日常って、微妙な差異こそ大事かなと思います。


by KATEK
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壊れた人間。

中国からの輸入食品が問題となっている。
もとは,日本の消費者に合わせて,見栄えのきれいな野菜を
作るため,多量の農薬を使い始めたことを考えると
皮肉な結果だ。

日本でも,公害が騒がれていた時代があった。
農薬の散布も,ひどかった。
小学校では,こんな注意もされていた。
「今日は田んぼに農薬をまく日だから,田んぼの中にはいったり,
近づいちゃだめですよ。」

日本でも通った道。
この経験を生かせないのだろうか。
そのほうが,軍事的なものにお金を使うよりも,断然いいのに。
中国という国を批判をするのではなく,また個人を批判するのではなく,
なにが根本的な問題なのか,追及してほしい。
こんなに強い殺虫剤を使っているとすれば,生産者にもなんらかの
被害がでているはず。

フィリピンのバナナの汚染だって,生産者の中毒はひどかった
というのだから。
生産者どおしの連帯なんて無理なのかな。

まぁ,こんな偉そうなこというのも気が引けるけれど。

DVD『長い散歩』。

緒方拳演ずるおじいさんと,小さな女の子の,長い旅。
おじいさんも少女もドメスティックバイオレンスや家族の問題で,
人間が壊れかかっていた。
人間をとりもどす旅。

少女はまるで「アマラとカマラ」・・・狼に育てられた少女・・・のようだ。
(ただし,今ではこの話,信憑性がないといわれているから,
あまりいい例じゃないけれど)

人間としての尊厳のようなもの,それなくして育てられた子ども,
どうなっていくのか,現実はよくわからない。
(そういえばDVD『ツォツィ』も同じ問題が語られていた。
この映画についてはまたの機会に)

担任をしていた時に,出会ったこども。
入学式の日からおちゃめでお騒がせものだった。
だんだん彼との関係が崩れていった。
父親は息子に「警察につかまらなければ,なにしてもいい」と
教えていた。
事件を起こした彼と,じっくり話そうとしても,かみ合わない。
あの時初めて,こころから憎いという感情がわたしのなかに
生まれた。
どんな生徒だって心から憎んじゃだめだと自身に言い聞かせていた
のも,すっとんだ。
顔も見たくない。
わたしのほうから,彼を避けるようになった。
でも,彼は家族の中では被害者だった。

人間は,
壊れかかった人間は,どうすればよみがえるのだろう・・・
マニュアルはない。
ただいえることは,たぶん,
途方もない時間と,誰かの忍耐がいるであろうこと。
それと偶然の出会い。
適切な時期に,偶然に,パズルをはめるように。

映画の中に出てきた青年の自殺,
これについてはまた書こう。



なに?
クローズアップ現代でグローバル化のなかの教育なんて
やってるぞ。
イギリスのこと,ほんとのこと伝えるかな?
なんだか宣伝のことばではうそっぽいように感じる。
見てみよう。
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by KATEK | 2008-01-31 19:33

ボロボロなおかず

今晩のおかず,
また変なものを作ってしまった。

じゃことセロリ・しいたけ・薄揚げの炒め物。
全部かくぎりにして,しょうゆとみりん,七味唐辛子の味付け。
水分がなくなるまで炒る。

味は変じゃなかったとは思うのだけれど,なにせボロボロと
食べにくい。
もともとふりかけのようにして食べる設定ではあったのだけれど,
それにしても食べにくい。
最近,どうもポロポロ・ボロボロしたものを作りがちなのだ。
なぜかなぁ・・・

中国野菜や冷凍食品の汚染が問題になっているから,
なおのこと,食べるものはせめて素材を買って,家で調理したい。
でも,なかなか変わり映えがしなくなってしまうのが痛いところ。

ただ,前にも書いたとおり,高度成長時代前の日本の食事は,
きわめて質素だったはず。
一汁一菜もというのも粗食にははいらず,主食とあと一品という
場合が少なくなかったらしい。

だから,おいしくて健康的でおかずは何品も作るというのは,
ちょっと限界があるのだ。

でも,相方は夕飯を楽しみに帰って来る。たぶん。
(まぁ,味云々よりも,家で落ち着いて食事するのがいいのだろうけれど)
いろんなものを食べさせてあげたい・・・
あぁ,葛藤!

そういえば,大根のステーキは好評だった。
厚切りの大根を予めチンしておいて,あとからフライパンで
焼き目をつける。
一方で豚肉の薄切りをパリパリするくらいまで炒めて,
これを大根に添えていただく。
豚肉の味付けはしょうゆでも,塩だけでもOK。

ともかく野菜って,ただ焼いたりするだけがいちばんおいしい。
と,わたしは思うのだけれど,
それじゃ相方さんは物足りないだろう。

家事ってほんとうに難しいもんだ。

でも,ここからわたしのリハビリが始まると考えて,
なんとかがんばってみるか。
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by KATEK | 2008-01-30 21:22

職人に敬礼って感じ

ピアノのレッスン。
なかなか先には進まない。
でも,先ってなに?
うん。
わたしの場合は急ぐ必要がないから,先はわたしが決めればいい。
つまり,毎回楽しめればいいわけだ。

「ハノン」というもの,実際の楽譜をはじめて見せてもらった。
これを小学校低学年で終わらせていたのか・・・頭が下がる。

先生の先生は,毎朝「ハノン」を1冊全部弾くのが日課だったとか。
またまたすごい話。

蓄積というのはこうやってできていくんだ・・・
毎日毎日。
同じことの上にさらに何かを付け加えて,ちょっとだけ進む。
まさに,わたしに足りなかったこと。

先生は言う。
「小さい頃はなぜこんなおもしろくもない練習曲ばっかり
やらせるのか,わからなかったれど,いまになって大事だった
ってことがわかるの。急がばまわれってこと。こういう練習があるから
この先に広がっている音楽の楽しみも味わえるようになるの。」

からだが覚えるってことがとっても大事なんだ。
それって野口体操にも言えること。
がんばりが足りんかったかな・・・
これからまだ数十年生きられるとすれば,積み重ねていけること
できるかもしれないなぁ。
なにを積み重ねていけるかなぁ・・・

そうだ。
この前の『家事と家族の日常生活』の続き。

この本で,とくに印象が強い部分はここ。

>「家族的なものから遠ざかりたい」という根強い心性は,
>家族空間を空洞化させてしまった。みんなが「気持ちの上で
>出ていてしまった空間」で,子どもは育つだろうか。物質的に
>満たされたとしても,精神的に満たされない空間とあるように思う。
>忌避されている価値が蔓延する空間の中で過ごすのは辛い。
 

>どれほど家事専従に,向いているようにみえる人にも,備わって
>いる別の能力があり,その能力を磨くことで,人は専業主婦以外の
>ものに必ずなれるし,なるべきだと私は考えている。専業主婦を
>礼賛する声のかげには,人の能力をみくびる思想が横たわっている。
>能力は開花しないように閉じこめておくことはできない。限界を
>設定し能力を閉じこめようとしたら,必ずしっぺ返しをくらう。閉じこめ
>られた精神は人に病をもたらすだろう。あるいは自分や他人への
>暴力として噴出することもあろう。能力は若いときだけに開花する
>ものでもない。

この文章二つ,よじれているようにも読めるけれど,そうじゃないと
思う。生きるうえで大切なものは何か,考えるきっかけや希望を
与えてくれるような気がする。

わたしも,自分自身に錘をつけないで暮らす方法・方向を
考えたい。
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by KATEK | 2008-01-29 19:33

ある発見。

もうずっと昔から好きだったある曲。
イギリスの民謡だとは思っていたけれど,あたまっから
「サニー・ガーデン」というタイトルだと思い込んでいて・・・

ふと立ち寄った中古CDショップ。
おいてあった一枚のCD。
それを偶然みて,「サニー」じゃなくて「サリー・ガーデン」だという
ことがわかった。

歌詞は単語自体簡単そうに聞こえていたので,いつかわかる
なんて,思いながら実はわからないまま今に至ってしまった。

あらためて「サリー・ガーデン」で調べてみたら,とっても
おもしろいブログに行き着き,この曲の詩は,なんと
イェーイツの書いたものだったとわかる。
しかもアイルランド民謡にブリテンが曲をつけたという。
アイルランドの民謡にめがないわたしだから,好きになるのも
当然のことだったのだ。

詩に書かれていた単語がやさしくても,意味がわからなかった
のは当然だ,なんていってしまいたくなる。
だってイェーイツの詩なんだもの。
早いうちにサリーガーデン,聞いてみよう。

ところで,ぼんやりものわたしの発見。
疲れってとれるものだということ。

調子が悪い時,わたしは何が疲れているのかわからなかった。
というか,何をしたら疲れがとれるか,まったく無知だった。

楽しいこと・好きなことをやればいいというのは,第2段階の話。
最初は,からだと心が両方疲れていることを想定し,まずは寝る,
動かないてことが大事だ,
そんな簡単なことがわかったのは去年の暮れのこと。

からだが元気になったら,少しからだを動かすほうが,
積極的な回復につながるけれど,まだあたまや心が疲れている
ときは,がんばってなにかしちゃいけない。
ともかく,気持ちのいい事だけを考えて実行する。
食べたいものがあれば食べればいいし,寝たければ寝てもいい。

半年前くらいから,お風呂にはいることが気持ちのいいことだと,
やっと思い出したくらい,何が気持ちのいいことなのかは,
難しい問題だった。

さて,次。

気持ちいいことがわかってくると,疲れた気分がすこーしづつ
とれてきて,たまになら一晩寝たら疲れがとれることもあるんだと,
やっと思い出す。

でも,もうこの頃になると,疲れること自体を避けようとする癖が
ついてしまって,疲れたらいけないって誤解が始まる。
(これはわたしだけかな?)
だから疲れを恐れて,何かにチャレンジするのが苦手になり・・・
筋肉も衰え,持久力が落ちてくる。

というのが最近のわたし。

そして今日,発見。

疲れたら疲れたでいいじゃないか。
疲れたときに対処すれば。
今持久力がないと嘆かなくってもいいじゃないか。
これからちょっとづつ,負荷を増やしていけば。
大変だったら,寝たっていいじゃないか。
昼間から寝ることを悪いものだと決め付けなくてもいい。
何もしないで寝ているより,ちょっと動いて寝るほうが
いいに決まっている。

疲れを恐れるな。
寝て休むことを悪く思うな。

なんとも簡単なことを,ずいぶん遠まわしに,
今頃わかったなんて,まったくおかしい話。
でも,よかった。

疲れを恐れているわたしを発見したのだから。

さぁ,これからどうなるだろう。
また試行錯誤の始まりだ。
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by KATEK | 2008-01-28 17:35

大阪が大変。

うわー。
驚き。

今ニュースで,大阪の府知事選で,橋本徹が当選といっています。

彼を支持した団体の力か・・・

大阪の方々,東京の方々に引き続き,災難が・・・

世の中どうなっているのでしょう???
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by KATEK | 2008-01-27 20:58
紅梅のほうが少し早めに,でも白梅も咲き始めた。
まだ香るほど花開いているわけじゃないけれど,たしかな
季節の変化。
近づいて香りを楽しみたいもの。
でも,とどかないんだよなぁ・・・


ここのところ,ブログの更新をしないでいた。
からだと気持ちがパソコンにむかわなかったから。
その感じに忠実におやすみ。

このブログを訪れてくれる人もかなり少なくなって,ひとりよがりな
内容になってきたかなぁ,なんてことも思いつつ。

でも,とりあえず続けようとは思う。


品田知美 『家事と家族の日常生活』 (学文社)を読んだ。
副題は「主婦はなぜ暇にならなかったのか」というもの。

高度経済成長の時代に,三種の神器といわれる家電の普及に
よって,家事仕事は楽になった,と簡単に信じられてきたように
思う。

わたし自身,家事はかなりの手抜きだから,普通の主婦をやって
いる人から比べたら,楽に決まっている。
でも,調子がよければ4・5時間は家事仕事に関わる何かに
向かっているから,主婦という人たちは,どんなに大変なことかと
いつも尊敬の眼でみてしまう。

だから,主婦は「楽している」とは,わたし自身は決して思わない。
ただ,ある種のストレスからは自由だと思うけれど。

ただ昔は大変だった,そういう思いこみは確かにあった。
だから,この本はとっても新鮮に読めた。

洗濯の回数,食事のありかた,家族のありかた,清潔感の違い,
こんなものがファクターになっていたとは。

たとえば,テーブルで食事をするようになる前,銘々膳が使われて
いたころは,月に2回しか食器を洗わなかったという記録もあるという。
ちゃぶ台が使われていたころは,ちゃぶ台が小さいのでたいして
食器が置けなかったから,おかずの数も少なかったとか・・・

ヨーロッパの育児と日本の育児の違いも関係している。
ヨーロッパでは子どもが少し大きくなると,家事の手伝いを
どんどんやらせるし,男性もまた参加するそうだ。

そして一番の根本的な違いは,日本は家事・育児を
アンペイドワークととらえるのが,割と簡単に進んだが,
西欧ではそうじゃなかったってこと。

西欧では家事・育児は仕事ではなく,
(西欧では仕事はLabour・・・スペル違う?・・・苦痛の伴うものと
考えられているが,日本では働くということばに,いろんな意味が
付け加わっていて,単なる苦痛としてはとらえられていない)
プライベートなボランテアのようなもの,必要なもの,大事なもの,
という感覚が強いのだという。

(アンペイドワークということば,シャドーワークということばが,
西欧の考えからでてきたっていうのは皮肉?)

家事や育児がもっと大切なものという感覚が,日本の中に
定着してもいいとわたしは思う。
だからこそ,家族の全員が家事に関わり,生活を大切にすると
いう方向にむかったらいい。
もちろんそのために,仕事(賃金労働)がへっていくことが前提。

ワーキングプアーという現象があったり,失業・就職難が問題と
なっている時代に,仕事を減らすというのは勘違いといわれそう。
けれど,それは新自由主義的な政策をのんきに取り入れている
こと自体が問題なのであって,社会は変わっていけるということを
忘れちゃいけないと思う。

それにしても,こういった家事・育児に関する社会学的,
あるいは経済学的研究がもっと進んでほしいというのが実感。
この本に書かれている事を,検証する,比較するためにも,
もっと情報がほしいと思う。

なんて,今日はちょっとかたい話になってしまったかなぁ・・・

ではまた。
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by KATEK | 2008-01-27 20:29

ある詩集

今日の一つの出会い。

いつも行っている図書館に,リサイクル資料として,誰でも
もって帰っていい本が並べられている。
たいていは,古くなって使えないものや,ぼろぼろのもの。

一冊だけ,きれいな背表紙に目がとまった。

  金良植 詩集
   『かささぎの啼く村』 (花神社)

手にとってみれば,まだきれいで,後ろを見たら,たった一人しか
この本を借りた痕跡がない。

この本,わたしを待っていてくれたのかしらん・・・
なんて,あるはずもないけれど,誰も取ってくれなかった
その本が妙にいとおしく,家に持ち帰ってきた。

キムさんは1931年生まれの詩人。女性。
1931年といったら,満州事変の起こった年だ。
戦争を通ってきた人ということになる。

彼女の詩は多様だ。
怒りや怨の気持ちが語られているもの。
何かを願うもの。

この詩集には,「シャガールの絵」と題して3編の詩がのっている。

    詩   Poeme

 リズムに合わせて踊りましょう
 バイオリンを奏でましょう

 あなたの唇が宙に舞い
 半月になって空にかかっています

 古い灰色の村を飛びまわり
 雨が降ったら黒い傘をさしましょう
 あなたもいれてあげましょうか

 豊かな私の乳房をほしがるあなた
 路上のカフェ エッフェル塔の近く
 豚も十字架もイエスさまも
 まったく関係ないもの

 ただ私の詩を吟じてくれる人ならば
 眼が二つでもかまわない
 眼が三つでもかまわない
 顔が逆さまにくっついていてもいいのです
 ただ在るがままでいいのです

 腐って崩れてしまった十字架の前で
 ぜんまいの緩んだ時計塔の前で
 セーヌ川の橋の下 深い水の中に
 じゃぼんととびこんでしまってかまわない
 ただただあなたが好きだから


こんな柔らかいことば。
感じることば。

シャガールの絵は本物を見たことはないけれど,好きでもあり
なんだか不得手でもあったりする。
感情豊かな絵だ。

朝鮮半島で書かれた詩。
闘いの詩ばっかり目に付いてしまっていた。
こんなやさしい詩が,なんだかうれしい。
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by KATEK | 2008-01-23 20:02
今日は大寒だそうだ。
うん。
確かに寒い。
軸が甘くておいしいホウレンソウが食べられるかなぁ。

昨日の続き。
坂東玉三郎。

玉三郎は50歳をとうに越えている。
歌舞伎座に通いだしてから50年だそうだ。
50年間,あっという間だったという。

テレビを見るまで,玉三郎が小さい頃,軽い小児麻痺にかかって
いて,からだが弱かったというのは知らなかった。
からだが弱かったから,日本舞踊を習いだして,それがきっかけで
歌舞伎の世界にはいったらしい。

わたしが元気をもらったのは,玉三郎さんの仕事の仕方。

からだが弱いことが前提で,舞台に立ち続けれれるか,今も
不安があるのだそうだ。
だから,仕事が終わると,どこにも寄らずに家に帰って,
マッサージをしてもらってすぐに寝る。

「明日をきちんとやろう」
いつもそう思っているのだそうだ。
明日より先のことはわからない。
いつぽっきり折れてしまうか・・・
だからこそ,明日きちんと仕事ができるように,今日の自分を大事に,
いたわって,かつがんばっている玉三郎の姿。

わたしも明日を思って生きればいいんだ。
今日したいことも仕事以外は欲張らないで。
捨てる決意。
明日のわたしへの期待。

今日は,久しぶりに頭痛がしながらも元気に過ごした。
いつ元気になるか,いつ動けなくなるか,わたしもよくわからない。
でも,ともかく明日が大事。
明日につなげる今が大事。

いつか玉三郎さんみたいに,いつのまにか50年過ぎてしまった,
といえるように・・・
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by KATEK | 2008-01-21 20:32
寒い日が続いている。
去年は見られなかった霜柱も,今年は何度かみた。
やっと冬だ。

さっきピナバウシュへのインタヴュー番組をやっていた。
(ピナバウシュは舞踏家でもあり演出家でもある。
日本にもたびたび来ているけれど,わたしはまだみたことがない)
途中から見たのだけれど,彼女の一言一言は繊細で,聞き漏らしたくない
そんな気がした。
インタヴュアーは浅田彰。

最後のほうで,浅田さんが「世界中の人たちが1990年代以降は,なにかが
おかしいと不安になっているのにもかかわらず,ピナの舞台はどんどん
明るくなっているのはなぜか」と聞いた。

ピナは最初は悲しげな顔でこういった。
「わたしにはなんにもできないかもしれない。いろいろな問題が多すぎて。」

でも,ピナの顔やしぐさはだんだん明るみを増す。
「誰でも表したい感情はあるんです。それを舞台で形にしていく。
そしてわかりあうことで,友人になっていく。友人を作っていくということが
とっても大事なこと。そのためにわたしは舞台を作る続けるし,
諦めない」
(かなりわたしの言い方で曲がってしまったかも,彼女の話が)

友人を作ること,感情を表すこと・・・
国境なんか取っ払って。
できないことは多いけれど,一人から始められる希望はある。
すごいなと思った。

(ちなみに「オール アバウト マイマザー」って映画の冒頭に
ピナの踊りが出てきていたような気がする。)

ところで坂東玉三郎の日常を紹介した番組「トップランナー」を
最近見た。
「トップランナー」自体は「プロジェクトX」のや焼き直しで,こんな
切り口やまとめ方は嫌だなと思うところが多い。
せっかくなんだから玉三郎さんをもっと淡々と写してほしかった。
切り刻んだ映像を何度もリフレインしないで。

それにしても玉三郎はすてきだすごい。
この話の続きはまたこんど。
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by KATEK | 2008-01-20 14:06

新宿御苑が大変だぁ。

草や木や花のことを書かなくなったのはいつ頃からだろうか。
今は緑が少ない時期。
でも,よく見ながら歩けば小さな変化はたくさんみつかるだろう。

暖房のせいか,鼻が(嗅覚が)うまく働いてくれていないことも,
原因かもしれない。
たぶん,嗅覚が季節を知るには一番すぐれている。
そこが衰えているとしたら,ちょっと悲しい。
(温度によって季節が変わるのではない国,そこがどこかわからない
けれど,・・・常夏の国?・・・花の香りでそれぞれの季節の到来を知るという
ところがあるそうだ。話だけでも素敵)

梅の蕾もかたいけれど,しっかりついてきた。
寒椿の香りはいまが一番かも。
今日は,ホトケノザがでてきたのを見つけた。

もっともっと外の空気を吸おう。

それにしても今朝のニュース?
自衛隊の車や機械が新宿御苑に設置されていた様子を写していた。
そこまできた?
そんなこと,いくら演習だって言ったって,やってしまっていいの?
迎撃ミサイル?ともかく飛んでくるミサイルを打ち落とすことは
不可能だって,何かで読んだことがある。
たとえ可能だとしても,その線上にある訓練をこうもどうどうと
やるってことは,戦争してもいいですよといっているようなもの。
と,わたしには感じられてしまうのだ。
まるで『茶色の朝』の光景。
みんな怒らないの?
NHKでは異議を唱える人の発言は一切無視されていた。
反対する声を伝えないというのは,プロパガンダに近い。

明日は冷え込みそうだ。
こころも冷え込んでしまわないよう,あっためよう。
それには胃をあっためることから。
ハーブティーがいいかな。
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by KATEK | 2008-01-16 18:33