日常って、微妙な差異こそ大事かなと思います。


by KATEK
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けだるい歌

夏のような陽気。夕焼けになりそうな空。
何もしなかったけれど,いい一日。

今聞いているのは
リッキー・リー・ジョーンズの
「THE EVENING OF MY BEST DAY」

このCDも大のお気に入り。
リッキー・リー・ジョーンズのCDは他のもいい。
何回か書いたけれど,舌足らずな歌い方が,夕方から夜の
時間にぴったりくる。
たぶんジャズにはいるんだろう。
彼女の歌は。

最近は張り詰めた歌い方がちょっと苦手で,
けだるい感じがちょうどいい。
ボサノバとはちょっと違うけだるさ。

ここで話を変えて,
先日紹介した浜田知明の作品集から。
(この前は絵と書いたけれど,エッチングの間違いでした。)

彫刻の写真にも,エッチングの写真にも
一言添えられているものが多い。
その中から,兵士として生きた時代の頃を書いたエッチングに
添えられていることばを書き出しておきたい。

>傷めつけられ押しつぶされて
>死にかかっていた生命は夜になると眼を開いた。
>弦月が中天に懸り,
>陽に沁みるような驢馬の嘶声が夜のしじまを引裂き,
>嚝野が谷底のような静寂に眠る時,
>その時だけ僕は生きていた。

そろそろ外は暗くなり始めた。
夜がやってくる。
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by KATEK | 2007-04-30 18:43
夕べの2回目のエントリー。
書いたわたしが恥ずかしい!
昨日は熱くなって書いちゃったようで,あんなこと
書かなければよかったと思ったけれど,
あぁいう矛盾したわたしも,まぎれもないわたしなので
削除はしないでおこう。
(ホントは消したい!恥ずかしいんだもん)

久しぶりに,勉強会に参加して疲れたのも一つの原因かも。

「開発教育」ってよばれるものがある。
第三世界の中の貧困問題や,第三世界と先進国とのつながりの
問題を考えるための(差別をなくしていく,自律を促していくための)
教育のことだ。

模擬授業を3時間受けてきた。

開発教育に携わっているNPOとNHKの番組制作者との
協同の勉強会。

おもしろかったけれど,もう20年以上も前から問われ続けている
問題に行きつくと,そこでとまってしまうのが,残念。

奴隷労働が未だに残っているというガーナのココア生産。
だからチョコレートを食べなければいいとか,不買運動をするとか
いった方法では問題が解決しないってこと。

でも,参加している人たちの明るい様子にちょっとびっくり。
これが気負わないってことなのかな?

教員といろんな仕事をしている人と混ざって参加していたせいかな?

ある教員が生徒には「現地に行って来い」というと,
生徒の数人は現地に行ってくるという。
そんな生徒がいるなんて・・・
夢のような話だ。
わたしですら,行っていないのに。

と,今ははここまでにしておこう。
やっぱりまだちょっと疲れているみたいだから。
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by KATEK | 2007-04-29 14:20

尾崎豊を聞くとき・・・

尾崎豊のコンサートを切りばりして作った映像を見た。
(もちろん音楽もきいた)
歌の途中途中でFAXの紹介が入る。

「尾崎の愛を感じました」

なんて恥ずかしい。
穴があったらこちらがはいりたくなる。

「親子で聴いています」

なんておぞましい。
気持ち悪くなる。

(もちろんそういう人がいてもいっこうに構わない。
ただわたし自身がそう思っているだけのことで,非難する
つもりは全くない)

わたしは尾崎豊の歌は好きだ。
たぶん尾崎豊という人にも魅力を感じている。
時々無性に聞きたくなるから。
でも絶対一人できく。

もし子どもがいたとしても,子どもには気づかれないように
きいたと思う。

尾崎豊の愛を感じるからではなく,
尾崎豊のいきづまりを感じるからきくのだ。

どんなにあがいても,人になんては伝わらない
でも時としてナルシスティックになってしまう。
そんな尾崎豊を感じるからきく。

苦しそうだからきく。
偉そうだからきく。

なんでみんなで声を合わせて尾崎の歌を歌うのか?
そんなことありえない,とわたしは感じる。
尾崎豊を共有しあうある種の恥ずかしさを感じる。
壊れそうな自分を見せてしまう尾崎の恥ずかしさを感じる。
人の恥部を覗き見しているような自分の恥ずかしさを感じる。
だからきく。

こらからも時々聞くだろう。
聞いてしまう自分を恥ずかしいと思いながら。

誰とも,いいねぇなんていいあわない前提できく。

たぶん尾崎の歌を昔のように授業で聞かせることはないだろう。
時代が変わらないなんて思わないから。
ただ生徒が「尾崎っていいね」といったら,
「どんなところがいい?」って聞き返すだろうけれど。

若者だけの歌から「みんなの歌」になってしまった歌が
なんだかかわいそうな気がしてきた。
そんな聴き方が無責任に感じられて・・・

そんなききかた,変ですか?
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by KATEK | 2007-04-28 22:30

ピアノレッスン その2

先週は熱にうかされてしまって,ピアノのレッスンのことを
書けずじまいだった。
忘れないうちに書いておこう。

一つの発見は,
ピアノのドの位置は,相対的なものじゃなくって,
中心があるってことだ。

ピアノの鍵のところ近くにあるのがそのド。

でも家にある電子ピアノには鍵なんてない。
お馬鹿なわたしは,友人(先生)に
「家に電子ピアノの中心のドはどこ?」と質問をした。

先生:「音の高さを感じてみて。」
わたし:「???」
先生:「声に出してみるとわかるよ。」

実際声にあわせて音を出してくれた。

先生:「これじゃ低くて声が出ないド~」
    「これだと歌いやすいド~」
    「これは高くて声を出しにくいド~」

なんと!!声に出したら一目瞭然(?)
すごすぎる発見。

でも,後日声に出そうと思ったら,音程が取れない。
低いドの音と声の高さががあっているのかどうかが
わからないのだ。

えっ,こんなことあり・・・

落ち着いて真ん中あたりのドに音を合わせ声を出して
そこから一音ずつ下がっていってみた。
そうしたら,なるほど低いドの音に行くころには
音を出しにくくなっていた。

音って絶対的なものなんだって,やっとわかった。
(それでも平均律とかなんやかやで,音の絶対性というのは
ヘルツに合わせると難しいらしいことは,相方から
きかされていたので,頭ではわかっているような・・・)

わたしって,声とピアノの音とをすぐに一致させられない人
だった。
ということがわかったら,なんだかとっても音感が悪い人の
ような気がしてきて,ちょっとがっくり。

でも,まぁいいかってすぐに開き直ったけど。

レッスンの続き。

お稽古ノートをすすめるたあとは,
リズムの練習。
おぉ,わたしの苦手とするところじゃ。

先生が書いてくれたリズムに合わせて,タンバリンをたたく。

ウン,タァーン,ウン。
タン,タン,タン,ウン。
2分休符,ター。
タン,タァーン,タン。

(こんな風に書いていいのかなぁ?)

これを続けている間,先生のほうはエレクトーンで
(こう書くとYAMAHAのまわしものみたい)
ボサノバとかラテンとかいろいろなテンポ(?)を出して
さらに,曲をつけてメロディーを弾いてくれる。
わたしは,そこにひっぱられないで,タンバリンを
たたき続ける。

だんだんタンバリンをもつ手に汗がにじみ出てくる。

もう目が点になるほど,ずっと書かれた音符をみつめて
それだけを頼りにタンバリンをたたく。

きっとこの時もアドレナリンでまくりだったに違いない。
楽しい反面,まだまだ楽しみきるところまではいかないわたし。

先生:「今度はボンゴなんかたたいてみようね。
    ほらこんな風に音が出るでしょ。」
と,楽しげにボンゴをたたいて見せてくれた。
わたしもおサルのレベルでならたたきたいなぁと・・・

なんて書いてくるといかに大変だったかって感じになるけれど,
でも楽しい!

「テイクファイブ」ってジャズが2拍子と3拍子あわせて5拍子,
だから「テイクファイブ」ってことがわかったら,
とたんに今年の終わりには「テイクファイブ」を弾きたい
なんて単純に思ったわたしでした。 
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by KATEK | 2007-04-28 08:22

浜田知明さんの戦争

病院に行ってきた。
血液検査は正常値を示し,めでたしめでたし。
ただまだ内部のはれがあるので,また再検査だ。

去年手術をしたので,もうおなかの痛みともおさらばさ,
なんて思っていたのに,そうはいかなかった。
でも,これも何かの信号だと思えばいいか。
熱が出るほどまだまだ元気ということだし。
(実際,心の調子が悪かった頃は,からだも弱っていたのだろう。
10年くらいほとんど熱は出なかったもの)

それにわたしにはまだ女性ホルモンが味方してくれていると思えば
心強い。
癌の発生も押さえてくれるほどの頑張り屋さんホルモンだから。
後数年のことだろうし,仲良く付き合うようにしよう。

本屋さんに,ちょうどわたしの目に飛び込むようにとでも
いいたくなるおき方で,浜田知明さんの作品集
『よみがえる風景』(求龍堂)が平積みになっていた。
ずっと欲しかったもの。
やっと出あった。

あとのほうにこう書いてある。(熊本日日新聞から)

>戦争を知らない世代の一部の人たちから最近勇ましい言葉が
>聞かれるようになった。わたしの瞼にはまだ白木の箱に納まり,
>戦友の腕に抱えられて還ってきた英霊たちの姿が残って
>いるというのに。

彼の彫塑や絵は,戦争を風刺したもの・戦争から呼び起こされたものが
多い。写真を見るだけできびしかったり,悲しかったりする。
でも,たくさんの人の目に触れて,たくさんの人たちが何か
感じたらいいなと思う。
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by KATEK | 2007-04-27 18:21
ここ数日,パソコンに向かう時間が増加。
自分でもはっきりしない相手を探して,ブログの海を
泳いでいる。

こんなに情報過多なのに,こんなにも情報が足りない感じを
もってしまうのはなぜ??

自分の私的な部分にだけ浸って生きたい気分と
政治経済,社会的な部分にひっかかって生きていたい自分と
どっちもあって,
どうもそのバランスがうまくとれない。

もしかしたら,今一番やりたいことって,ダンスを踊ったり
ピアノを弾いたりすることだったりして。
ジョルジュドンのうっとり・身震いする肉体の動きに
あぁ,わたしもあんなふうにボレロを踊りたいなぁとか,
クラシックピアノ,ジャズピアノ,ギター,オーボエなどなど
できたらいいなぁとか。
きっと気分は最高だろうと。

なにしろ,人間の作るものってすごい。
形あるものにしても,すぐに消えていくものにしても・・・

わたしなんぞのおしゃべりなんて,かるーく吹き飛ばされてしまう。
虚業のひとつ。

ことばの軽さはどんどんひどくなって,マスコミのなかで
語られることなんて,ペラペラなもの。
でも,それなのに,そんなことばをあざ笑っていると
大事なことが進んでいってしまう。

「集団的自衛権」にしたってそうだし,
「一斉学力テスト」だってそう。

つい最近までは,このことばを使うのにも,その歴史を背負って
軽々しく扱えなかったことじゃないか。

昭和30年代の「学テ闘争」で,あんなに抵抗したのに,
何で今はするっと通ってしまうわけ??
(わたしは文献で読んでしかいない世代だけれど,でも,
歴史がある問題だって認識してきたつもり)

憲法の根幹に関わる「集団的自衛権」にあたっては
少しの解釈の変更をするにも,待てよと考えてきたはずだったのに,
安倍氏の言い方では,もうあることが前提。
このひょいと飛び越してしまう「身軽さ」ってなに?

あぁ・・・

そう,
そんなことを思いつつ今日はふたつ,楽しい時間を過ごした。

古代布で作ってある紐を安く手に入れたから,それでメガネの
ストラップ(?)をつくった。
われながらかっこいい。

あとはピアノの練習。1時間。
楽譜は本とのアレレっていうほど簡単に見えるのに,
指がついていかない。
音が正確に出ない。
まちがってばかり。
サティの曲やテイクファイブなんて,夢のまた夢か・・・
でも,音を出すのが楽しいからいいんだ。

と,
つれづれなるままに,でした。
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by KATEK | 2007-04-26 20:26
マデリン・ペルーもとってもいいけれど,
今日届いたCD,フランスのシャンソンもとってもいい。
大当たりってところ。

最近はCDといえば,相方の視聴を通り抜けてきたものばかり
だから,だいたいが好みなのだけれど,
今回は中でもいい。

carla bruniという女性の「quelq’un m’a dit」というCD。

フランスの音楽だからシャンソンってことになるらしいけれど,
よくイメージするシャンソンとは大違い。

つぶやくように,レシタティーボのように,力を抜いて歌っている。
ブルースのようでもあり,懐かしいフォークソングのようでもあり,
何しろギターの弾きがたりだから,雰囲気がシンプル。

ちあきなおみがつぶやいてうたうこじゃれた歌って感じかな。

相方情報によれば,この女性は俳優としてやってきた人らしい。
歳があるていどいってから,歌いだしたという。
そのせいか,なんていうのかな。
フランス語なんて全くわからないんだけれど,
ちょっと泣けてくるような懐かしさを感じてしまう。

わたしのお気に入りが増えた。

ここ2日間,寝る前はボロディンをきいている。
たぶん弦楽4重奏だと思うんだけど・・・
いままで,ボロディンはほとんどきいたことがなかったから,
相方に「これボロディンだよ。」といわれて驚いた。
きれいな旋律とどろくささのない流れ。
こんなにきれいな曲作ってたの?って驚き。

まだまだ音楽は底知れず,深い深い。
知らないこと,知らない音楽ばかり。
でも,いいなぁ。

パソコンでクラシック専門のページを相方が探してくれて,
(ポッド・キャストっていうんですか?)
本を読みながら,ヘッドフォンでこの番組を聴くのも楽しみ。

今日聞いたものの中で,途中に出てくる番組の宣伝もかねた
語りの部分が面白かった。

コーヒーのはなしと,「ねこふんじゃった」のはなし。
いろいろな国で「ねこふんじゃった」は演奏されるけれど,
ねこが出てくるのは日本と韓国なんだそうだ。
あとは,鶏とか犬とかサルなんて国もあるらしい。
ただふんずけているのは,日本の歌詞だけらしいけれど。

今かかっているCDはpianocraftさんご紹介の
マデリン・ペルー「half the perfect world」。
もう一枚あるCDよりもっとゆったりしていて,とってもいい。

ほんとに音楽っていいのだ。
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by KATEK | 2007-04-25 20:51
やっと外に出られるようになった。
でもまだゆっくりゆっくりの動き。
歩いているといつの間にかどんどん人に抜かれていく。
でも,おかげで草花や空に向いている木々たちと
じっくりお話(できたらいいな)。

地面にはりついて咲いていたタンポポが,いつのまにか
背丈を伸ばし,わたぼうしをつけていた。
背を高くしたほうが,種は風に乗って遠くへ飛んでいく
そんなことをちゃんと知っているのだろう。

芝生だったところが,今年は一面に雑草がはえてきた。
カラスノエンドウの堂々とした様子。
いつもなら真っ黒になるほど虫がこびりついているのに,
元気がよすぎるのか,きれいなままだ。

雑草の中にクローバーがでてきた。
そのとなりは一面のコケ。
この混じり方がとっても楽しい。

それで・・・
ふとクローバーに目をやった瞬間,四葉のクローバーと
出会ってしまった。
なんという偶然。

何日かまえの夕方,小さな子どもが一生懸命,クローバーと
にらめっこ。
四葉のものをさがしていたのだ。

「おかあさん,みて!あったよ!」
と声がした。

あぁわたしも小さな頃は,何時間も草の上に座って
こうして四葉を探したっけと懐かしく思いつつも,
ここの株には,四葉がまだあるんだろうなと
現実的に考えていた。

そして,ここの株にはないだろうけれど,なんておもって
今日見たら,その瞬間に出会ってしまった。

目を疑うほど!こんなに早くみつかるなんて・・・
これは押し花にしてとっておこう。

視線を低く低くして芝生にねっころがったりしながら
あったかい日差しと,涼やかな風を感じたいなぁと思う。

『憲法は,政府に対する命令である。』(ダグラス・ラミス著)
を借りてきた。
これから,この本を開くつもり。

政治に対するコミットメントがどのくらい可能か
もちろん知らず知らずのうちに何がしかの影響を与え
与えられているのが現実だろうけれど,
「市民」として政治に向き合うことはどのくらいできるか。

今のわたしにはなかなか難しい問題だ。
斎藤美奈子 『それってどうなの主義』 白水社
によれば,

>「それってどうなの主義」とはすなわち,違和感を
>違和感のまま呑み込まず,外に向かって家に向かって
>表明する主義。言い出しにくい雰囲気に風穴を開け,
>小さな変革を期待する主義のことなのです。
>「それってどうなの」に大声は似合いません。

大声は似合わないってところが,わたしは好きなんだけれど
それでどこまで変革が可能かはわからない。
彼女はフェミニズムの「運動」にも「べ平連」的な運動にも
賛意を示していない。

「運動」ということばを論として理屈で考える時代は去ったようだ。
そんな今,政治にコミットメントするしかたはどうなっていけば
いいのか,どこまでどうすれば可能なのか,
答えは出ないけれど,頭のどこかで考えてはいきたい。
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by KATEK | 2007-04-24 17:24

東京奇譚集から

今日も家を出ずじまい。
お天気もさっぱりしないし,なんとなくうかない気分。
社会から遠ざかっている感じ。
わたしがどうのこうのいったって社会はそうは変わらないけれど,
でも気になってしまうこの現実。

一番最近出た「ビッグイシュージャパン」は,イギリスに来て
失業者として生きるポーランドの人たちの話が載っていた。

フランスも今大事な時にきている。
ネオリベを選ぶのか,歴史を選ぶのか・・・

借り物の本 村上春樹 『東京奇譚集』 新潮社 を
今頃になってやっと開いた。

最初のジャズの話。
村上氏が自分の話として語りだしたその話は,
ケンブリッジに住んだいた頃のこと。
よく行くジャズクラブで,お気に入りの人の演奏を聞いていたという。
でものりがいまひとつ悪くて,最後に「あの曲を弾いてくれたらなぁ」と
願った。2曲,マイナーなジャズ,よほどのことがなければ
演奏されないような。
そして・・・最後になんとその2曲の演奏を聴くことになったのだそうだ。

そうしていつの間にか話は進んで,村上ワールドにはいりこんでいく。

その最初の話に,わたしはなんとなくうなずけるものがある。

運命論者でもない。
でも,わたしは本当に願えば,いつかどこかで何かと
出会うという感覚が捨てられない。

まず何を願っているのか,それが明らかになること自体が
ことの始まり。
願いがはっきりすれば,そこに関係するものがなんなのかも
わかってくるし,気づきやすくなる。

その気づきにどれだけ耳をかたむけられるか
そこが大事なんだろう。

人との出会い・本との出会い・場所との出合い・・・

こうして家の中にいたら何に出会うんだろう。
明日は外に出たい。
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by KATEK | 2007-04-23 17:44
モーツァルトの曲がずっとかかっている。
相方がわたしの気をおさめるのにかけてくれた。

鎮痛剤の数を減らしたら,体温37度の線からどうも
下がってくれない。
おまけに今日は,朝方から夢を見るとカーッとからだが熱くなり,
頭がズキンズキンしてきてたまらない。うとうとしながら
もう4回も夢のおかげでひどい頭痛がはじまり,まいっている。

最初に見た夢。
生徒のけんかの仲裁にはいったところでガンガンし始めた。
寝ている間に頭が痛くなるのはこのせいかと,やっと
「正体みつけたり」で,よかったと思いきや・・・

続けてみる夢は学校関係のものばかりで,
そのたびにガンガンしてくるものだから,おちおち寝ていられなく
なってしまった。

わたしって,こんなに学校の些細なことにストレス感じてた?
こんなに自分の意見を出すとき,カーッときてた?

もっと楽におなりなさい。
だわな。

外を見るとまずプランターの花やラデッシュが目に飛び込んでくる。
もうそろそろ,ラデッシュの間引きをしないとならない時期。
明日もうちょっと調子が戻ったらやってあげよう。

最近手作りのものを作っている人たちのブログを
あちこち見てまわっている。
なんだか気持ちが落ち着くんだな。

きれいな花やおいしそうな食べ物・・・
こういう世界だけにはいっていたくなる。
それにこういった感性の世界の遠くで生きてきてしまったわたし
だから,もっともっと先を見たい・感じたい・表現したい
そう思ってしまう。

ブログは写真での表現が主流になりつつあるから
わたしのようにことばだけの世界で感性を表現することって
どうしたらいいんだろうと考えてしまう。

もっともっと表現の世界を広げられたらいいな。
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by KATEK | 2007-04-22 16:13