日常って、微妙な差異こそ大事かなと思います。


by KATEK
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たらふく・たらふく

おなかがいっぱい。
2回続けて3連休だったから,相方の作ってくれたご飯を
食べ続けた結果,腹八分の習慣が,完全に崩れてれしまった。
だっておいしいんだもの。
創作意欲もりもり。
休みになると何を作ろうかと,朝から考えているそうな。
もちろん冷蔵庫の整理をかねて,あるもので作るというのが基本。
ありがたいと思いつつ,これじゃいかんという危機感もあって・・・
そんなことで困れるなんてすごく幸せなんだなぁ,きっと。

平日は私もできるだけ,手作り・さっぱりを目指しているから,
食生活は以前より格段によくなってきている。
わたしも,ずいぶん動けるようになってきたっていう証拠。

野口体操も,続けていっている。
今まで首のコリがまったくとれず,どこが痛いかというポイントが
見つからない状態だった。
でも,今日ヨガ逆をやったら,ここが凝っているって,はっきりした。
こうやってからだの感覚がちょっとづつよくなっていくといい。
いままで,気持ちよくできていた逆立ちも,軸がちょっとずれている
ことを指摘され,また課題が増えた。
なにしろ,「立つ」というのは簡単で奥が深い。

さて,まだおなかがいっぱいだけど,眠気が襲ってきているから
この辺でおやすみなさい。
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by KATEK | 2007-09-30 21:30

失礼ばっかり。

いつのまにか秋分の日を過ぎて,日はだんだんと
短くなってきている。
季節の移ろいは,わたしにとってはとっても大事なこと。
でも,もう10月になるというのに,この暖かさは,なぁーに。
今日は涼しかったとはいえ,紅葉も遅くなるとのこと。
昔の暦とは違った世の動きになっているということか。

ところで,私のおっちょこちょいというか,先走りというか,
いい加減さというか,おじゃましたブログにコメントを書くとき,
読み間違いばかりしていて,誠に申し訳ないかぎりだ。

この焦った読み方は,だんだんひどくなってきた。
でもいま,そのことについては自覚がでてきたので,なんとか
落ち着いて読む練習をしようと思っている。

ただどれくらいきちんと読めるかは,まだまだ。
毎年,もう20年以上続けている読書会でも,今となっては
高齢の人(最初は,バリバリ元気だったから)の読み方に,
感心することが多い。(多かったし,今も多い)

一文一文をきちんと読んでいき,つっかかるところは,きちんと
した理解を求める。
わたしなんぞは,乱読・雑読ばっかりで,読みすすめることに
主眼を置いてしまうので,きちんと読む訓練が足りていない。
今からでも,勉強しなおしたい気分だ。

あらゆることに焦りを感じてしまいがち。
急ぐことはないんだと言い聞かせながらも。
「見る前に飛べ」じゃなくて,よく見てたちどまってから歩け,だな。

明日も天気が悪そうだ。
秋の雨。
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by KATEK | 2007-09-29 21:13
ミャンマーが大変なことになっている。
というより,ここのところ,マスコミが無関心でいすぎた。

アウンサン・スーチーさんは,もう十年以上軟禁(監禁)されたまま。
一時代前は,新聞でもスーチーさんの様子は
よく報告されていたのに最近は音沙汰なしだったから。

スーチーさんの文章(訳したもの,もちろん)は,わかりやすくて,
これなら魅力的だって感じるだろうなと思ったことがある。
彼女の存在は,もっともっと伝えられていいはずだった。

太平洋戦争中は,ビルマまで手を伸ばした日本。
そんなことだって忘れちゃいけないし。

それに,僧侶までが攻撃されている現状。
日本人のカメラマンも亡くなった。
イラクの利権のことより,こっちのほうがずっと大事なことじゃない?


ところで,『長谷川テル 日中戦争下で反戦放送をした日本女性』
を読んだ。
彼女の存在をはじめて知ったわたし。

金子文子もそうだけれど,戦争中自分の行き方を貫いた女性は,
わたしが知らないだけで,たくさんいるのだと思う。
それはすごいことだ。

長谷川テルは,中国にわたって中国人の劉仁と結婚。
ともに反戦活動を続けた。
34歳で,妊娠中絶の手術が原因で亡くなっている。
彼女が二人で暮らし始めた頃,1937年といえば,
日中戦争が始まった年。
その頃からすでに反戦の意志をはっきりさせていたというのは,
とっても「恐い」こと。

敵国の日本人という目で見られるのはもちろん,夫劉仁からみたら,
日本の女性を妻にして日本に帰らせないというのは,勇気がいる
ことだった。
反戦を主張しながら,誰からも「敵」としてみられる二人。

テルはエスペラント語をつかうことで,世界平和を願った。
彼女の書いた文にはこんなものがある。

>「この国際都市を火が,煙がおおっている。
>恐怖と不安の叫びが上がる。私の心は叫ぶ。両国人民のために
>戦争を止めろ。
>私は日本を愛している。祖国だからだ。
>私は中国を愛している。新しいふるさとだからだ。
>私は憎む。両国人民の間の殺戮を,全身の力を込めて憎みに
>憎む。
>私は仲間たちとともに,ありったけの声で日本の兄弟たちに
>呼びかける。誤って血を流してはならない。
>あなたがたの敵は,海を越えたこちら側にはいないのだ。」

これは,盧溝橋事件を知って書かれたもの。
ことばがほとばしる。

アウンサン・スーチーも,長谷川テルも,人に届くことばをもっている。
そんなことばを受け止めたい。


なんだかちょっと「がんばりすぎ」の文章になってしまった。
ここでまた簡単レシピ。
今日はセロリにしたけれど,ニンジンなどでもOK。
カッテージチーズのあえもの。
カッテージチーズは今回は裏ごしタイプ。
そこに味噌と煮きったみりんをいれて,よく混ぜ合わせる。
これでセロリをあえておしまい。
いい加減レシピだから,分量も適当。
ちょっとごまっぽくもあり,いい感じです。
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by KATEK | 2007-09-28 18:28

いわしのあたま

家族とのけんか。

実家にいたころは,たびたびそんなことがあった。

朝,なんだか「売り言葉に買い言葉」で,余計な事を
いってしまって,家を出る。
でも「あぁ,これで何らかの事故にあって一生あえなくなることも
あるんだな」と,必ず思ってしまうのだ。
その日の日中は家に帰って家族とあうことばかり考えてしまう。
「また会えてよかった」と帰って思う。

そんな時,誰かが事故にあわないように,験を担いで
自分で約束事を作る。

たとえば,母とけんかしたとき,
「今日は母からもらった日傘を持っていこう。これをもっていれば
母にわたしの思いは通じる」
なんて勝手に約束しちゃって・・・

自分の中でいろんな迷信をつくる。
勝手に信じる。

いづれにせよ,家族になったからには,けんかもあって当然。
ずっといっしょにいても,離れていても,本当の思いは変わらない。

今日は風邪でゴホゴホいっている相方が,
がまんして会社に向かった。

夕飯は胃を休めてあげられるもの,でもたんぱく質の多いものを
こしらえよう。
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by KATEK | 2007-09-27 18:30

壁紙さがし。

今の日本の政治の世界には,つくづく嫌気がさしてくる。
暗闇の部分が多すぎるし,テレビや大手マスコミの表面にでてくる
情報は,明らかに操作されている。

民主主義ってなんだっけ。
リベラリズムってなんだっけ。
国民主権ってなんだっけ。

こんな政治の動きを見ていたら,教科書にある三権分立とか,
議会制民主主義,政党政治なんてふっとんでしまう。
(だからこそ,理念を伝えることに意味があるんだろうけれど)

と,そんなことで,パソコンの壁紙をかえて,気分も一新。
するために,いろんな画像を2時間近く見ていたら,
疲れてしまった。

ルオーの絵とか教会とか,畑,広葉樹の続く道,ユリノキとか
気に入った写真はたくさん。

途中でナキウサギの動画を公開しているページを見つけて,
ずっとみていた。
かわいい!
北海道のあの山・・・でてこない。
前にナキウサギに出会うために山に向かったことがあったが,
台風のため登山できず,諦めて帰ってきた。
本物を見てみたいのだ。
実際近くにいても,鳥の声と間違ってしまうという話しも聞いたが。

そんなところで,疲れてきたのでおしまいです。
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by KATEK | 2007-09-25 21:51
どうやら風邪をひいたらしい。
夜が気持ちよくなったので,油断したかしらん。

日中,いくらでも眠れてしまって,やりたいことが全然できない。
洋服のほころびを直したり,片づけしたり,勉強したり・・・

読めばすぐに読了しそうな本もだらだらと・・・

今気になっているのは,『長谷川テル』という女性のこと。
太平洋戦争前,日本に留学していた中国の男性と結婚し,
中国にわたって,戦争批判を続けた女性だという。
中国には,彼女の功績をたたえた碑もあるそうだ。

この本『長谷川テル』にでてくる歴史的な事件,人物をわたしは
ほとんどしらない。
孫文だって受験の記憶の範囲でしかしらないわけで,
今頃になって,あぁ孫文のこと勉強したいなぁなどと遅ればせながら
思っている。

『宗家の三姉妹』って映画(確かそういうタイトルだったと思う)だって
みているのに,ピンときていなくて,彼女達が歴史に残したものが
大きかったこと,また確認しなくちゃなんて思ったり。

ともかくわたしの「眠り病」に近いもの,
日中の三分の一は寝ている状態を変えられないものかと思案している。
でも,寝ないと頭痛やらなんらや出てくるのが現状で,
できる範囲でやれることをしっかりやるという方法が今はベスト。
先は長い。
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by KATEK | 2007-09-24 22:38
考えたら,ここのところ相方以外の人と話すことがめっぽう減っている。
これを「安定」ととらえると,とっても気持ちがいいけれど,
今はリハビリ期間なのに,と思うともっと刺激がないと世の中に
追いついていけなくなってしまうのでは・・・なんてちょっと不安になったりも
する。

ところで,うちの「シェフ」は,どんどん腕を上げている。
外から買ってきたものを参考に,それを越える何かを作ろうと
意欲たっぷりなのだ。

昨日もホタテとナスとベーコンではさみ焼きを作ってくれた。
前日,わたしはホタテを焼いて夕飯に一品として添えたのだが,
調理していないものををわざわざ取っておいた。
きっと相方が何か作るに違いないと思ったので。

思惑はばっちり成功。
でも,おいしいものばっかり食べていると太ってしまうなぁ。

ナスは軸に近い部分だけ残しておいて,下のほうから切れ目を入れる。
そこに,ホタテ・ベーコンを順番に挟んでいく。
そのナスをよく焼いて,でてきたホタテのスープとベーコンの油を
使ってソース作り。
水としょうゆを入れて煮詰めて,それを焼いたナスにかけ,さらに
チーズをのせる。
と,ざっとこんな感じだけれど,ホタテとベーコンの処理の仕方は
まだ聞いていないので,不明。

りんさんが,コメントに白菜やレンコンをどうしたのか,と気にして
くださったのだが,わたしの作る夕飯はお手軽なので,レシピにも
ならないくらい。

ともかく野菜を食べることがわたしの目標。
レンコンは7ミリくらいの厚さに切ってフライパンで焼いてたべる。
塩・コショウのシンプルな味で焦げ目をつけるのがみそ,かな。
焦げ目がついたら,日本酒を入れてふたをして蒸し焼き風に。
そうすると,厚めに切っても十分火が通る。

白菜は千切りにして,薄く切ったキュウリといっしょに,塩をなじませ
水切り。サラダの代わり。

そしてその日のメインは,さけのマスタード焼き。
さけのドリップをよくふき取って(ペーパータオルで),塩・コショウを
なじませる。
常温になったら,焦げ目をつけるくらい焼いて(特に皮はパリッと),
とりだしたところに,マスタードをたっぷり塗りつけて,トースターに。

なんて,こんな簡単なことくらいしかしません。

わたしは魚が苦手なので,どうしたら食べられるか目下研究中。
網焼きをすると部屋がとんでもないことになるし,
魚やき器は,しっかり焼き目がつかないし,ということで,いつも
出来合いのものを買っていた。
でも,値がはるのでもったいないし,おいしくない。

だから基本はフライパンやなべで作れるものをと,少し発展させている
ところといったらいいかな。
ホイル焼きももちろんあり。

なんだかつまらないエントリーになってしまったかしらん?
まぁそんなことは考えないようにするのも,リハビリ!!

そうだ。
最後にまめレシピ。
シイタケの裏にブルーチーズをのっけて焼くとおいしいそうです。
ブルーチーズはチーズ料理にこくを出すのには良い素材。
じゃがいもにかけてやいてもおいしいです。はい。
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by KATEK | 2007-09-23 18:09
わたしったら,ほんとに間がぬけていて,すきだらけ。
この前,「マツキヨ」で買い物をして相方が待っているほうに
歩いていった時,「なにボーっとしているの?」といわれてしまった。

「お財布をだしたら,すぐにしまうこと。レシートはそのあとでチェック
すればいいんだから。ともかく君の行動は,ひったくったり,もっていかれたり
してもかまいませんよっていっているようなもの。自分を守るのは自分だよ」

まったくもってそのとおり。

わたしは気をつけている「つもり」ばかりで,なかなか行動になってこない。
でもやっとこの頃,自分のしていることに自覚的になり始めたような気がして
ちょっと進歩かな,なんて思っている。

今日だって,おいしいパン屋さんで,買いたいパンはいっぱいあったのに,
今日は一つだけって決めて,ちゃんと一つだけ買ってきた。

図書館に行けば,読みたい本だらけ,本屋さんに行けば買いたい本が
たくさん。でも,今読めるのはこのくらいだから,借りるのは(買うのは)
今度にしようって,「選択」できた。

自分でここまで,これだけと決めて,それを行動に移せるようになってきた
ことは,ほんとに・ほんとに進歩なのだ。

いままで,自覚のない自分に振り回されてきた。
意志のない行動,もしくは目的のはっきりしない行動ばかり。
だから,後悔してもまた同じことをやり続けてきた。
そんな暮らしから,一歩脱出できそうな予感がする。

見たいDVDも,余裕をもってみることが最優先だからと思って,
借りずに返すだけ,という行動もできたし・・・

なんて低次元の話か,とお思いになる方もいるだろう。

でも,一つ一つの行動を確認しながら,そして「ゆっくりでいいんだよ」
「焦ってもおんなじだよ」って自分にこえかけできるわたしって,
なんだかすごい進歩で,うれしくなってしまう。

余裕がないからこそ起こってきた職場でのトラブル。
今のわたしならもう少し何とか別の方法を考えられるかな,なんて思う。

でも,こうできるようになったのも,ここ数日のことだから,
たかをくくっていないで,着実にいきたい。

さて,これを書きながら聞いていた,リッキー・リー・ジョーンズの
『POP POP』も終わってしまった。

わたしもこの辺で終わりにしよう。
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by KATEK | 2007-09-21 21:50
またまた頭痛。
頭痛が恐くてしりごみしてしまうことがたくさん。
予期不安ってやつ。
ちょっとじわーっとしてくると,ずきんずきんとくるのではないかって。

でも,夕飯を作ろうと思って,がまんして白菜を洗って,レンコンを切って
なんてことをしていたら,ちょっとづつよくなってきた。

ただそこで治まったわけではなくって,またいつ再開するかわからない
そこがどうも,行動を制限・自主規制につながってしまう。

無謀なことはしないって,そのへんのところはわかってきたけれど,
まだ,いまどこまでできるかって見きわめができない。
ここがつらいところ。

まだ頭痛の種火が残っているのでおしまい。
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by KATEK | 2007-09-20 22:15

耐性をつくる

秋の夜には,今井信子のビオラがとってもいい感じ。
そしていま,『愛のブーケ』というタイトルのCDをきいているところ。

ピアノとビオラの曲ばかり。
歌とピアノ伴奏も,連弾もみんな同じだけれど,相手の音との関係を
うまくつなげていくことって,本当に難しいこと。
でも,「息があう」演奏は現実にあることで,そこらへんが,人間の不思議。

「息があう」ということは場を共有して,本当に相手を感じること。
野口体操もそうだけれど,相手を感じてぴたっと重なるのって,
とっても気持ちがいいことなのだ。

今日も悲しいニュース。
16歳の少女が,父親をなたで殺してしまった。

『メタボラ』じゃないけれど,自殺とか殺人っていうのは,もしかしたら
誰かが背中を押してくれたら簡単にできてしまうものなのかも,
なんてふと思う。

自分を元気付けてくれる自分の歴史があるかないか,
これは大きな違いだろう。

友人が紹介してくれた本『奇跡と呼ばれた学校』(朝日新書)は,
こんな世の中でも,教育に希望をもつために役立つ本だ。

たとえば,「ゆとり教育」で本来目指す力は,「見えない力」だとして,
3点をあげている。
そのひとつが,「耐性」をつけること。
失敗してもすぐには投げ出さない力。

これは学校教育にだけ任せるものではなくて,社会全体でつくる力
だろうし,またいくつになってもゴールがない力でもあるように思う。

わたし自身が,いま「耐性」をつけるための日々を送っている。
学校でのさまざまな失敗にうちのめされて,がまんする自信さえなくなって
きてしまった数年間。
蓄積を自分のものとして感じられない心。
でも,それでもOKを自分で出し続け,ちょっとづつ自信を取り戻していく
過程にいまのわたしはいる。

自殺する子・親を殺す子,
そのこと自体はいいとは決していえないこと。
でもそんな子どもの元気を作っていく同行者にはなりたい。

追記・・・
ここまで書いて読んでみたら,なんと脈絡のない文章!
今の頭のなかがそうなっているのだろうから,ご容赦ください。
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by KATEK | 2007-09-19 22:02