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日常って、微妙な差異こそ大事かなと思います。


by KATEK
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こんなことしてたんだ・・・

今の世の中,民主主義なんて言葉はあってないのと同じ,
そんな気もするが,・・・なんてことを思っていたら,数年前に
やった授業のことを思い出した。

数年前の授業を今になって「反省」するというのもへんだけれど,
人間って,いろいろなことに出会いながら生きてくると,考えも
変わってくるんだなぁと,なんだか感無量。

民主主義というのは,教えてもらって覚えることなんかじゃないから,
と考えて,授業の始まりに(4月に)授業中のルールをみんなで
決めようという提案をしたのだ。

ケータイやおしゃべりや寝てしまったりすることを「厳禁」として
成績のうえでマイナス評価にするという,一般的な方法は,
わたしにはあわない。

聞け!っていえるほど自信のある授業じゃなかったし・・・

だから,ケータイの使用やおしゃべり,化粧などをどう扱うか
意見を表明してもらって,みんなの意見をあわせてルールをつくった,
はずだった。

「みんなで決めたルールだから,みんなで守ろう」
という結論に達したわけだけれど,実はその決定が裏目に出た。

気持ちの通うクラスではうまくいった。
でも,なぜかギクシャクしてしまうクラスでは,「ルールさえ守れば
いいんだろう」と,マナーモードにしたケータイをやめない子が
たくさんでてきた。

「自分の常識と判断に任せる」
「他人のじゃまはしない」

これがあったかいルールになることも気分を害するルールにも
なること,そんな予想はしていなかったのだ。

それに加えて,私のとった行動のいたらなさ。

私までが「ルールなんだから守ろう」って頑固な頭になってしまって
何が大切か考えるのを放棄してしまった。

ルールを作ること・ルールを守ることの目的は,学習権を
大事にすることなのだから,そこからはずれていたら,再考するのは
当たり前のことのはずだった,
今になってそう思う。

私の側から,どうすれば授業をいい環境でうけられるか,
問題を投げかけることはいつでもできたはず。
なのに,ルールに拘泥してしまった。
これは民主主義の形骸化ってやつだ。
それこそ,こういう状況をどうするかを問題として投げかけることが,
本来の学習になったのに・・・

わたしは,ずいぶんかたくなだったんだなぁと,
この頃よく思う。
自分で自分を縛り,ついでに生徒も縛ってしまうってことを
自覚できなかったわたし。

だからといって,これから授業をしたって「うまく」なるのかは
まったくわからない。
でも,この「生き難い」世の中で,気持ちのいい空間を作っていくのは
決して無価値ではないんじゃないか,そう思っている。

それからちょっと読書会に出かけてきます。
連休が終わったらまた遊びに来てください。
by KATEK | 2007-10-05 21:05