日常って、微妙な差異こそ大事かなと思います。


by KATEK
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地方の寂れ,どうにかならない?

お月様がきれい。
冬だというのに,そんなに冷え込まない夜。
外に食べにでるのも,おっくうにならない。

うどん屋さんで夕食を食べてきた。
そこはうどん屋さんといっても,和風の食事なんでもあり,
というようなところなので,いつもいろいろサイドメニューを
楽しんでいる。

今,旬の牡蠣。
おいしいカキフライを食べながら,
「仙台に食べに行きたいねぇ。仙台って街はいいものね。」
とわたしがいったら,相方はこういう返事。
「今仙台も寂れてきて,街中は全国どこにでもあるような
お店ばっかりになってきたみたいだよ。」と。

盛岡とか仙台や松本の中心街は,おしゃれな喫茶店とか,
とっても安いものを売っているお店とか,おいしい果物屋さんとか,
そんなのがいっぱいあって,大好きな街のひとつだった。
でも,ほんとうにここ7・8年でずいぶん様子が違ってきてしまったと
確かに感じる。

そういえば,最近は廃村になるとか,街が寂れるとか,
そんなニュースが増えてきた。

東京の多摩ニュータウンも,そのひとつだ。

でも,同じような世代の
(年収が同じくらいのといってもいいし,家族構成が同じようなともいえる)
人たちがわっと入ってきたのだから,
その年代の人たちが一斉に老人になっていくということは予想できた
ことで,いまさらなに?と思わないでもない。

地方都市に仕事がなくなり,人が住めなくなってきたということも,
ずいぶん前から兆候はあったように思う。
だから,何とかしようと思えば,住みやすい街につくりかえることも
できなくはないのでは?

太郎次郎エディタスというところからでている
横川和夫さんの書いたルポ『その手は命づな』を数日で読んだ。
副題は「ひとりでやらない介護,ひとりでいい老後」だ。

「まごころヘルプ」というNPOのたちあげから先を,ずっと
追いかけたルポ。

(横川さんのルポは視線が優しくてなかなかいい。
 統合失調症の人たちが集まって生活している「べテルの家」の
 取材から書かれた『降りていく生きかた』もおすすめ。)

この「まごころヘルプ」というのを作って発展させていった様子を
みると,必要性から生まれ出るものは強いということがわかる。

新潟という決して経済的に恵まれた土地ではない場所に,
しっかりした組織をつくりあげてきたという事実は,
読んでいるだけで希望がわいてくるものだ。

目次を見ているだけでも,そうだ!と思う。

>だれも生きることをあきらめてはいない

>病院は生活の場ではないのです

>壊れても不自由でも私の人生

>人間関係をいかにつくれるかが生命線

>がんばりすぎては憎しみになる

>ある日,義母の急須にカビが

>私はどんな人から手助けを受けたくないか

などなど。

このNPOをつくった河田さんの視線,プロ意識はすごい。

脳卒中で片側のからだが使えなくなってしまった人が,
サービスを受けて食事をするときに,よくあるパターンは,
先われスプーンを使わせるというもの。

でも,河田さんは,その人といっしょに左手でうどんを食べた。
「うどんは,はしでたべたほうがおいしいよ。」といって。
「いっしょにやってみましょうよ,とことばには出さずに。

介護する側の視線ではなく,普通に暮らせることの大切さが
基準になっている河田さんのやりかた。

まだまだ諦めずにできることって,たくさんあるような気がする。
それを仕事にしていくことだって。

なんだかまとまらなくなってしまったけれど,
『その手は命づな』って本はおすすめです。
図書館から借りて読んだんだけれど・・・

と,今日はここまで。
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by KATEK | 2007-12-15 21:20