日常って、微妙な差異こそ大事かなと思います。


by KATEK
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「死ねば?

今日は我が家にとってのある記念日。
こういうときくらい、全品手作りで夕飯を!と
思って作ったわけだ。

が、いつものとおりおおざっぱなわたしは、
昨日の豚肉のスーププラス古くなってきた
大豆の(ゆでてある)パック、全部を投入。
大豆の味が前面に出すぎたカレーが、それも
たくさん出来上がり。

さらに相方に食べさせすぎて、ちょっと不機嫌に
させてしまったようだ。
せっかく買ってきたワンピースのタルトは
今日のお中には入らなそう。
トホホ…

もう数か月前になる話。
若者がTシャツを着ていた。
後ろ全面に大きく「じゃあ 死ねば」というコピーが
書かれていた。

学校でもよく生徒たちはこの言葉を使う。
「死ねば?」
「うざい」が「死ねば?」に変化してきた感じもあるけれど、
あまりにひどいこの言葉。

わたしも今まで生徒に出させたプリントに
私の名前を書いて「死ね」と乱暴に書かれた経験多数。
正面きっては受け止めないけれど、いやーな感じは
けっこう残る。

軽い気持ちで「死ねば?」と言っている人たちも、案外
自分の気持ち自体を粗末にしているんじゃないかしらん
と思ってしまう。

4月からの授業、
命のこと考えようかな。

『みんな言葉を持っていた 障害の重い人たちの心の世界』
という本を見つけた。
今までは、自分で声を出せないから、この人は言葉を理解しない
または習っていないから言葉を知らない、そう思われてきた人たちが
大勢いて、かなりの人たちが豊かな言葉の世界をもっていることが
わかった。
そしてそういうふうに扱われてきた人たちの詩を載せている。

前に『逝かない身体』という本でALSという筋肉が衰えていってしまう
病気の母親を介護した人の本を読んだ。
もう目も開かなくなり、舌も動かなくなり、動かせるところがどこにも
なくなってしまっていてもお母さんは生き続けた。
生前は尊厳死を望んでいたというが、動けなくなってきてから、
「生きたい」という母親の意思を受け止めた結果だ。

尊厳死とかQOLとかいろいろな言葉はどんどん出てくるけれど、
生きるってなんなの?っていうことは当事者問題として
簡単に片づけられないもの。
やはり社会が生きられるか、生きられないかということを
決めている部分が大きい気がする。
授業が始まるまで、これから勉強。
できれば映画「ダカタ」(あれ?ちがった?)も見せたい。

今日はなんだか真面目に前向きだったなぁ。
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by KATEk | 2012-03-27 21:17