日常って、微妙な差異こそ大事かなと思います。


by KATEK
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茨木のり子 現代詩手帳

今月の現代詩手帳は,茨木のり子の追悼特集。

・・・自分の感受性くらい
  自分で守れ
  ばかものよ

ということばで終わる彼女の詩に出会ったときは圧倒された。
茨木のり子は現代女性詩の長女といわれるという。
わたしは彼女の詩を何篇かしか読んでいない。
石垣りんのほうが,手にとることが多かった。
でも,今は,茨木のり子の詩を読んでみたいと強く思う。

そういえば,「わたしが一番きれいだったとき」を読んだときも
かなり印象が強かった。

ブログをよく読みにいく松下育男さんは,彼女の詩を
「国語辞典に載っている言葉だけで書かれた」特別な詩だと
評価している。
それはとてもすごいことだと思う。

ゆっくり読んでいこう。

朝からとりかかっていた本は,三原弟平『カフカ 断食芸人 <わたし>
のこと』みすず書房。
『断食芸人』というカフカの短編を解読していく本。
カフカはもう時代とは無関係の人のようにあつかわれているが
なぜかわたしには,気になる小説家だ。

でも,本を読むことも,ちょっとストップしたほうがいいのかなとも思う
この頃。

おととい「前頭葉ばかり使いすぎ」といわれた。
前頭葉が働いているときには,わたしの心はでてきにくい。
心を感じるには,からだ全体で思いをはせなければ。
わたしの過去とわたしの将来のことをイメージしてみること。
気持ちのよかったことと,うまくいっている将来の自分のその瞬間の
イメージ。
時間をかけなければでてこない。

曼荼羅の塗り絵(本屋で平積みになってます)でもしようかな。
ウォーミングアップに・・・

そうだ。
松下育男さんのブログ,お気に入りに入れておきます。
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by KATEK | 2006-03-31 15:45

槙原敬之のヨイトマケ

今日は朝からカーペンターズ。
春には心地よいカレンの透き通った声。

ゆうべ,槙原敬之(?)の歌についての番組をやっていた。
彼が『ヨイトマケ』の歌を歌っているというhanaさんからの情報が
あったので,槙原というシンガーはなにもの?と気になっていたのだ。

彼は,中学校の頃から歌っていたそうだ。
高校生になって送った曲に,坂本龍一が高い評価をだして
がぜんはりきる。
彼のとって当時のYMOというグループは目指すもののひとつで
あったから。
このとき,音楽にある秩序・理論をまなんだという。

次に目覚めたのは,カーペンターズのカレンの声。
歌うことの美しさを知った。

それから,槙原の出す音楽は売れに売れた。

でも次には空っぽになった自分を見つけ,覚せい剤所持で逮捕
される。

そして今につながる第三の影響は,ヨイトマケからだったのだそうだ。
歌に,自分の歌いたいことをいれる。
ラブソングだけではなしに。

ふーん。
やっぱり枯れることってあるんだな。
そして出会いがまたあるんだな。
彼のヨイトマケは,かっこだけじゃなかったんだ。

わたしも,今は空っぽに近い自分がいる。
たまっているエネルギーはたぶん1割くらい。
これから,何らかの出会いを経験するんだ。
きっと。
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by KATEK | 2006-03-30 08:33

私は他人指向型人間

このブログ上でいままでいっぱい,いろんな人からアドバイスを
もらって,私自身もああしよう・こうしようと書いてきた。

でも,有言実行はなかなか難しい。

甘いもの食べてしまう癖をなくすために,もりゆさんから
「食べないでいたご褒美に,花のブーケを買う」という提案を
いただいたのに,今だに甘いものからバイバイできないし。

今日は,わたしの癖をテーマに話をした。
わたしって,決定的に『他人指向』型人間。
他人の評価を見て,自分の行動を決定する癖がぬけない。

それとわたしの癖は,自分のことと社会のことを,ポーンと離れて
いることなのに,いっしょくたにして,社会の「せいにする」こと。

たとえば,仕事を休むことを,「悪」だと一直線で考えてしまうこともそう。
「なぜそう思うんですか」と問われた。
同僚がとか世間がとか,実体のないところに理由を求めてしまって,
自分で道をふさいでしまっていることがわかる。

「もっと自分の気持ちをよく掘り起こして。人間の気持ちってもっと
複雑なものよ。」
といわれそのとおりと思いはするが,じゃぁなに?といってもでてこない。

明日は自分の心の地図を書いてみよう。
できるかな?
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by KATEK | 2006-03-29 19:15
今日は東京の千鳥が渕の桜が満開になったそうだ。
あっという間のこと。

太陽の出ている時間も長くなってきている。

どんどん日ばかりが長くなり,花もいっせいに咲き
気持ちはそのスピードについていけない。
だから春は若者にたとえられるのだろうけれど。
もう少し待ってよといいたくなるのは私だけだろうか。

学校にいって机の移動・片付けをしてきた。
桜の季節だからだろうか。
学校のにおいを感じてハッとした。
校舎の床の光の反射を見て,ハッと思った。
はやく授業がしたいと,強く感じたのだ。
われながら,びっくり。
自信のなさのほうが先にたっていたのに,このやる気は何?

やっぱり私は学校で仕事をするのが一番なのかもしれない。
不思議な気分だけれど。
あんなに嫌だった担任にさえなりたくなっている。
「傷」がいえてきたのだろうか。
そうだとうれしい。

早くからだを治して,という希望が湧いてきた。

もしかしたら桜に酔ってしまったのだろうか・・・
それでもいい。

soroさんのおかげもあるだろう。
ありがとうございました。あたたかいコメントをいただいて。
なぜか学校であった同僚にもさりげなくあたたかいものを感じた。
あぁ,わたしはなんと恵まれていることか。

ただ職場全体,日本の学校というものはどんどん効率の名の
もとで,経済の論理で動き始めている。
この息苦しさからは逃れられない。

自分の足場と居場所をしっかり確保したいと思う。

渋谷望『魂の労働 ネオリベラリズムの権力論』青土社
荒川洋治『世に出ないことば』みすず書房
を借りてきた。
今週はビデオより読書にするつもり。
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by KATEK | 2006-03-28 18:43

みかん色のヒヤシンス

からだの調子がいまひとつなので,なかなか映画をみに
行く気になれないので,ここのところ,DVDかビデオばっかりです。

今日は,『ノー・マンズ・ランド』をみました。
ボスニア兵とセルビア兵が,ひょんなことで,両軍の中間地帯で
出会い,一時は気を許しあいながらも,結局おたがいを死に追いやる
ことになってしまうという,映画。
これだけじゃわかりませんね。
詳しくは以下をご覧になってください。
http://www.bitters.co.jp/noman/kaisetu.html
映画を見ているとすぐに眠たくなってしまうわたしですが,
この映画はブラックユーモア(?)あふれる作品。
なぜ民族紛争がおこるのか考えろと突きつけてもくるものでもあって,
一気にみてしまいました。

人間というのは簡単に和解もできるのに,お互い言い合いばかりだと
何も築けない動物なんですね。
こんなに簡単に言ってしまってはいけないのかもしれませんが。

ツチ族とフツ族のあの虐殺だって,ラジオがきっかけになって,
今まで一緒に暮らしていた家族が,ばらばらにされてしまったうえに
殺し合いまで始まってしまいました。

戦争は簡単におこせるけれど,平和を維持するのはむずかしいこと
と,何かに書いてありました。

話は変わりますが,ベランダのヒヤシンス,とうとうみかん色の球根から
花が咲きました。
かわいいんです。とっても。
ヒヤシンスの香りはけっこう強くて,何かに効能があったんですが・・・
忘れてしまいました。
でもいいにおいと思えば,それで十分です。

そして今日気づいたのですが,家のまわりにも,ひょろっとした
白モクレンが3本も植わっていました。
やっと開花したのでわかりました。
よく見ると白モクレンって本当に淑女って感じ。
素敵な花です。
hanaさんが一番お好きな花だと,おっしゃっていたのがよくわかった
気がします。
何年かしたら,もうちょっと見栄えがよくなって,すぐにモクレンだと
わかるようになるでしょう。
待つのも楽しみです。
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by KATEK | 2006-03-27 18:20
森達也さんの書いた『ドキュメンタリーは嘘をつく』を,
ドキュメンタリーにした番組を見ました。

森さんは『A』とか『A2』とか,オウム真理教のことをとりあげた
映画を撮って,だんだん名前が知られるようになってきた人です。

ドキュメンタリーをドキュメンタリーにするという入れ子の構造が
私は最初わからなくて,ずっとだまされてみていました。

いろいろなドキュメンタリー作家や映画監督,プロデューサーに
ドキュメンタリーについてインタヴューしているところ事体は
結局,「自分の切り取り方で作られていくのであって,真実を
とろうとなんかはしていない」という定番の答えで
ふーんとみていたのです。

そのうち森達也さんが,インタヴュー中に自分のケータイにかかってきた
用事をうけて,「ちょっとごめん。大事な用ができて俺これで帰るから。」
などと言い出し,だんだん険悪な状態が映し出されていくようになると
わたしったら,「なんてやつだ」と本気で思い込み・・・
ラストになって,配役が字幕で示され,(実はこの番組は森達也さん自身
が森達也さんの役を演じた作品であるということがわかるまで,)
だまされ続けました。

私は本当にだまされやすい人なんです。
困った・困った。

これでは今の社会にたちうちできません。

ということを今まで以上に知らされました。


今日の読書は西原博史『良心の自由と子どもたち』岩波新書 です。
これも読みやすい本で朝からで読み終わりました。

(そういえば,ずっと前から読み始めていた『神への告発』は,昨日
やっと読み終えました。重度脳性麻痺である作者の自伝です)

「国歌斉唱」「国旗掲揚」という「行為」が強制されることの問題を
もっと根本から,(思想の自由というところから)解説しています。

「国民の教育権」と言う考え方が当然だと思ってきた私は
ここでまた,自分の無知を知りました。

「国民の教育権」と言う発想は,もともと親にある教育の権利を
専門家である教員に信託するというものです。
ここで国家の介入をふせぐという考えとつながってきます。
でも,民主主義が絶対だとか,政治参加が絶対必要だとかいった
考え方を押し付けるのは,教員がやろうと,国家がやろうと
同じではないかというのが,西原さんの意見です。

わたしは「国民の教育権」こそ大事という考えで出発しましたから
教員の押し付けという面に,焦点を当てた考え方を言語化して
いるという点で,西原さんの文章は新鮮でした。

いかにして子どもの良心の自由,思想の自由を確保するか
ということが問題であって,それは親といえども限界がある。
でも,そこにしか,とりではないといいます。

教員は,いかにして問題提起をしていくかというところに専門性がある
というところには相づちを打ちました。
イデオロギー的教化を行うなら,それは国家であろうと,教員であろうと
同じことだと。(さっきかいたばかりですが。)

山田ズーニーさんもいっていたとおり,「いい問い」を発することが
わたしにとっての課題です。
そうすることで,「教えていく」ことにつなげていく,
これは難しいですがやりがいのあることだと思います。

あとは,もっと自分の頭で考えられる人になるということが
わたしにとって大問題です。
だまされず,ちょっと距離を置いて物事がみられるように。

この本についてはYOUさんもブログで取り上げています。
YOUさんの読んだ別の本も今度読もうと思います。
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by KATEK | 2006-03-26 17:09

森に行った

すごいHP見つけました。
写真家の撮った,世界各地の森の姿。
みていたら,気分が晴れてきました。
必見です。
http://www.forests-forever.com/

それから,昨日書いた詩のこと。
とりあえず,みつかったので,紹介します。
1990年の『差別とたたかう文化』 同時代を撃つ南アフリカの文化
という雑誌からの引用です。




    ちがうと言おう     グシナ・ムショぺ

 ちがうと言おう 黒い女なら
 ちがうと
 やつらが職のないあなたの息子を
 ちんぴらと言ったら
 ちがうと言おう・・・
 やつらが
 60になるあなたのつれあいを
 boy(おまえ)と言ったら
 ちがうと言おう・・・
 やつらが
 あなたの娘を
 拘禁し強姦したあげくに
 淫売と言ったら
 ちがうと言おう・・・
 やつらが
 あなたの白人の男の仲間を
 Baas(ご主人様)と言ったら
 ちがうと言おう・・・
 やつらが労働組合員を
 テロリストと言ったら
 ちがうと言おう・・・
 そう黒い女なら
 大声でちがうと


            山田裕康訳

わたしは違う訳で読んだときの方が,しっくりきたのですが
おおよそは一緒です。
この,ムショぺは有名ですが,南アフリカで活躍した女性は
もっとたくさんいます。
女達が強かった。
当時,ものすごく力をもらったようにに覚えています。

みなさんはいかがですか?
南アフリカの女性の声を聴いて・・・
差別は,制度がなくなっても続いています。
 
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by KATEK | 2006-03-25 06:15

また考えた。

またまた,ふっと思ったことを書いちゃいます。

わたしの文章が何だかしっくりこないと,自分自身で思ったのは
なぜかってまた考えていました。

たとえば,自分の楽しいと思ったこととかうれしかったことって
人を批判せずに前向きに書けるかなと思ったり。

怒りも時に共感を呼びますよね。

前によく好きな詩としてあげていた,南アフリカの女性詩人の作品の
ひとつに『違うといおう』(だったかな)という題名の詩があります。
アパルトヘイトのもとで,虐げられているアフリカの人々に
「主人」や「雇い主」にこびへつらうなというメッセージがこめられたもの
でした。
あの頃,人間にとって大事なのは怒りだと考えていたので,
彼女の詩はすごく響きました。
(本を見つけたらそのうち紹介します)

自分自身で納得できる文章が書けたら,きっと仕事だってうまくいく
なんて思っちゃいます。
だから,納得できる文章が書きたい。

話は変わりますが,京の毎日新聞のべた記事に,
日本は原発の設置にかかる費用を,(先進国向けに),融資する
と決めたなんてありました。

こういう記事は,今の中心的な話題から外れてしまいますが,
本当はみんなで共有したい話題です。

話題の発掘も大事ですね。

と,注射のおかげで更年期障害がはっきりしてきて,汗だくの状態に
なっているのですが,書いてみました。
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by KATEK | 2006-03-24 20:36

昨日考えたこと。

今日2度目。

最近,何だかブログの文章が気に食わない,と感じていた。
久々にからだを動かしたら,その訳がぱっと浮かんだ。
(単に歩いたり,自転車こぎしたりということは,実はすごいことって
思う。)

わたしって,この頃,ただ心象風景を書くようになってしまっている
ようで,いいかえれば=人にわかってもらえる文章を書くということを
忘れていた。

職業教育なんていったって全然具体性ないもの。

そこで,せっかく読んだ熊沢さんの本の中で
何にわたしが反応したか,そこを書いておこうと思う。

『若者が働くとき』という本の副題に
―「使い捨てられ」も「燃えつき」もせず―とある。

そうなのだ。
今の労働は,両極端になっているのが現状だということ。
長時間で密度の高い労働をしいられるか,
派遣労働やアルバイト・パートのように,それだけでは生活できない
ものになっているかのどちらか。

高校生にもなると,アルバイト経験者はかなり多数を占めるから
労働現場の厳しさを感じてしまう。
店長の忙しい仕事ぶりを見たら,自分は耐えられないと
すぐ手をあげてしまうことも,さもあらんだ。
つまり,教員の知らない実態を彼らのほうが,知っているかも
しれないということ。

それなのに,高みからフリーターになるのは辞めなさいという
「指導」が学校では入る。
もちろん「君のためにならないよ。」と。
生徒は,聞く耳をもたなくても当然かもしれない。

それに,社会にでて生き延びる手立てを学校は教えない。
個性を発揮するようにとか,自分にどんな仕事があっているか
よく考えなさいとはいうが,自分の適性なんかわかるはずがないのだ。

自分探しと称して,働けなくなってしまう若者に,
仕事の中にある喜びの種類を投げかけてあげることが大事。
単調労働でも,働く仲間がいることで仕事に喜びをみいだすことも
あるだろう。
また,他人のためになる仕事というものがあること,そこに
生きがいが見つけられるかもしれないということを伝えること。
それを具体例で示すことに意味があるかもしれない。

協同して働くということに,喜びと必要性があることは,
労働組合やギルド・協会の歴史などを伝えることで示せるかもしれない。

ニート批判やフリーター批判をしても,いまや力にはならない。
今の労働組合のやり方を踏襲することも限界がある。
けれど,たとえば,コミュニティ・ユニオンの存在を知らせることだけでも
生きる力になるかもしれない。
そんな,生きる力(文科省のいうものとは同じではない)を
どう提示できるかが,私に課せられた課題だ。

熊沢さんの
>社会と出会うことなしに私たちは自己に出会うことはできないのです。
ということばを,頭にとどめよう。

ところで,待ちに待った,両親からの葉書(返事)が届いた。
ありがたいことだ。
でも,書くということにこれだけ抵抗感があるとは,考えてもみなかった。
親の書く気持ちを高めることができれば,
生徒にもわたしのことばが伝わるようになるかな。

うーん。ここまで書いたものの
いつもとあんまり代わりばえしない文章だな。
こりゃいかん。
山田ズーニーさんがいっていたけど,批判することは自分をいつの
間にか,高いところにおいてしまうことになりやすい。
説教も同じ。
だから,そうじゃない書き方をしたいと思っている。
でも,どうすればいいんだろう。

だいたい,わたしの文章は「~かもしれない」ばかりだ。
こわごわ書いているってこと?
何だか変だ。

わたしの文章について,気になることがあったら
教えてください。
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by KATEK | 2006-03-24 17:36
そういえば,春は黄色が目だつ季節だ。

昨日はミモザの木,今朝はヒイラギの黄色い花を見つけた。
最初は,エニシダの黄色かと思ったら,ミモザの黄色いぽんぽんの
ような花だった。

ミモザ。
なんかおしゃれな響き。
和名ではなんというのだろう。

今日も風が強い。
「疾風怒濤」の季節。
青年期を表す言葉と重なる。
この歳になると(まだまだ若いけど?),強い風はちょっとごめんだ。
外にでたくなくなる。
気圧が大きく変化しているから風も強くなるのだとすれば・・・
変化に耐えられなくなってきたということかもしれない。

昨日読んだ,熊沢誠さんの本。
私に若い頃の夢を思い出させてくれた。

そう。
わたしは,教員になるか,労働基準監督署に勤めるか
迷っていたんだっけ。
働くことを考え,なるべく働くことに意味を与えたい
そのための仕事をしたいと。

だから,職業教育の分野に展望を見出せるかも,
なんて考えたら,ちょっと私自身の仕事に希望がでてきたような。
労働組合の意味も,またあきらめずにおいかけていこう。
もちろん今までの,既得権争いではなく,協同して働くことに
喜びを保障するするための労組を。

今日は,『若者が働くとき』をノートに整理しよう。
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by KATEK | 2006-03-24 08:11