日常って、微妙な差異こそ大事かなと思います。


by KATEK
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いてててっ。なのだ。

金曜日の夕方,アンデスポテトの皮をたくさんむいたり,お釜をもったり
しているうちに,また手の関節が痛み出した。
(アンデスポテトは,黄色いなかみであまくておいしい。
栗のような味。でも小さいからたくさんむかないと食べた気がしない。)
パソコンのキーを打つのもたいへん。

頚骨やら,手の関節やらひざの関節やら,痛いところがいっぱい。
ほんと,なんとかしないと。

野口体操に行ったら,手を使わないでからだをほぐす動きを
今日はやってくれた。
「ともかくさするんでもいいから,いつも解くようにしていてね。」
からだはつながっているから,全体をほぐしていかないとならないし,
また一部をほぐすことが,全体にもつながる。
気づいたら動かすように,なのだ。ひんぱんに。

からだは不思議。
ずっと頭が痛かった日々が続いてきたから,頭のことを考えない日は
なかったし,胃が痛ければ胃があることを感じ,目なら目,足なら足と,
痛むことで,そこに何かがあることに注目できた。
けれど,痛みがなくなると,
たとえば胃の不快感がない日は,胃の存在を忘れてしまう。
痛みこそ,そのものの存在を知らせてくれるのだ。

『差別原論』という本をパラパラとめくったり,ひきこもりに関する本を
めくったりしていると,ここでも,「痛み」を抱えている人だからこそ,
感じることがあるのだと思わざるをえない。

でも,痛みは個人的なものだし,周りからはなかなかわからないし,
また痛んだり痛みがなくなったり。
痛みというのはけっこうつかみどころがないものだから,やっかいだ。

まぁ,理屈はさておいて,かばんを持つのがたいへんだし,包丁を
もったりまな板をもったりするのもたいへん。
早くおさまってくれないかなぁ。
本のページを開くのも,めんどうなくらいだから・・・

そろそろキーをうつのも限界。
おしまい。
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by KATEK | 2008-04-06 20:58