日常って、微妙な差異こそ大事かなと思います。


by KATEK
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鏡餅はトイレに。

さっきやっと押入れを片付けて,トイレの掃除をやって
なんとなく今年の掃除は完了って感じになった。
お餅もトイレにおまつりしてある。
(我が家のトイレは,相方の設計でギャラリーのように
なっている。家の中で一番飾り物が多いところ。
そこの一角を空けて,鏡餅を置いたわけ)

さてあと数時間で年明けだ。

今年このブログに遊びに来ていただいた方。
来年のご多幸をお祈りいたします。
またよろしくお願いします。
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by KATEK | 2005-12-31 20:14
さっき日の出てくる時間におき,今年初めての
そして今年最後の,ウォーキングをしてきた。
ブルース・スプリングスティーンをききながら,時間をはかり
約30分。
朝のブルース・スプリングスティーンは元気が出る。

木や鳥を見るのも忘れずに。
日当たりのいいところのハナミズキのに鳥が3羽とまって
赤い実をつつき朝ごはんの最中だった。
木のしたを見れば,種だけがたくさん落ちている。
こんなことに今まで気づかなかったんだなぁと驚き。
おまけに,違うハナミズキには,鳥の巣までつくってあった。
本当に身近なところに自然はいろいろな光景を見せてくれる。

ウォーキングをこれから続けていきたいと,少し決心するわたし。
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by KATEK | 2005-12-31 08:53
今日2度目。

不安について,森ゆりさんのことばを紹介します。

>以下,不安の危険な要素をあげてみた。
>1.不安は伝染する
>2.不安に圧倒されると人は思考停止状態になる
>3.不安はお金になる
>4.不安は支配の道具に使われる
>5.世論をつくりだすために,不安は人工的に煽られ,
>  人々はそれに翻弄される

森さんのメッセージです。
>「ひきわけよう・あきらめない・つながろう」

わたしもこのメッセージにのった!です。
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by KATEK | 2005-12-30 20:04

年賀状かきは大変。

今日はやっと年賀状を印刷し終わった。
(してもらったんだけれど・・・)
年賀状って,いいような悪いようななんとなく変な気分。
こんなにネットがさかんになってしまって,手紙を書くことも
少なくなってきているという。
でもわたしは,手紙文化が好き。
書いた字のもつ感じが好きだし,時間がかかるのもいい。
待つ楽しみを忘れたらもったいない。
それになくなったらさびしいと思う。
ただ形式的なものはねぇ・・・
そういいつつこれから書くつもりだけれど。

さて今日は何をふり返ろうか?
私自身のことで言えば,ブログの引越しをしてここに移ってから
とりあえず今まで続いたことと,たくさんのいい出会いがあった
ことがうれしい。
教えてもらったこと,励まされたことがいっぱい。
まだまだネット社会のことはわからないけれど,ネチズンと呼ばれる
ような人たちが増えていくことに期待したい。

今年は総じて,「不安」を大きくさせる年だった。
温暖化・事故・自然災害・自殺者の増加がとまらないこと,
ホリエモン現象というか,虚構の金至上主義というか,働くことの
意味をなくしていく加速度がついたような気がする。

『<野宿者襲撃>論』にこうあった。
自分自身ことと,遠い社会のことには興味をもつが,中間的な
ところに位置する人間は目に入ってこない人が増えていると・・・

「ほっとけない」として,ホワイトバンドがはやった。
300円払うことで自己満足してしまう底の浅さ。
だから,自分からアフリカの問題にかかわっていこうとはしない。

ホームレスや近くで自殺していくような人がいることや多重債務で
困っている人に対しても,たとえば,生徒の目はあまり向いていかない。

障害者(身体的なハンディ・精神疾患上のハンディ)や,
生活保護・老人の生活についても,知らぬ間に法律ができて
しまってもおそらく反応は少ないだろう。

反韓・反中の動きもそうだ。

来年は本気で憲法のことに取り組まなくてはと思う。
そのためにできることはなにか?
これは来年の課題とします。
みなさんも,ご意見お待ちしています。

あぁ,とりあえず明日は片づけしなくっちゃ。
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by KATEK | 2005-12-30 19:47

もう29日だって?

ぼーっとしていたら,なんと今日は29日。
あと3日で今年も終わってしまうなんて,あまりにも早すぎ。
そういえば,今の職場での勤務は,最長記録をだした。
今まで休みがちだったから。
今日なんか疲れた感じで何もしなかったけれど,
ついおとといまで職場に行っていたのだから,わたしにしたら
記録を出したわけで,疲れてもいいってことか・・・
(きょうは相方のスペシャルサービスデーで,わたしはふんぞり
かえっている。午後のお茶まで出してくれた。)

ところで,今年は歴史的転換点になったのではないかと感じている。
小泉政権下起こったさまざまなこと。
治安維持法が制定された1925年は,大正のリベラリズムが
花咲いていた頃のこと。
その頃と何が違うのだろう?
雑誌『前夜』もあまり売れていないようだし。
なし崩しに政治がおこなわれている・・・

こういうだらだら政治の中では,政府の持続力のほうが強い。
ともかく続けること,あきらめないことが大事なんだろう。
報道されないこともだんだん増えてきたよう。
あと2日で何を振り返ろうか・・・
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by KATEK | 2005-12-29 21:07

ちょっぴりの幸せ

昨日見た『愛を乞うひと』は,もしかしたら今のわたしには
あっていなかっただけということかもしれない・・・
と,今日になってふっと思った。

今は悲しく厳しい現実だけを見てはいられないということ。
確かに,ラストシーンは晴れ晴れとした顔でサトウキビをかりとる
主人公がいる。
虐待をしていた母に「さよなら」が言えたというシーンも
情感があふれている。
でも,きつい。母親に「あんたは髪をすくのが上手だね」といわれた
ことをただひとつの救いとして,生きてきた主人公。
こんなに強くは生きられない。わたしだったら・・・

今日見た2本の映画は,つらいけれど,ハッピーな映画だった。
『聖なる嘘つき』『フォーエバーフレンズ』
『聖なる嘘つき』はおととし(?)上映された『赤い鼻のピエロ』と
にている。

ナチスに追いやられてゲットーで過ごすユダヤ人。
ロビン・ウィリアムスが主人公。結局は最後に殺されてしまう。
でも彼のついた嘘は,人生に希望と尊厳を与えてくれる。

『赤い鼻』も,あるドイツ兵が,捕まって処刑されるかもしれない
ユダヤ人に,ピエロのまねをして笑いを取り戻させてくれた。
そのドイツ人も味方に撃たれてしまうのだが。

人生って,ちょっぴりの嘘やちょっぴりの笑いやちょっぴりの幸せ
がないと生きていけないものなのなのだろう。
だらしのなさも,だめさも,弱さも全部捨てられない。
そして何とか自分でちょっぴりの希望と喜びを探し続けないと
こんな時代だからこそ,やってはいけないのではないかしら・・・

『フォーエバーフレンズ』もベット・ミドラーが,自分に正直に,
失敗しながらも,親友を愛し続けタフに生きていく話。
弱い自分を励ましながら。
傲慢さももちながら。

わたしは『フォーエバーフレンズ』でなんだかいっぱい
泣いてしまった。なんでだかわからないけれど・・・

今日も頭痛がする。
こんなときは,つらい現実探しはやめておこう。

乾千恵さんの『「風」といるひと「樹」のそばにいるひと』野草社
から元気をもらおう。
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by KATEK | 2005-12-28 16:19
NHKで放送していたピアノレッスンをちょっと聴いた。
ベートーベンのピアノソナタ30番。

教わっている人の弾いているのはただの音。
教えている人はしらない人だったけれど,まさに音楽を
かなでていた。
音のつながり,間と強弱,息の仕方があきらかにちがう。
音は滑らずとどまらず絡み合いながら進んでいく。
わたしはピアノが弾けないから,勝手に言っているだけだけれど。

全部聴きたくなって,いまCDで流している。
弾いているのはソロモンという人。
ポリー二とどっちが聴きたい?と相方に聞かれ,今日はこちらに
した。
ポリー二のきらびやかな感じはしないけれど,なかなかいい。
(なんて偉そうなこといっちゃって)
おまけに今日はESL63のほう(スピーカー)で聴いているから
なおさらいい。

あぁ,こころが洗われていく感じ。
ピアノの流れに沿って・・・
水の流れでもあり風の流れでもある。ため息でもあるし,ろうそくの炎
のようでもある。微笑みもある。色や空気が感じられる。

今日はMRIの検査にいってきたから,だいぶ緊張した。
頭だけなら何度か経験しているから平気だけれど,今日は
からだごとすっぽりいれられたので,恐怖感が強かった。
閉所恐怖。どきどきして叫びたくなるほど。

だからなおのことピアノの音がここちいい。

今日は映画『愛を乞うひと』をビデオでみた。
うーん。評価は難しい。

原田美恵子(?)が親と主人公(その娘)の二役を演じていた。
母親の暴力の元で育った女性の愛の確認作業を描いた物語。
一人の娘をもつ親となって,早くしてなくなった優しかった父の遺骨を
探す旅。彼女もまた親となって娘と二人暮らしだ。
戦争中の台湾支配のことも関係してくる。

母親の暴力に見かねた父は,弱いからだで娘を連れて出て行く。
(彼は台湾の人だ。)
でも彼は結核で亡くなってしまい,施設を介して,主人公はまた母親の
元で暮らすことになるのだ。
暴力をもういいというほど描く。
暴力を振るう母の心情を描きたかったのだろうか。

わたしは愛をたくさんもらって育った。
でも「いい子」にしていることが条件だった。
甘えたい気持ちやサボりたい気持ちや,怒りをいま取り戻す作業を
私自身がしている。
親となった原田美恵子扮する主人公の今がもっと知りたかった。
子どもの心を取り戻す作業ってむずかしいものだから。
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by KATEK | 2005-12-27 20:45

ステラ

すっかりケヤキの葉っぱが落ちて,空を指し示すように
なってきた。
そうすると今度は気になりだしたのが,ケヤキの幹のこと。
かさぶたがはがれるように,今年のケヤキの幹の肌がぽろり
ぽろりとはがれているのだ。
どうしちゃったんだろう??
今まで気づかなかっただけかしらん?

ところで今日はビデオ映画『ステラ』をみた。
yumi_in_the_ryeさんのお薦め映画。
先日見た『ローズ』の役をやった女性が主人公。

まずみた感想。
シンプルな,悪く言えばありがちな話なのに,涙が出てきた。

ステラは,本当はとても知性のある優しい女性。
でも育った環境のせいで,いわゆる下賎な感じの酒場で働いて
いる。お行儀のいい女性ではない。
知識や教養や,そんなものとはかけ離れた生活をしている。
そんな彼女に,子どもができてしまうのだ。
偶然酒場にいた医者の卵とのあいだで。

相手の男性とは育ちが違いすぎるとわかっていたステラは,
男性のプロポーズを拒否し,一人での子育てを決心する。
娘をこころから愛するステラ。

娘とのふたりの生活にはいろいろなことが起こる。
大きく成長した娘の愛した男性が,「いいところの」男性だった。
ステラは自分の存在が,娘の愛の妨げになることを察して
身を引いてしまう。

最後に,誰にも知られずに窓の外から,結婚式の様子・娘の顔を
みて去っていく。

なんてあらすじを書いたらとっても陳腐。
なのにみてよかったと思う。

あの頃の女性が一人で子育てするのはさぞかし大変だっただろう。
娘はあまり「品のよくない」親に反発もする。
でも愛しているのだ。
明るく,懸命に生き,精一杯愛するステラの姿はすてきだ。
あの弱さと強さ。
人間ってこうなんだよなと思う。

こんどは,空安さんのご推薦の『愛を乞うひと』をみる予定。


追記

インドネシアの地震が起こってもうそんなに経つかしらんって感じ。
でも,いまだ難民同様の暮らしをしている人がたくさんいる事実を
忘れてはならないように思う。
同様に,阪神淡路大地震も。
人々の暮らしがどうなったのか,特に老人がどうなったのか
もっと情報がほしい。
目に見えるところだけが復興し,見捨てられたままのところが
多いようにも思う。
『<野宿者襲撃>論』にも書かれていたが,経済大国の中でもまた
第一世界と第三世界が同居している。
棄民の存在。

また政府はジェンダーフリーの「行き過ぎ」をみなおしていくという
ニュースが流れていた。
また女性に,介護やアンペイドワークを押し付けることになって
いくのだろう。
いま,教育の場でもジェンダーフリー(ジェンダーバイアスフリー)を
考えさせるのは難しい。
かなり感情的な反応になって返ってくる。
女性は「暖かい家庭を作ってあげたい」「おいしいものをつくって
あげたい」というような反応が多い。
過労死させる社会にNONというためにも,女性が働ける環境づくりが
大切なのに。

問題は山積している。
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by KATEK | 2005-12-26 18:37
昨日我が家に「食器洗い機」がやってきた。
(相方が適正価格・・・相方なりの・・・でみつけたもの。
すぐに手配してくれた)

今までは何度も検討してきたが,やはり二人とも疲れてくると
買おうかということに。

わたしは相変わらず子どものような反応で,マニュアルも読まずに
すぐつかってみたくなる。
相方はちょっと待ってと,制止するのに困っている。

今日で2度使ってみたわけだけれど,
食器の入れ方が,微妙に難しい。
まるでパズル。
食器どおしが重ならないようにいれようとすると,我が家のように
いろんな形の食器を入れる場合,考えて入れなくてはならない。
結局今日は(2度目は)わたしが自分でやってみるとはいったものの
相方が入れなおしてくれた。

この食器洗い機というのは洗濯機と同じ。
わたしは最近まで,「石けん」にこだわってきたから,
食器は石けんで洗っていた。
今度は専用の洗剤をつかうことになる。
でも,生活の形態にあわせていくしかないから。

食器を乾かすところまでやってもらったら,手で洗っていた頃より
ぴっかぴかにしあがる。
これは驚き!
あとはわたしがどううまく食器を並べられるようになるかが
コスト削減につながるかどうかの分かれ目。
わたしのことだから時間がかかりそう。
でも楽しみながらやってみよう。

今日は今年最後の野口体操のレッスン日だった。
やっぱり野口体操はおくが深い。
このことについてはまた時間のあるときに。

こらからお米を研がなくちゃ。
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by KATEK | 2005-12-25 17:43

傍にいること・遠藤周作

今日はクリスマスイブ。
ということで,ちょっと気になっているキリスト教のことを
徒然なるままに・・・

遠藤周作の作品に『沈黙』・『死海のほとり』というのがある。
『沈黙』は「ころぶこと」つまり転向・踏み絵を踏むことについての,
『死海のほとり』は愛この場合は,アガペーについての,
彼なりの考え方を表現したものだ。

『死海のほとり』という作品は,私の尊敬しているある人から
紹介されて初めて読んだものだった。

キリストの愛は,奇跡をおこすことではないのではないか。
イエスという男は,無力であるがゆえにできる最大のこと
<病む人や打ちひしがれている人・差別されている人の傍に
居続けること>をすることこそ自分に課した人だった・・・
というように遠藤周作は考えていたと,わたしは理解している。

自己犠牲にはつながらない,弱い人間だからこそできることが
いつでも傍にいることだという発想は,わたしにとっては救いになった。

そしてわたしは多くの人から愛を受けていると思えるように
なってきた。
それは幸せなことだ。

けれど,山形皓生さん(名前が違ったらお許しください)のブログに
遠藤周作はわかっていないというようなことが書かれていた。
(これもわたしの読み違いだったらお許しください。今どうやって
その文章にたどり着いたのかすぐにはわからないので・・・
本当は確かめるべきなのですが。)
キリスト教の本質とは何か語らずに,単にフィクションとしてイエスが
描かれているだけだというようなコメントだった。

キリスト教の本質って何だろう?
神学にうといわたしにはわからない。

でもあの『死海のほとり』で,生きていくための強さを与えてもらった
のは確かなことなのだ。

わたしは八百万の神のようなもの,山岳信仰とかアニミズムとか
そういったものの方に,霊性を感じている。
だから教義のあるものはよくわからない。

でもそれでも<傍にいる>ことについて,わたしは深く心動かされる。

そんなことを思いつつ今日は,ケーキを食べるぞ。


補筆(追加)です。
山形さんのこと調べてみましたがでてきません。
どこにいっちゃったんだろう。
でもほかのある人のブログにも,神学界のなかでは
遠藤周作の作品は禁書扱いにもなるような間違いを書いている,
とかかれていました。
奇跡に関することらしいのですが・・・
やっぱり神学はよくわかりません。
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by KATEK | 2005-12-24 12:45