日常って、微妙な差異こそ大事かなと思います。


by KATEK
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<   2007年 01月 ( 28 )   > この月の画像一覧

日本のアロマテラピー

卒業式を思い出させるような春のにおいがした。
まだまだほんとの春は先なのに。

紅梅・白梅が咲き出して,その香りがふわーとする。
裏のほうで沈丁花の匂いも混ざっているような・・・

アロマテラピーって,今はやっているけれど,外の世界にでれば
もうそこはいろんな自然の匂いがあって,
(きちんと春のにおいがあって)
それこそがもうすでにアロマテラピーだ,
そう感じる。

イギリスでラベンダーやカミツレの匂いが昔からまわりにあふれていたから
きっとそれらは,からだに効用をもたらすのであって,
子どもの頃からの自然の匂いが豊富であれば,
その時にかいだにおいが,からだにいいのだろう。

だから,日本では梅の花や,沈丁花,くちなし,金木犀などの
香りがもたらすものをもっと調べてみたらいいのでは,と思ったりする。
草いきれだってそうだし,稲の香りも同じこと。
土の匂いもそうだ。
日本独特のアロマテラピーもあっていいような気がする。

また明日から寒くなりそうだけれど,これからは春の香りにさそわれて
外に出たくなる日が増えそうだ。

例の『華麗なる一族』は一気に読んでしまった。
わたしったら,すぐ涙が出てきちゃって・・・
なんて単純な・・・

今度は読みかけの本を再開。
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by KATEK | 2007-01-31 21:49
「女は産む機械」(装置といっても道具といっても,役目といってもいい)
こういう考え方は,ずっと続いているもので,ジェンダーバッシングが
続いてきた最近なら,そのくらい言うだろうよと,肩を落として考えてしまう。
民主党のおえらいさんたちが,人権の問題だっていっているのも,
しらじらしい。

フェミニズムの運動っていったいなんだったんだろう?
わたしにとっても,もう一度考え直さなければならない問題だ。
わたしの敵は一時期「男性」「男性性」であったのだから。
「おんならしく」と育てられ,失ったものがわたしには大きすぎた。
だからこそ,これからみつめていかなくちゃ。

昨日DVDで 『スタンド アップ』 をみたばかり。

夫の暴力から逃げるため,子どもをつれて家を出てきた女性が主人公。
彼女は男性ばかりの職場「鉱山」で働くことになる。
女性へのたびかさなる執拗な嫌がらせ。
もちろん性的嫌がらせ。
そのひどさにがまんできなくなった彼女は,自分を隠さず,男性と闘う。
他の女性は,嫌がらせがもっとひどくなるのをさけたいがため,
彼女を仲間として受け入れなくなる。
そして,最後の彼女がとった措置が,訴訟。
訴訟が成り立つまでの経緯と訴訟自体が,それぞれのドラマだ。

わたしは,最後の場面でぼろぼろ泣いてしまった。

こうやって女性の「権利」は認められてきたのだ。
勇気ある女性と男性との力で。

女であることだけで感じてしまうある感情。
それは,女性一人ひとり違うものだろうけれど,わたしにとっては
生きていく中であまりにも大きい部分を占めている。
強がらなくては生きてこられなかった自分のゆがんだ感情。
いまそこから,フリーになろうとしているところ。

男性の多くが,女性の負わなくていい感情を理解するのは難しいだろう。

でも,今回の厚労省の大臣の発言は
「生めよ,増やせよ」といってきた戦争のプロパガンダそのものだから,
とってもわかりやすい差別感。
こんなところで,男性陣が熱くなっているのが,なんだかこっけいに
思えてしまう。
もちろん批判はすべきだろうけれど。
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by KATEK | 2007-01-30 21:27
ここ2日。
山崎豊子『華麗なる一族』にはまってしまっている。

テレビと映画と小説をセットにして売り出す方法が,本格的になったのは
渡辺淳一(こんな漢字?)の,『失楽園』からだったように思う。
まるで,電通の売り上げ戦略みたいだと思って,とお目にしていたのも
少しの間で,わたしのほうから,原作と映画やドラマを一緒に読むことを
すすんでするようになってしまった。
あぁ,なんて「いい消費者なんだろう」と苦笑いしつつ。

今では本売り場でも,ドラマ化とか映画化とかいうコーナーを設けるほど。
ということは,世間の関心が一手に集まるということで,文学界が
広がるということでもないのだろう。

それにしても,読みすすめるうちに出てくるこのドラマと原作との違い。
ドラマで放映されたところよりも先まで読みすすめると,原作のほうが
だんぜんいい。
緊迫感が原作にはある。
主人公の鉄平は,「精悍な顔をした」という表現が
(ちょっとこれは一本調子過ぎだが)
何度も繰り返される。

木村拓也は,いつもズボンに手を突っ込んでばかり。
製鉄所の労働者達を一声でまとめあげられるような人望や気力が
いまひとつ感じられない。

今日本の俳優,30代の男性で「精悍な顔」つきをした人といったら
誰になるんだろう?
わたしには思い浮かばなくて・・・
日本人そのものが,全体にぼやけているのかしらん・・・

それから,銀行再編の裏でうごく政治と金,人脈,官僚。
こういった人たちの複雑な関係に,のんきなわたしはついていけない。
ことばにしないことばで人は動く。
わたしは,いのししみたいにしか動けないからなぁ。
(いのししというより,もっと未熟なウリボウか・・・)

文学にしては単純と思える山崎豊子の作品だけれど,読み始めて
アクセルがかかるととまらないわたしの性格。
人の心理が描けていないなどと文句を言いながら,よくやるよ。

ちゃんと読まなくちゃと思う本はすぐあとまわしになってしまう。
生徒と一緒。
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by KATEK | 2007-01-28 22:24

以前の色

片づけをしていたら,画用紙が出てきました。
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以前,気分転換に「色塗り」をしてから寝ていました。
最初の1年目は色鉛筆で。
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次の年は,シュタイナーの絵の描きかたを真似て。
これは,画用紙を水でたっぷりぬらして,赤・青・黄色の3色の絵の具を
つかいます。
絵の具も水で薄めて描くんです。
でも,シュタイナーの目指すところとはぜんぜん違うでしょうから,単に
気休め。

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by KATEK | 2007-01-27 21:36

わたしに色がない

今日になって初めて,気にかかっていた木の名前がわかった。
サンゴジュ。
基本は常緑樹だけれど,いろんな赤が葉っぱに混じりこんでいる。
こんなにも,いろんなパターンをこの葉はつくるんだといつも感心していたから。

紅梅も日を浴びて,あたりをほんのり赤くしている。

樹や花をみるのはいい。

さて,通常国会の幕開け。
安倍総理の施政方針演説。
「美しい」ということばが普通につかえなくなりそうな気分だ。
利権やいろんなお金にまみれた政治に,関係ないよというようなことばの羅列。
憲法のことだって,教育のことだって,理念はどこにあるのか。
みんな言葉遊びしているよう。

ことばってもっと違うものだったんじゃないだろうか。

言霊ということばがあるように,そこに名前やことばをあてたときにうまれる
かたち。いのち。

今のわたしの中からはどんどんことばが消えていっているようだ。
ことばのない生活の中で,浮かんで生きているよう。
(本を読んでそこから何かを感じると言うのはまた別のこと)
今のわたしの心やからだは,何をいいたいのか探そうと思っても
何も浮かんでこない。
からだの反応はあるし,それに理屈はつけられるけれど,
でもなぜ「疲れて」いるらしいのか,わからない。
今,こんな色の服が着たいとか,こんな色の何かを作りたいとか
そんな気持ちがどこかにいってしまった。
たぶん,待つしかないのだろう。
わたしの中に湧き出てくる感情を。
理屈じゃなく,わたしにぴったりのことばや色や気持ち。
待ってるよ。

あっ,そうそう。
民法の772条。300日規定。子どもの戸籍の問題が浮上してきていること。
これはなんだか気になる。
子どもに戸籍がないことの問題は,南米やアジアから働きに来ている
「不法滞在者」にとっては今までも大問題だった。
つまりは,戸籍に頼らなければ保障もないし,生きていけないってことが
おかしいんだと思う。
再婚して好きな人の戸籍に子どもを入れたいということって,
どこか問題がすり替わってしまっているようで・・・

アメリカでは親権問題は,訴訟の中の半分を占めるくらいになっているという。
親権の問題は,体外受精のことや他の事柄とも結びついてくる。

戸籍の廃止と,親権問題と別にして考えていかなくてはならない時期に
きているんじゃないだろうか。
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by KATEK | 2007-01-26 22:37

どうでもいいこと。

人間の細胞って,毎日「死んで」いくものと「生まれる」ものがあるんだ
時々そんなことをふっと思う。
6ヶ月で,細胞は全部入れ替わるんだったっけ。(3ヶ月?)
でも,どの細胞もわたしの遺伝子を受け継いで,わたしがわたしでなくなること
はない。
そしてわたし自身は,人間が生まれるまで何億年かかって進化してきた道を,
あっという間,1年もしないでたどって生まれてきている。

夜に,そんなことを考えながら横になる。

人間は存在自体が奇跡だらけのものなんだ。

高校生の頃,かなり無知だったわたしは,この世の中に「社会問題」が
なくなれば,たとえばアパルトヘイトがなくなれば,わたしのすることがなくなって
生きる意味がなくなっちゃうなぁなんて思ってた。

社会にどんな問題があるのかすらわかっていなかったわたし。
それらが構造的なもので,わたしという人間のなせることは,ミクロの世界
でのことでしかない,ということがわかり始めてから,なんだか自分の無力感
ばかり感じる癖がついてきたように思う。

でも,今日は何にもする力の湧かない私に,わたし自身はやさしかった。
無理にからだを動かさなくてもいいんだよ。
無理に考えなくていいんだよ。
なにもしなくていいんだよ。
そう自分にいってあげられた。

こんなこと書いても,「情報」の価値なんてないだろう。
でも,こんなこと感じてゆっくりできる自分が,今生きるのがキツイ人に
とって,大事なのかなと思ったりもする。

いつかまた,わたしの窓は開けるはず。
それを,すこしづつ確信する道に,わたしはいる。
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by KATEK | 2007-01-25 21:21
あんまり不二家のことがでてきたので,どうしてもプリンが食べたくなって
しまった。昨日の夜中から。
相方は,「自分で作れば」というのだが,そこまでの気力なし。
とうとう買ってきてしまった。1個だけ。

それはそうと,教育再生会議,ばからしいけれど,あの内容で
上意下達でやってきたらたまらない。

いじめた子をどうやって断定するのかなんて,きわめて難しい問題。
手を出したほうがいじめた側,なんて簡単な図式はなりたたないから。
「出席停止」というのは,後々記録に残るもの。
出席停止中のケアは誰がどうするんだろう?
今や,保護者にずっと子供について世話をしてほしいなんて,いえる
環境にないから。
出席停止は指導放棄にならないなんて,よくいってくれます。ホント。
子どもとの関係ギクシャクしていくだろうな。

ところで,ミーハーなわたしは『華麗なる一族』読み始めてしまった。
原作とドラマはつじつまはあっているけれどってところかしらん。
原作を早く読んでおいたほうが,イメージが固まらないでいいようだ。
おまけに,『沈まぬ太陽』にまで手をつけている。
どちらかといえば,『沈まぬ太陽』のほうがわたしの好み。
ANAという企業と,その労組の先頭に立った主人公とのたたかい。

山崎豊子さんの文章ってたしかにおもしろいし,読みすすめやすいけれど
どこか心理描写がものたりない。
人間が一本調子。
そんなんにかっこいい人間,貫徹している人間なんていないから
だから,その複雑さを小説に求めるんだけどなぁ・・・
『華麗なる一族』の主人公,鉄平は,何を思って自殺するのか,
早く読みすすめたい。

ある人のブログに,「死によって結末を描くのはやめてほしい。
もっと他のいき方もあるはず。」というコメントが書いてあった。
そうなのかもしれない。

最後に 安水稔和  『生きているということ』  編集工房ノアより

     痛い

 温度差ということばが
 かなしい。

 想像力ということばが
 つらい。

 ふたたびの春が
 つらい。



    花なんか

 花なんかと
 おもっていましたが

 お花っていいですね
 きれいですねと言う人。


この詩集は震災詩集。
阪神淡路大震災のとき,当事者だった安水さんが
地震後,4年たって出した詩集。
長い詩は,もっときちんと読まなくちゃここにも紹介できないから
わたしにも,なんとかわかる詩を紹介しました。
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by KATEK | 2007-01-24 21:51
不二家の不祥事。
納豆の効果について,嘘の情報を流したこと。
ここ数日はこんな話題で,もちきりだ。

だいたい食べ物が本来の食べ物として扱われていないことが問題だって
気がしているんだけど・・・

いまとなっては不二家はどこにいってもある「工業製品」になってしまったし,
納豆は健康食としてあるいは文化として語るんではなくって,
ダイエット効果で,注目させようというんだから,なんだかおかしい。

わたしにとっての不二家は,幼い頃の甘い思い出につながっている。
きちんと焼いた陶器の中にはいった不二家のプリン。
これは憧れの的だった。
田舎暮らしのわたしだから,たまーに街中に連れて行ってもらって
プリンアラモードを食べさせてもらえる時の,あの感動。
母が忙しくて,その日のお出かけ中止,となると,わたしは押入れに閉じこもり
悔しさを行動で示したりした。
(昔から食い意地が張っていたてこと)

でも,今のプリンやケーキにはあの頃の味は残っていない。
なにしろ,賞味期限切れのものを使っているっていったって,今は卵さえ
冷蔵庫ではなかなか腐らないものになってしまっている。
みんな,人工的につくれれた賞味期限。
どこまでいいのか悪いのか,人間の感覚として,もう麻痺していると
思えてしまう。

納豆だって,昔から地元で作られた大豆をきちんと使って食べるんだったら
いいんだけれど,大豆はほとんどが輸入に頼っていることとか,
遺伝子組み換えのこととか,社会的に問題にしていかなくてはいけないことを
すっとばして,ダイエット,なんだものね。

今の日本は水だって空気だって汚染されているから,完全に安全な
食べ物なんかないといわれている。
よりベターかどうかの問題。

そんな中で槌田さんという科学者は,リスク分散を唱えている。
水俣もそうだった。
新鮮なはずの魚をそればかり毎日食べ続けたがゆえに,漁民に発生したのが
水俣病。
工場に勤務していたり,役所づとめをすることのできた「富裕」階層の人たちも
水俣の魚は食べたけれども,他のものも食べていたから,基準値を
超えなかっただけの話。

同じものを食べ続ければ,重金属や化学物質は偏ってたまっていく。
だから,危険であっても,いろんなものを食べることで,リスク分散するしか
ないのだ。
それはまったく,資産運用の話と一緒。

話がわきにそれてきちゃったけれど,
不二家の責任追及はあって当然だし,しなくちゃいけないことだ。
でも,問題はそれだけじゃなくて,今の食全体のあり方も考えとかなきゃな
ってところにある,そう思った。

いつもながら徒然なる話・・・
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by KATEK | 2007-01-23 20:50

天安門とtenanmon

やっとパソコンの字を見ても大丈夫になったのだ。
この3日間,頭が痛いのってきたら・・・

偏頭痛と緊張性頭痛のまざったものだということは,病院で調べてもらって
わかっているのだけれど,じゃあどうすればいいのか,
そこのところがちっともわからない。
だから頭痛薬の依存症気味。

ただこの3日間は,何も効かなくて,ただ寝るだけ。
文字や音がきついから,寝てるしかない。

でも,昨日はひとつだけ,NHKスペシャルをみた。
グーグルの世界制覇の夢。
情報を,個人の側が与えることで,個人が快適な生活を送れるようになるとの
グーグルの関係者はいう。
でも,それはグーグルの中だけで世界が完結するという恐ろしさで
しかないと,わたしは思っている。

一番印象に残ったのは,「天安門」と入力して画像で検索する場合と,
「tenanmon」と入力する場合とで,検索結果がまったく違うと言うこと。
「天安門」だと,観光向きのものしかでない。
天安門事件にはたどり着きにくくなっているのだ。
これは完全なる検閲。

グーグルの検索で5位にはいるように,企業がさまざまな(ルール違反
に近いことまで)ことをやっていること。
売り上げ第一の社会にとってそれがいまや,おおごとなのだ。

さて,またずっきんずっきんと頭痛がはじまると怖いので,
この辺でおしまい。
エクサさん。もりゆさん。pianocraftさん。hanaさん。
お返事もう少し待ってくださいね。

それからhanaさんのブログの紹介を消しました。
寂しいけど。
hanaさんとは,どこかでつながっているって感じを大切にしたいと
思っています。
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by KATEK | 2007-01-22 20:46

胸を開こう

今日は,なんとなくマンガ『猫楠』の気分。
水木しげるが書いたこのマンガ。副題は「南方熊楠の生涯」
革命的というイメージの強い社会的にもすごい人,
そんなイメージがどっと崩れる。
でもそこがいいんだろう。

あぁ・・・
片付けはぼちぼち進むけれど,
なんかからだとか気持ちがいまひとつだ。

小学生のころしていたキャッチボールやバドミントン・ドッジボールの
気持ちよさを思い出した。
胸を開いてそこから力をだすスポーツ。
胸を開くことと,腕の力をつけることが,気持ちよさにつながるかな。

なんだか今日の天気のように,ふさがった気分。
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by KATEK | 2007-01-20 20:26