日常って、微妙な差異こそ大事かなと思います。


by KATEK
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<   2007年 03月 ( 24 )   > この月の画像一覧

「徳育」が教科になる?

近頃,漢方薬が効いてきたようで,頭痛がずいぶん減ってきた。
飲み始めたのが約1ヶ月前。
近頃効いてきたといっても,ここ3日のこと。
もしかしたら,「とらぬ狸」かもしれないけれど・・・

でも,頭痛がなくなると(根をつめると一時的には,ずきっとなるけれど)
不思議とからだを動かしたくなる。
昨日も今朝も「野口体操もどき」をやってみている。
すると,今まで感じなかった「そこ,そこ」って感じにも気づけることに気づいた。
ここをのばすと気持ちいいとか,今までマッサージに頼るしかないと思っていた
ところに手が伸びて,「なーんだ,こんな風に自分でたたけるじゃない」とか
発見がある。
からだってほんとに不思議。

ところで,昨日の東京新聞に,小中高で道徳教育を必須のものとするという
記事が載っていた。
教育再生会議が,「徳育」という教科を必修とするという報告を出したのだ。
教科として学ばせれば,それを評価することになる=成績をつけることになる。
何が道徳なのか,倫理とか道徳とか正義とかに正解はないということを
もっと考えなくちゃ。
このままだと実態は戦前の徳目主義になること間違いない。

こんな教科の成績をつけることになったら,と思うとこわくてしかたがない。
評価基準があいまいになって,権威主義がいっそう頭をもたげてくるだろう。
あぁ,いやだ。

「美しい」とか個人の判断の領域になることばを教育や政治の場で
簡単に使うことの恐ろしさ。
そこにもっと敏感になりたい。
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by KATEK | 2007-03-31 11:58
近頃,詩を読む機会が減ってきたみたい。
今日は雨降りなのに,朝から調子がいいような予感。

ってことで,雑誌『飛ぶ教室』から谷川俊太郎さんの詩をご紹介です。


        ぞうとぼく

 ぞうはおもっているとおもう
 ぼくにはおもいもつかないことを
 はなをぶらぶらさせながら

 ぞうはきいているんだもの
 ぼくにはきこえないいろんなこえを
 いわやくもやきのねっこのこえなんかをね

 ことばをはなさないから
 ぞうとはなせないのがくやしいけれど

 ぼくはぞうにはほんとのことしかいわない
 ことばじゃなくきもちで
 あのちいさなめをみつめて

 ぞうはなんにももんくをいわない
 いつもゆっくりいきていて
 しぬときにはこわがらずしずかにしぬ

 ぞうはにんげんよりえらい


詩の読み方をわたしはしらない。
詩の奥深くにはいっていくことがなかなかできない。
だから,「簡単な」詩のほうが響いてきやすい。
でも,何回も読むとどっちがむずかしいのかよくわからなくなる。

この谷川さんの詩も,ひらがなばかりでかんたんそうだけれど
けっこうしっかり読ませられる感じがする。

句読点が使われ,余白で書き割することをしなくなったこと,とか
ことばについての深い思いもあるんだろうな。
でも,それについて考えるのはまた今度。
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by KATEK | 2007-03-30 08:19

自閉気味かな。

なにしろあったかい一日だった。

今日の発見。
・背丈が2センチにもならないくらいの,ちぃさなスミレをみつけたこと。
 周りには,カラスノエンドウやクローバーが咲いている。
 いままで,そこでスミレを見たことはないから,きっと種が落っこちたんだろう。
 うれしい落し物ってところ。
・アメリカハナミズキの葉っぱが出てきたこと。
 まだまだ個体差があって,他のハナミズキはじっとしているけれど,1本だけ
 黄緑色の新芽が出始めたのだ。
 植物にこんなに個体差があるってことは,驚きだ。
 このせっかち(?)なハナミズキは,日当たりのいいところにはえているのではなくって
 かえって,日陰の目立たないところにある。
 葉っぱがでるのが早いほうがいいとも限らないだろうし,ともかくリスクを分散
 させたいんだなと,人間としてのわたしは勝手に考えている。

ここのところ,文章がなんだかうわすべり。
何を書きたいのか,何を表したいのか,何を感じたいのか・・・

散歩にも出なくなっている。

今はじっとしていたいと,わたしのなかの誰かがいっているようだ。

宮崎駿が,次の映画作りを始めた。
その始まりを追ったドキュメンタリーをみていたとき,
宮崎氏がいったことば。
―脳の中に釣り糸をたれている。
脳の中で何かが固まって,形が出てきたら,それをひっかけることが創作につながる
ということらしい。
ぐちゃぐちゃな頭の中がふつうなんだ・・・
そう思ったら,なんだか安心した。
わたしも塊が見つかるまで待とうっと。
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by KATEK | 2007-03-29 18:44

光輝くような緑色・・・

今日の暖かさで木々の様子がだいぶ変わった。
モミジやカシの新芽がいっせいにひらいて,黄緑色が枝を飾っている。
ポッと音がしたような感じさえ受ける。
緑がはじけてとんだ・・・そんな感じ。

前にちょっと長めに入院していたことがある。
初めて一時帰宅許可がおりたのが,ちょうどユキヤナギが咲くこの頃。
朝,一刻も早くうちに戻りたくて病院を出た。
家に向かう電車の窓の外をを興奮しながらながめていた。
あの時感じた緑の輝き。
きっとずーっと忘れないだろう。
世の中の木々がこんなにきれいになるんだって知ったこと。
なんだかすごくうれしくて・・・

今日は職場の机の片付けをした。
2時間ちょい動き続けただけだけれど,とっても疲れた。
(疲れるととたんに集中力がなくなって,文章も読めなくなってしまう。
これじゃあ困るなぁ)
あれれ,なんでこんなに疲れるなかぁと思いつつ,なんとか片付け終わる。
あとすこしで新学期の始まりだ。

それにしても今国会で検討されている国民投票の法案。
いろいろなところで指摘されているが,下手をすると国民のわずか十数パーセントの
考えで世の中が大きく変わってしまうかも。
つまりそれだけの賛成で憲法「改正」が可能になってしまうということ。
これからどうなるだろう。
わたしはなにができるだろう。

彦坂諦 『9条の根っこ なぜと問うことからはじめよう』 れんが書房新社
この本で勉強しようと思う。
この彦坂さん,発想がとっても面白い。
おすすめ!
『ひとはどのようにして兵となるか』という本を学生の頃読んで以来。
まだ元気だってことがうれしくなる。

さて明日はもっと暑くなるとか。
木の芽はどう変わるかな?
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by KATEK | 2007-03-28 20:18
能登半島地震。
ニュースで見る家屋倒壊の様子だけでも,ひとりひとりの「復旧」はどんなに
大変かとなんだかため息をつきたくなる。

「50代だったら,またやりなおせる!と思えるけれど,70過ぎたらねぇ・・・
もう,どうしていいのかわからないよ。」

今のわたしでさえ,やり直しなんてできないと弱気になってしまいそうなのに。
どうやって元気を取り戻していくのだろう。

災害の程度は大きいか小さいかにかかわりなく,個人としての人間にとって
生活を再開するということは同じ負担を負うということだから,
落ち着いているように見える光景でも,さぞかし実態はたいへんなことだろう。

わたしもこの地震の揺れをわりと大きく感じるところにいたせいもあり,
いつもより気にかかる出来事に感じるのだろうか。

ところで,
わたしは松本という街が好きだ。

20年以上前から,たびたびよっている。
アジアン系の洋服店も,お気に入りの一つ。
そこで働いている人もわたし達を覚えてくれていて,
(夏は「いつも,大きなザックを背負ってやってくる二人連れ」ということで。)
いくたびにこころよくむかえてくれる。
なんだかうれしい。
(旅の途中でいつもエスニックの服を買っていくというのはへんな人かな?)

ただここ数年で,街中の様子が変わった。
お気に入りの店がなくなって,ファーストフードのお店が「でん」とでてきた。
細い路地がなくなり,きれいに舗装された道や広場ができてきた。
いいような悪いような・・・

でも,今回も民芸品店で,焼き物と(一輪挿しの小さな花瓶と,コーヒーカップ)
綿の織物(スカーフというかマフラーというか)を買ってきた。
今年も思い出の品物が増えた。
新しい街並みの中にある,昔からのお店で買ったお土産。
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by KATEK | 2007-03-27 09:49

温泉で雪見。

ちょっと出かけて温泉につかってきた。
今年雪を見たのも今回が初。
今頃温泉で雪見というのはなんだか変な気分だ。
途中で雪は雨に変わり,風がひとふきして,晴れ間が出てきた。
露天風呂で冷たい空気に触れながらも,ゆっくりするのは最高。
木が揺れ,風がスーッと動くたびに感じるここちよさ。
山に囲まれたところでの露天風呂は,この風がほんとにいいのだ。
でも,読もうと思って持っていった本は1ページも開かずじまい。
おなかいっぱいで動けない状態でだらだら。

明日から,禁欲・・・できるかなぁ。

ということで,今も満腹感と眠たさでなんだかぼーっとしたまま。
この辺で終わりにしておきましょう。

さぁ,明日はたまった洗濯物をかたづけるぞ。
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by KATEK | 2007-03-26 21:59
家の近くのさくらがいくつか花開いた。
わたしは特にさくらが好きなわけではないので
(好きなのはさくらの葉っぱの紅葉のほうなので)
日本人ならさくら,といった枕詞のようなものにはぴんとこない。
でも,さくらにしてももみじの葉っぱにしても,花が咲いたり,芽が出たりするときの
新鮮さは,とっても魅力的だ。
元気を秘めて,控えめにそっと顔を出すような感じがういういしい。

さて今日はなんだか,自分が別人のようになってしまったようで,
なんとも変な調子だ。
変わったのは食欲。
いままでだって,食べたい物はたくさんあったけれど,おなかのほうが
限界サインを出してくれたので,大した量は食べずにいられた。
けれど,今日は底なし。
いつもの2倍量は食べているのに,おなかが何のサインも出してくれない。
このからだの変化。
どうしちゃったんだろう??
一気に体重増にもっていかれたら大変。
ちびちびと減量しているのだから。
明日から調子を戻さなくっちゃね。

夕べ寝床に入りながら,ピアノの話を相方とした。
彼はちょっと弾けるし,指がよく動く。
だからわたしは「指をちゃんと動かせるようにしなくっちゃね。」といったわけ。
相方は,またわたしのことばから「修行になってるね」と押さえを入れてくれた。
「しなくっちゃ」ということばは,いらないのだ。
「したい」にしたほうがいい。
わかっちゃいるけど,ついつい・・・
なんでも,楽しんでやる気でないと,いつかどこかでつまずきそうだものね。

と,話はころころ変わるけれど,朝日新聞社の出している雑誌『論座』の1月号を
図書館から借りてきて,例の『丸山真男をひっぱたきたい』を読んでみた。

うーん。
こりゃなんといっていいのか。
この文を書いた赤木さんは31歳のフリーター。
彼の年代は,「就職氷河期」と呼ばれる時代のまっただなか,社会に
投げ出されたことになる。
それ以前にまぁそれほどの苦労もなく就職できた,わたしのような世代は
「ポストバブル期」の取り分を取っているということになりそうだ。
(赤木さんの発想からすると)

「サヨク」の人たちは批判はするけれども,赤木さんをこの生活苦から,
実際に救ってはくれないという。

生活苦か・・・

わたしも,大学を出たらすぐにも親元から離れたかったので,月給約9万円で
一人暮らしをはじめた。
それは1年間続いた。
洗濯機も冷房もカラーテレビもなし。
家財道具はもらい物ばかり。
毎週わたしの貧相な食事をみかねて,栄養のあるものを食べさせてくれたのが
今の相方。
だから,完全に9万円で暮らしたわけではないけれど,家賃約3万円を
払っての生活は,今思えば綱渡り。

赤木さんより昔のことだけれど,世の中は景気もよくって,わたしは別世界に
いるような感じだった。
でも,ひとり暮らしがうれしかった。

赤木さん。
そんなに一人暮らしがしたいなら,10万円強の月収でも,なんとかやって
みるのはどうだろうか。
余暇はネットサーフィンしたり,テレビを見たりお酒を飲んだりするだけというなら
そういう時間を別に使うこともできそうだし。

限定や断定の言い回しが身についてしまっているようで,
その辺「ゴーマニズム宣言」と口調が似ている気がする。

戦争で世の中が流動する時にだけ,自分にもチャンスが巡ってくるという
発想も,ちょっと飛躍かなぁ。
テレビゲームの世界なら傷つかずにチャンスを待てるけれど,
実際戦争というのは,いろんな意味で弱い人から死んでいくのが通例。

戦争にしか希望をみいだせない赤木さん,ちょっと悲しいかな。

親が死んだら面倒を見てくれる人がいないという発想だって,なんだか悲しい。

こうして自暴自棄になっていく人が増えるのを,お偉いさん方やお金持ちの人は
うひうひいって,待っているんだろうから。
自分の盾になってくれるんだものね。

もっといっしょに希望を語れる人がいたらいいのになぁっておもう。
いっそのこと日本を離れたっていいし。

決して今の世の中がいいとはいえない。
ひどすぎるのは確か。
でも,世の中を変えるには
自分も変えるという発想があってもいいんじゃなかろうか。

自分だけが正しいし,弱いものではあり続けないし,
また自分だけが悪いのでは決してないし。

何かをきっぱり言い切っておしまいにするのは,ちょっと待って。
ゆっくり,きょろきょろしようよ。
そして,助けてって,いろんなところに声をかけようよ。
そんな風に思うんだけど,伝わらないかな。

あしたはちょっとお休みします。
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by KATEK | 2007-03-23 21:30
ずっと行方不明だったギルバート・オサリバンのCDを見つけた。
今彼の曲を流しながらパソコンにむかっている。
いい気分。

パド・ウィメンズ・オフィスというところからでている『女性映画が面白い』2007を
ちょっと読んだ。
わたしは,横文字が苦手だったり,人の名前がおぼえられなかったりで,
ええっ,それってあの女性監督の映画だったのとか,
あの女優さんがこの映画の主人公?なんて,頭の中はおおさわぎ。

『スタンド・アップ』で,主人公を演じたシャーリーズ・セロンという人が
あの『モンスター』って映画の主人公とおなじだったなんて,おどろき!
それに『スタンド・アップ』の記事を読んでいるだけで,また泣けてきちゃった。

ポスターの
「私なんか,と何度も思った。
お前なんか,と何度も言われた。
それでも,立ち上がってみようと思った。」
このコピー。
もうこれだけで泣けてくる。
女が元気じゃなくっちゃって,自分のことを励ます気にもなってくる。

この本片手にビデオやさんを,じっくりまわろう。
ゆっくりね。

そして,われながらすごい発見。

前から楽器を演奏できるようになりたいと思っていた。
わたしの音楽歴は中学校でとまる。
ピアノを習うなんて環境になかったから,勝手に自己流でエレクトーンを
ひいていたのが中学校まで。
なにしろ,中学校で習うことまでしか知らないから,楽譜が読めない。
(小学校,分校通いだったころは,学校からアコーディオンを借りて
背中にはランドセル,おなかにはアコーディオンをもって通学していたっけ。
音を出すだけで楽しかった。)

音楽クラブの顧問になって,ファゴットをまかされたときも,音を出すだけで
せいいっぱい。なにしろ重くて肩が張ってしまって,おまけに息が続かないので
頭が痛くなってばかり。上達どころではない。

そんなやりかけばっかりで,音楽は身近になってこなかった。
もっぱら聞くだけ。

でも,ピアノを教えてもらう絶好の友人がすぐ近くにいたのだ。
彼女とはもう十年以上お付き合いをしている。
それなのに,教えてもらうことはできないと,なぜだか思い込んでいた。
でも,考えたら障害なんてない。
わたしがやる気になるかどうか,でしかなかった。

よーっし。
この不器用なわたしが,右手と左手を別々に動かして,できればサティなんか
弾けるようになったら・・・
すごい!

この新年度,一つの目標をピアノに決めた。

林光の,レッスンノートも眠ったまま。
バルトークの「ミクロコスモス」みたいな練習もいいなぁなんて
あたまのなかで想像はふくらむ。
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by KATEK | 2007-03-22 16:05

だってお彼岸だもの。

明日はお彼岸の中日。
夜と昼の時間が同じになる。
もうそんな時期に来てしまったのか,というのが実感。
最近の私は,日の光が好きで,日が長くなるというのは無条件にうれしいこと。
マンジュシャゲももう咲き始めているかしらん。

それから・・・
昨日ブログを書けなかったわけ。

お彼岸の最中ということで,デパートの食品売り場には,ぼたもち(おはぎ)とか
さくらもちが,どのお店にも並んでいるわけで。
本来は体重の減少に努めなくてはならないことは,どっかで承知はしているものの
「ここよ,ここよ」と並ぶおもちたちの誘惑に勝てなかったわたし。
夕飯はそこそこしか食べなかったけれど,このあとのお菓子でおなかは
パンパンになり動けなくなったのだった。
ブログを書くどころではなかったというお恥ずかしい実態。
でも,おいしかった!!

そんなことより大事なこと。
東京新聞によれば,都知事選の世論調査では(東京新聞の調査)
なんと石原現都知事が,一歩リードしているという。
石原氏の評価は,「評価する・どちらかといえば評価する」だけで,71.1%に
なるとも書かれている。
なにゆえ??

今,若者のホームレスが増えているという。
彼らはネットカフェなどで夜を過ごす。部屋を借りるための安定した仕事・
ある程度の賃金が見込めないから。
からだを伸ばして寝たことがここ数年ないという人もいる,
なんてことが,雨宮処凛さんのレポートなどにも報告されている。

こうした若者達は,自分のおかれている状況に対して「怒り」を感じるより先に
自分の情けなさとか,無力感でいっぱいになってしまうことが多いそうだ。

都政・今の政権に怒りさえぶつけられない「弱者」。

もっと怒りのエネルギーをためて,ちゃんとその原因にあたるところに
ぶつけていかないと。
見た目の派手さで評価するのではなくて,今までの失言の背景や高みの見物と
いう態度を批判して票にしてほしい。
「芸術の保護」「環境の保護」なんていううわすべりのことばだけに反応しないで,
食べていける・暮らしていける社会を求めなくっちゃ。

新しい東京都政の実現を願う。
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by KATEK | 2007-03-20 07:51
ここのところ,立て続けにちょっと古めの邦画をみている。
『白い巨塔』『楢山節考』『人間の条件』

『人間の条件』はまだ一部しかみていない。
学生生活も終わりだというころ,一気に読んだこの原作。
主人公の梶という名前ははっきり覚えている。
もう本は捨ててしまったのだが,いまさらながらまた読みたくなってきた。

それにしても,一世代前の脚本や俳優が輝いて見えるのはなぜだろう。
古いからいいというわけではない。
でも,たとえ台詞回しはへただったりおおげさだったりすることもあるけれど,
人間自体が地に足をつけてしゃべっている感じがするのだ。

『ラストエンペラー』という映画の主人公になった役者さん(名前が出ない)の
顔が,最近の日本人にはないりりしいものだと思ったのと同じ。
なんだか,きっぱりしているんだよなぁ。

それに,日本人ははっきりしたことを言わないとか,自己主張がへただと
時に言うこともあるけれど,これは間違いだって思えてくる。

『人間の条件』にしても『白い巨塔』にしても,かなり対立した意見をはっきり
語っており,違うところは違うと言いあう場面が多い。
近年ドラマになった『白い巨塔』は,人間の内面を深く描いたといえば
きこえはいいけれど,逡巡するところは中途半端だったし,馴れ合い感が
強く打ち出されすぎていたように思う。

人間が負う責任というのが,一昔前はもっとはっきりしていたのかしらん・・・
古い世代がいいとばかりはいえないけれど,
そして昔に返れともいわないけれど,
たちどまり,振り返って,今の時代を相対化してみるのも大事だと思う。

わたしははっきりものが言えない人だから,
映画のようにあるいは現実の世界でも,はっきりものがいえる人のことを
尊敬してしまう。
断定ではなく,あくまで持論だがというところできっぱりものをいえるように
いろんな意味での体力をつけていきたいものだ。

と,思ったのでした。
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by KATEK | 2007-03-18 07:19