偉いんでしょ。
(ちっとも偉くなんかない!?)

でも,「おいしい」という感覚を大事にできるのは,すごいことなんだ!
と思うのね。

昨日見ていた番組で,若者の貧困をテーマに,憎しみにがんじがらめに
されてしまっている少年の話を聞いた。
彼は,里子に出されてから,ある日突然寝るところも,食べるものも
すべてをなくしてしまう。
それから,だんだん心がすさんでいった。
今も人を信じられないらしい。

彼が言ったことばで,とっても頭に残ったもの。
「きれいな花が咲いていたりすると,なぜ勝手にきれいに咲いてんだよ。
って感じになって,腹が立ってくる」

きれいに咲く花を見て怒りがこみ上げるという事実があることは,
記憶に残しておきたい。
花にまで嫉妬するってことなんだから・・・
この怒りをどうやって解いていけるのか,考えたいし。

ゲストの人は,僕も同じような感じのときを過ごしたといい,
こう付け加えた。
「おしいものをおいしいと感じることや,きれいなものを見てきれいと
思えるようになってきたら,もう先が開けてきているってこと
なんじゃないかな」
このことばも,ずっしりきた。
そうなんだ・・・

それにしても,怒りを抑えられない少年は,怒りは抑えなくてはならない
ものと思い込んでしまっている。
これはきつい。
自分の感情を否定することなのだから。
怒りの矛先を変えていくトレーニングができる環境を整備していくのは
大人の責任なのに。



ところで,今,どつぼにはまっている。
実は「あな」。
「バケツのあな」という連弾のピアノ曲。
もちろんちいちゃな子でも簡単に弾ける程度。

それなのに,ここで1ヶ月つまずいていて,あなからでられない。
よくもまぁ「バケツのあな」といったもんだ。

ミドソ ラドソ ラドソ ラドレ
ミドソ ラドソ ラドシ ドー

なんてメロディで始まるんだけど,指の運びを間違えてばかりで,
(もちろん右も左も指使いは同じ程度。低レベル)
連弾してもらうと,間違いがほとんどになってきて,めちゃくちゃ。

先生は,
「これだけはっきり間違えるってことは,ここがまさに弱点だって
ことがわかるってことだから,よかったねぇ。」
といってくれる。
間違いに付き合ってもらって,なんとありがたい言葉。

「あぁ,ここは苦手だ」と思えば思うほど,あなは深くなる。
先生いわく
「わかりやすい弾き方だよね。自信のないところの音は消えそうな
小さな音になってるよ。」
わたしは
「ピアノは心を映す鏡だね。」と応えた。

レッスンのなかで学ぶことはそれだけではない。
どこでやめるかが,なかなか考えさせられる。

わたしだったら,勉強の途中でわからないからといってやめることは
許せない気持ちになってしまい,疲れるのをお構いなく続けてしまう。

でも,ピアノは「今日はここまで」と,できなくても区切りをつける。
この区切り方がなぜだか,いい感じなのだ。
なぜいい感じなのか,どういい感じなのかをことばにできたら,
授業にも応用できそうなんだけどなぁ。

ともかくいろんな面で学びの多いピアノレッスンなのだ。
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by KATEK | 2008-02-26 19:15
すごい風。
昨日は春一番だったそうだけど,視界は土ぼこりだらけで,
外に出る気にもならずだった。
こういう春一番は,ありがたさがちょっと薄れる。
ゴーっていう風の音は,こわいくらいだもの。
今日もあいかわらずだ。

ところで,
先週は1週間よく動いたものだ。
われながら感心。

でも,週の後半になっても疲れてる感じをすこし無視して
動いていたから,この2日,思った以上に疲れがたまってしまった。
自己コントロールが必要と実感。

何かの本に,仕事を続けるということは,仕事に穴をあけないというのが
大事な条件だから,そのために仕事の配分を自分なりにすることや,
小休止することができなくては,と書いてあった。

山に登る時は,ほんとによく小休止する。
こんなにとまってばかりいていいにというくらい。
水分をちょっと取り,息を整える。

この感じが日常の生活や仕事にほしい。
すぐ「いい気に」なってやれてしまいそうに思えて,休みをとらない。
これじゃ,また失敗することだってあり。

人が見たらきっとこんなの仕事してるうちに入らない,そう思われるだろう
けれど,それでも仕方ないものね。

残存能力をフルに使うというのが,たとえば心身にハンディのある人に
とって,とっても大事なことだといわれている。

数日前に見たテレビで,知的に遅れがあるとされる人の雇用について
とりあげていた。
ハンディのある人を積極的に雇用している会社は,一人一人に,
さまざまな仕事をやらせてみて,どの仕事だったら効率的にできるか,
きっちり判断して仕事を任せるのだという。
そうすると,健常者といわれる人よりも,がんばって能率を上げたり
するらしい。

効率や速さをものさしにしているところに,全く問題がないかといえば,
もちろん違う。
どんなことをしたって,仕事はできない人だっているし。
でも,本人にとって仕事をしていてうれしいという感覚があるか
どうかというのは,社会の中で生きていくには大きな差になるだろう。

ある日,ユニクロのバーゲンにいったら,突然うしろから大きな声で
「いらっしゃいませ」といわれてびっくりしたことがある。
そんな昔のことじゃない。
こんなに近いところでいわなくたっていいのに,変わった店員だなと
思ってすませていた。

テレビを見てからなるほどと思う。
ユニクロはハンディのある人の雇用率が一番なんだそうだ。
そこに出てきていた店員は,わたしが声をかけられた時と同じように,
買い物に来ていた女性に「いらっしゃいませ」といっていた。
これは,彼らのがんばっている姿なんだ・・・
人に声をかけること,人に何かをしてあげることが喜びにつながって
いると,テレビでは解説していた。

うれしそうに仕事をする人の顔はいい。
その仕事の社会的意味なんてことをとりあえずぬかして。

わたしも,いい顔でずっと仕事ができるなにかをつかみたいものだ。
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by KATEK | 2008-02-24 13:32
夕べのバッハに続けて聞いたのは,オスカーピーターソン。
よく知られている簡単な歌が,こんなにも自由な展開になっていくのか・・・
いつもなら何気なく聞いていてわからなかったところが,ピアノの
レッスンにいっているうちにちょっとづつわかってきたみたい。
すごさがもっとすごいっていうレベルにアップだ。

イージス艦の事件。
勝浦の漁協の人たちの言い分は,とっても筋がとおっている。
きちんとした解明をという声をかき消さないようにしないと,
とは思うがどうなるだろう。

「なだしお」の時は,朝日新聞もけっこう記事を書いていた。
でもその事件さえもう忘れられている。
(たぶん。わたしだってそうだったし。)
もう一度,なだしおの事件のこと見直してみたい。

しかし,わたしも含めて,忘れっぽい世の中だなって,また思った。

9.11の事件のこと,ハリケーンで崩壊したニューオリンズのこと。
実際にこの事件に関係して被害を受けている人たちのこと,
すっかり忘れていたのだ。
田城明 『戦争格差社会アメリカ』(岩波書店)を読むまで。

外のことばっかりに気をとられていると,あるいは気をそらされていると,
国内の見えない人たちのことをすっかり忘れてしまう。
要注意!だな。

今日は疲れ気味なのでここまで。
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by KATEK | 2008-02-21 20:18
Simone Dinnersteinの,「ゴールドベルク変奏曲」がすごい!

今日届いたCD,シモーヌ・ディナーステインというピアニストの
弾くバッハは,色が見えるような感じ。
(ピアノのレッスンで習ったばかりのことだけれど,)バッハの弾き方は
基本としてちゃんとあるのに,この流麗さ。
つぶやくようだったり,流れるようだったり,春の空気を感じさせるような
ものでもあったり。
ともかく優しいのだ。
しかっめつらのバッハじゃない。
跳ねたり,ころがったり,つっかえたりという子どもの動きの豊かさみたいな
ものを感じるのはわたしだけだろうか。
和音の響きもたまらない。
子守唄には最適!
これから何度も聴くことになるだろう。

柳原和子『百万回の永訣』を読み終える。
『ガン患者学』という本を書いた人でもある。
医療過誤の裁判に関わったり,ガン患者の言い分を本にしたり,
そして彼女自身も,もう先がないといわれるまでの末期がん患者
になったとき書いたのが,この本だ。

彼女は全国のなかから有数の医師を選んで,
(ドクターショッピングといわれながらも)ともかく生きるために,
自分に最善と考えられる治療を続けた。

どの医師も,その道の専門家。
だから一人ひとりの医師のなかでの理屈には,破綻がない。
けれど,みんながそれぞれの考えの下で治療しているのだから,
治療方針がぜんぜん違う。
放射線か手術か,最後は自分で選ばなくてはならない。

がん患者でなくなっていった人たちの最後のメッセージは,
よく報道されたりしている。
だいたいが生きることのすばらしさとか命の大切さとか,
そんなことが明るく強調されることが多い。
死を前にした暗さや迷いが感じられないほど,元気で生き生きして
がんばっているのだ。
たとえば絵門さんもそうだった。

でも,柳原さんは迷いに迷って生きている。
迷うだけの知識と人脈とお金があるから,という人もいる。
でも,ある意味特権的なところにいることも,自分自身で前提と
しながら,この本は書かれている。
だから,死を前にするということを,わたしも考えることができるのだ。

最後は苦しまないで死にたい。
でも,尊厳死というのもまだどうとらえていいか,わからないままだ。
ホスピスだって,待機している人の数からいっても受けられるという
保障はないし・・・
老衰の自然死だったらどんなにいいことだろう。

認知症や尊厳死なんてテーマは,ときどきわたしの前に
ぐぐっとせまってきて,今から考えろよ,って声になって
聞えてくる。
葬儀のことや持ち物の処分のこととかも含めて。

でも移り気なわたしは,またすぐに他のテーマにのめりこんで
いくのだろう。
とりあえず,ガンの話は今日でおしまいにしておこう。
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by KATEK | 2008-02-20 21:00

めざせ!3歳。

あんな高いところにネコが・・・
と思ったらハトだった。
なんだかボーっとしているのである。

夕日が,夕方がだんだん春になってきている。
この時期,新芽が出るのを待っているうきうきした気分と,
受験や別れの寂しい感覚がいまだに入り混じっているから
不思議だ。
砂ぼこりとヘルマン・ヘッセが個人的な暦。
この時期になると思い出すもの。

ピアノのレッスンは遅々として進まない。
目標は友人であり,先生でもある彼女の3歳の時のピアノの
レベルにまでいくこと。
簡単なようでなかなかうまくいかないものなのだ。

「バケツの穴」いう連弾用の子どもの歌。
何度弾いても必ずどこかで失敗する。
なんでかなぁと思っているところに,こんなアドバイスをもらった。

「苦手なところなんだから,ゆっくり丁寧に弾いてみるほうがいいよ」
このあまりに当然の,しかし正鵠をいるコメント。
ハハーと頭が下がる感じ。

苦手なところだから,焦ってしまってだんだん弾くテンポがあがって
きてと,不安な時の状態をそのまま表しているわたし。
早く通り過ぎてしまいたい気分や,焦りの気分というのが,
これほど端的にでるんだから,こわいくらいなのだ。

テンポをあげずに,ゆっくりと一音一音正確に弾く。
薬指と人差し指の運指をくりかえして叩き込む。
これが今のわたしの課題。

ほんと,ここがクリアーできなければ,バケツに穴が開いたままってこと。
次が「スイカの名産地」だ。


ところで,全く話し変わってイージス艦のこと。
イージス艦という船は,今までの自衛を目的にした装備から
一段違った戦闘に使うためのもの,とある本で読んだ記憶がある。

このイージス艦が,探知をするための道具が,まさに小さな船を
探知できずに事故を起こしたってこと。
まだ原因の確定はできていないというが,小さな船だから探知
できなかったなどということがありうるのか・・・

国民をけちらして,戦地に赴く様子を想像してしまう。

原発も,アメリカ国内の需要に焦点を合わせて,日本の企業が
アメリカの企業と提携するという。

なんだか物騒な話続きである。

ということで,「である」の詩人の詩でも読んで心を静めようか・・・
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by KATEK | 2008-02-19 20:57
風が強いと,なかなか花の香りが漂わない。
今日も頭の上のほうで,梅の香りがした。
ちょっと背伸びをしたくなる。

フードカッター?ミキサー?なんというのかわからないけれど,
そういう道具を買って約1ヶ月,相方の料理はいちだんと
おいしくなってきている。

デパートでいい肉を安く大量に買ってきては,適当な大きさに切って
使う。ひき肉ももう買わない。全部家で作る。
ここのところの定番は,ミートローフ。
野菜も彩りよくいれてたくさん作っておく。
そのままおかずにしたり,スープに入れたり,パスタに利用したり・・・
サラダの付け合わせにもなる。

プリンもお手製。
マヨネーズも時々作る。

でも,
でもなのだ。
ここが肝心。

わたしの作るものが,どうも薄ぼんやりしてきてしまって,
いまいちに感じられてしまう。

どちらかというと,わたしの作るものは煮たりゆでたりするもの。
ブロッコリーやインゲンや,野菜のゆでかげんには気を使って
いるつもり。
ブロッコリーもほとんど味をつけなくたって,甘くておいしい。
そうすると,調理という方法からどんどん遠ざかって,
ただゆでたり,油や味付けをほとんどしないで焼いたりって
ことになってきてしまう。
どうも見た目と味が質素。

まぁ,お互いのいいところが混じってちょうどなのかもしれないけれど,
このなんとまぁ薄ぼけた夕飯が,これでいいのかとつぶやく。

なるべく旬のものを使いたいと思っているので,昨日は
安売りになっていたカブをスープにした。
とろけるまでゆでる。
もちキビをいれて,もっとどろっとした感じにする。

よく味わえば違う味だけれど,白菜をスープにしても,なんだか
同じような区分の味になってくるし・・・
大きな違いはなかなかでてこない。
まぁ,時間をかけてお上手にやれば違うのだろうけれど。

昔のことはよく覚えていないけれど,実家では単調な味で
毎日を過ごしていたような感じがする。
ほとんどがしょうゆ味の煮物。そしてお味噌汁。
てんぷらはよく食べたけれど,野菜が中心だった。
もともとあんまり代わり映えがしない食事をしていたんだと思う。

途中からレトルト食品や冷蔵・冷凍食品が出てきて,
そういうものを食べ始めると,食がおろそかになる。
わたしは田舎育ちであるがゆえ,かえってちゃんと料理をする
ことを学ばずに大きくなってしまった。

ホウレンソウのおひたしではなく,味の素をいれたしょうゆで
食べるゆでたホウレンソウ。

質素だけれどおいしいく手間のかかる料理を作れたらいいなぁ
と最近は強く思うのだ。

なんだかまとまらない話になってきてしまったけれど,
毎日食べても飽きない質素なおかずを求めて,これから
ちょっとづつ夕飯作り,がんばろう。

ちょっと前までは,ご飯をたくことだって大変だったし,無理して
がんばっていたんだから,そのころに比べたら格段の進歩ではある。
無洗米から,研ぐお米に変えられたし・・・
いつまで続くかはわからないけれど,今の目標は,
ていねいな食事!
ここからがんばろうを始めようと,きーめた。
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by KATEK | 2008-02-18 20:40

わたし,がんばる。

いい感じで疲れちゃった。
というのは・・・

相方の腰の具合が悪くなって,数日なかなか動けない
状態を過ごしてしまった。
朝は立ち上がるまでが大変。
何しろ夜にうまく寝返りが打てなくて,からだがかたまっているから。

ところが,である。
土・日は,わたしは,食べる人。
とくにブランチは絶対に相方まかせというのがが続いてきた。

にもかかわらず,この3日間わたしはかいがいしくも,朝から
いっしょうけんめい働いてしまった。
朝と昼のご飯の用意や洗濯。
冷蔵庫や棚の整理もかねて,家にあるものをつかったメニューで
主婦らしい感じをかもしだし。
おいしいコーヒー豆も手で引いて,朝は相方がおきてくるのを待つ。

実は昨日,ちょいとしたけんかをしてしままった。
相方を不機嫌にさせてしまったといったほうがいい。

夕方になると動けるようになる相方なので,散歩がてら買い物にいって,
帰ってきてからパスタで夕飯という計画だった。
わたしもいっしょにやるはずだったのが,朝のがんばりでぐったり。
手伝うのはほんのちょっとという状態になってしまったあげく,
彼が使おうとしていたものが何点か見つからず・・・

わたしが捨ててしまった缶詰あり,
引き出しの整理をしたのに,ワインを開ける道具が見つからなかったり。
「片づける前のほうがよかった」といわれてしまった・・・

わたしは怒る前にからだから力が抜けてぐったり。
食べるのもやっとという感じで,
「君,食べるの?」と聞かれて焦ってテーブルについた。

食後ちょっと寝ていたら,みかんをもってきてくれて
「腰が痛いから,すぐ不機嫌になっちゃうんだよ」とにこっとひと笑い。
あぁ,助かった・・・

台所の引き出しも,片づけの途中で終わってしまったのが原因で,
でも,こうしたよとは相方に伝えてあったから,使う道具は
前もっていってくれればだせたのに,なんてちょっと「フン」という
気になったのは確か。
でも,おあいこ。
痛いのに作ってくれるんだから。

今週は,もうすこし台所を片づけよう。
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by KATEK | 2008-02-17 18:59
yumi_in_the_ryeさんのブログで教えてもらった
「ラジオ版 学問ノススメ」がととってもおもしろい。

アーサー・ビナードさんと天童荒太さんの話をとりあえず
聞いた。

アーサー・ビナードさんはご存知のとおり詩人。
東京の池袋に住みながら,絵本を訳したり,詩を書いたり,
雑誌にエッセイを連載したりと,活躍中。

とくに印象に残った話は,ビナードさんの暮らし方。

日本語を練習する時にも大いに役立ったという近所の商店街。
ここでは,人とものとが両方実際に目の前に広がっているし,
八百屋さんも,魚屋さんも,雑貨屋さんもすべてがその道の
エキスパートだから,いろんな話ができて細かなことまで教わることが
できるという。

だから,今問題になっている食品の安全性も,八百屋さんから
直接教わったり,話したりすることで,要らない心配をしなくていい
というのだ。

大きなスーパーにどんどん客を取られて,小さな商店は,なかなか
やっていけないのが現実。
でも,スーパーだからこそ,商品の由来がわからず,店員に聞いても
たいした情報は得られない。
安心は,人との直接的な関係,それも長い付き合いが大事。

そう考えるアーサーさんは,買うという行動を,選挙といっしょだと話す。
自分がどんな生活を望むか,それは毎日の行動の選択にある。
商店街を残したいなら,たとえめんどうでもそこで買わなくちゃならない。
そういう責任が消費者にはあるんだ。

アーサーさんの言葉と生活は,なるほどと思うことがいっぱいだ。

詩とは何かという話もおもしろかった。

次は天童荒太さん。
『家族狩り』を読んでファンになってしまった。
『包帯クラブ』もいい。
この映画化された『包帯クラブ』についての話が中心だった。

この社会の中で生きていくのは大変。
心にたくさんの傷をもっている人たち。
『包帯クラブ』では,傷に包帯を巻くというのが話の骨格になっている。

実際の社会では,
子どもが持ってしまう傷を,大人が犠牲になってでも,治していく
ということが語られていた。
(直接話を聞けば,もっときちんと話しているので,聞いてみてください)

アーサー・ビナードさんも天童荒太さんもいっしょうけんめい
暮らしている。
人の話もいいなぁと思った次第。

「学問ノススメ」はここです。
http://www.jfn.co.jp/susume/

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by KATEK | 2008-02-15 18:47