初めて泣いた。

寒い一日でした。

昨日教員になって初めて,授業中に泣いて
しまいました。

あまりのうるささ,授業にならない状態に
黙って生徒を見ていたら・・・

「こんなだから点数下がるんだ。」
と聞こえるか聞こえないくらいの声でぼそぼそ。
それを皮切りに,
別の先生のほうがよかった。
別の先生は授業が面白いしわかるから点数も取れる。
だからみんな静かになるわけで,わたしの授業は面白くないし
わからないから点も取れないしみんなうるさいんだ。
などなど。

なんだかいろんな気持ちが混ざって,そしたら
涙になってしまったようです。

なかなか授業,うまくいきません。
一定の距離をおいたほうがうまくいくのは
わかっていても,うまく距離をとれない。
近づきすぎ。
わたしも相手も。
そういうサインを知らないうちに出しているみたいで。

もっと元気ならもう少しうまくかわせただろうになぁ。
体力がない。
元気がない。
悔しいです。

せめて晴れてくれたらちょっと元気になれるのに。

明日に期待です。

# by KATEK | 2009-11-19 18:31 | Trackback | Comments(3) 

冬を越すってたいへん。

日照時間が短くなるとどうもだめなようです。
じっと動かなくなるというか,冬眠に入るというか・・・
調子が悪いから動かなくなるのか,
冬眠の時期だから,いろんなところにがたがくるのか,
どっとちなのかはさだかではありませんが。

まぁなんとか仕事には行っています。

あんまりニコニコしていると,元気だと思われて
仕事を引き受けなければならなくなるので,ちょっとの間は
そっと椅子にすわっていることにします。
なんてったって,ここを乗り越えなくてはなりませんから。
使える力は,授業にむけることにして。

ということで,とりあえず,
今日はご報告,でした。

# by KATEK | 2009-11-15 17:24 | Trackback | Comments(0) 

確かに冬です。

明日は立冬だそうな。
もう冬か・・・
ここ数日朝起きると寒いもの。
確かに冬,ね。

生徒は一人でもなまもの。
集団だともっとなまもの。
その日にいってみないとわからない。
ちょっとばかり,こちらの体力が回復して,1時間中立って
授業ができたというだけで,何かが変わるし。
今日もなんだか不思議な時間を過ごした。
キーパーソンに翻弄される毎日。
彼や彼女に,一言でいいからなにか言い返せたらいなぁ・・・
それができない間抜けさが,彼らにあっているのかも
知れないけれど。

図書館から借りてきた本。
杉田徹『フォルテシモな豚飼い』
中島岳志『朝日平吾の鬱屈』
『ダラヌエールの子供たち』(伊藤和也写真集)

伊藤和也さんといえば,ペシャワール会にはいってアフガニスタンで
活動していた人。
農業指導に夢中で,現地の子どもたちから慕われていた。
でもわずか31歳で殺されてしまった。
アフガニスタンの情勢がどんどん悪くなっていった時期,
まさか現地の人からあんなに慕われているのに,彼が殺される
はずがないといわれたあの伊藤さん。

伊藤さんの撮った子どもたちの顔は豊かだ。
ほんとうにかわいらしい。
言い方は悪いけれど,たぶん伊藤さんは
「このクソがき!」と内心いいつつも,いっぽうでうれしくて楽しくて
笑いながら写真を撮ってあげていたに違いない。

今,アフガニスタンはどうなっているのだろう?
全然情報を得る努力をしていないから,世界の(日本も)ことが
縁遠くなっている。
時々は,時間を作らなくちゃ。

# by KATEK | 2009-11-06 19:37 | Trackback | Comments(0) 

こたつをだしました。

思ったより寒い一日。
でも授業がうまくいかず,大声で叫ぶようにして話したので,
からだはヒート。
大きな声を出したら,相手はもっと大きな声になるという
関係はわかっていても,ついついわかってほしいと思うと
おしゃべりの渦のなかにかき消されないようにと叫んでしまう。
あぁ,疲れた。
こちらの気持ちなんか通じないのだから,もっと効率を考えて・・・
なんて気にもなるのだけれど。
明日は小さな声でやってみよう。

# by KATEK | 2009-11-04 21:16 | Trackback | Comments(2) 

木坂涼さんの詩,みーつけた。

知らない間に霜月。

昨日は木枯らしも吹いたそうな。
今日はひだまりはあったかくっていい日だった。
明日もあったかそうだから,それだけでうれしい。

頚椎のMRIをとったら,圧迫されている部分があって,
もしかしたらそれが指や手の痛みにつながっているのかも
ということ。
今度は整形外科に紹介状を書いてもらって・・・
なんだかしたくもないのにドクターショッピングなのだ。

東京新聞のけさのことばにあった『音の箱舟 モーツァルト』が
気になって,この詩を書いた木坂涼さんの詩を読んでみた。
出会ってよかった,と思う。

    小鳥と笛
                 木坂涼

  小鳥
  お前の羽にそなわっている
  空へのタッチ
  スタカート
  スラー
  喜び
  警告

  笛は木の仲間だった
  そのころに学んでいたのか
  葉脈の流れに メロディーを
  枝にとまった小鳥の
  枝のステップ!

  枝から枝へ
  立体の五線譜
  知らず 知らずの音階

  夜の霧が降りてくる
  霧に 覆われていく 楽譜


これは『音の箱舟 モーツァルト』のなかの詩。
彼女の詩集の詩はまた違った感じ。
その紹介はまたの機会に。

# by KATEK | 2009-11-03 17:53 | Trackback | Comments(0) 

おじさん,そしてつながれたネコ。

先日のこと。
仕事の帰り道,公園を通り抜けた時。

おじさんが大きな声で言っていた。
「これは俺のネコだ」

柵に2匹のネコがつながれていた。
そのへんにあるようなながーいひもで,そのネコたちは
つながれていた。

1匹は大きめでぶっちょの茶色いネコ。
もう1匹は小さなやせの白と他の色のぶち。
いつもそのあたりに出没する,典型的のらネコだ。

「ネコに鈴をつける」ということばがあるように,
縛られるのをきらうのがネコだと思っていたが,このでぶっちょは
ずいぶんとおとなしい。
おとなしいどころか,悠然として,
「俺のネコだ」と主張しているおじさんをじっと眺め観察している。

それにしてもこのおじさん,
どうしてこんなことをしたんだろう?

翌朝そこを通ったら,昨日の光景はかきけされ,なにもない
いつもの通りになっていた。
きっとあのネコたちは,平然としてそこを立ち去ったに違いない。
たぶん,おじさんもどこかでその日暮らし。
野宿者のおじさんのようだったから。



まだ指が痛いまま,今日はキーを打っています。
今週は授業でも八つ当たりというか,かちんかちんときて,
わるーい空気のなかで仕事をしてました。
授業が始まった時から,横を向いて,机の上には何も出さず,
ケータイをずっとみていて,果てはジュースを飲み始め・・・
なんて生徒にかみついて。
授業を聞いている生徒のほうがずっと少なくて。

でもこういうことをあるところで1時間愚痴って,
すこしアドバイスをもらったらすっきりしました。
そうか,わたしの授業に手直しすべきところありだ,
やっとそんなことに気づき立ち戻れて。

生徒のためにやってるんだ,なんてかなりおこがましく
ひとりよがりになっていたみたいです。
来週は,まずわたしの否を認めるところからスタートです。
(もちろん,生徒の側の問題もちゃんといわなきゃ,ですが)


最後になりましたが,
数日ブログをおやすみしている間にも,あたたかいメッセージを
くださった方々,本当に感謝です。
「こんなブログ!」なんてなげやりになっていたのに・・・
ありがとうございました。
これからもよろしくお願いします。

# by KATEK | 2009-10-31 10:21 | Trackback | Comments(4) 

外気には・・・

 
   東京新聞  けさのことば
                    岡井隆

     外気には

     なぐさめがあります

       『音の箱舟 モーツァルト』  木坂涼



外気に慰めが感じられますように。
このささくれだって,怒りばっかりが感じられてしまう時に。
痛みにすべてがとらわれてみじめな時に。

# by KATEK | 2009-10-26 21:34 | Trackback | Comments(4) 

どうにでも・・・

痛い。
腹が立つ。
イライラする。
なげやりだ。
どうにでもなれ。

# by KATEK | 2009-10-25 19:24 | Trackback | Comments(0) 

自白するだろうわたし。

あぁ,わたしも自白してしまうなぁ・・・
いくら冤罪だったとしても。
なんて実感した日。

近頃痛いところばかりで,痛みをかばってか,からだの
緊張がかなりつよいみたい。
足も太ももから疲れていて,山に登った後のように,
午後になると足がカクカクしてくるほどだ。

というような状態で授業をする毎日で,授業もなんだか
からだの疲れがずっしりくる。
3時間続きで授業をしたりすると,3時間目の中盤ごろには
頭の回転が悪くなってくるのがよくわかる。
もう疲れてしまって,ある種どうでもいいやという気にさえ
なってくるのだ。
今日,初めて気づいた。

疲れが重なって,眠ることもできず,かつ脅され恐怖を
与えられていたら,考えることなんかすぐにでも放棄してしまう,
そういう感覚が,わたしのたったこれだけのちっぽけな痛みの
経験からでも簡単に推測できるのだ。

疲れていると,考えることはひどくめんどうになる。
相手のことばに反対したり,批判したりするのがすごく億劫。
もういい,どうにでもして!となげやりになる。

人間,どうしてこうもヤワイというか弱いというか・・・

大西巨人の『神聖悲劇』の主人公の,いつも冷静で貫徹した態度や
戦中に良心的兵役拒否をした明石順三や,こういった人物の
すごさをあらためて考える。

しなやかさも必要なんだろうな。
疲れすぎないようにいつも自分をどこかで保っておくこと。
ユーモア。

わたしなんか,疲れすぎて,野口体操をすることに嫌悪感すら
いだくこの頃。
そんな「気持ちいい」動きなんてありえない!と勝手に怒っている。
あぁ,硬い固い,堅いわたし。

でもふかふかブーツは気持ちよかったです。

# by KATEK | 2009-10-23 21:35 | Trackback | Comments(0) 

この詩を読んでみて。


  僕は縛りつけられている子どもたちの怒りを世界にぶつけたい
  僕は虐待されている少女の痛みを世界に向かって叫びたい
  僕は捨てられた赤ん坊の言葉に尽くせない哀しみを世界に向かって
  叫びたい
  僕は酷使され、虐待されている子どもの恐れ、おののきを世界に
  向かって
  叫びたい
  僕はこのすべてを世界に向かって叫びたい
  でも誰が僕と一緒に叫んでくれるのだろうか

    (13歳で働かされているミカエル少年の詩より)


世界の子どもたちのことを勉強した。
強制労働させられている子どもたち。。
子ども兵。
ストリートチルドレン。
売春させられている子どもたち。
難民。
アメリカのギャングたち。

話はすれども,どこかすり抜けていってしまう,
そんな感じは否めない。

実態について簡単に話してから,冒頭にある詩を読んでもらった。
感想を聞いた。(書いてもらった)

書く前に,わたしのコメント。

 天童荒太(?)さんの本読んだことある?
 『悼む人』はベストセラーになったよね。
 (『包帯クラブ』を知っていたのがたった一人だった)
 天童さん自身,亡くなった人の気持ちを感じるために
 その場に行って感じようという行動をとっているそうだ。
 でもね,
 いくら感じようとしたって,それは無理なことなの。
 限界があるの。
 だってその人にはなれないもの。
 どうしたって感じられないことばかりだし,
 その人の立場になんて立てないの。
 でも,それがわかっていても,それでも考えて感じようとして,
 ちょっとでも想像して,
 そういうことが大事なの。
 難しい事だってわかっていてもね。

ひとりだけ,うなりながら,
「書けねー」と悩んでくれた生徒がいた。

書けなくていいんだ。
悩んでくれれば。
そしてなんとか表現しようともがいてくれれば。

彼が書いてくれた数行。
「ぼくは何ができるんだろう。なにをしてあげられるんだろう。」
重いことばだ。

今のほとんどの生徒は,セイフティネットとか,言葉で教わったと
それでいいことにしている。
授業でやったことにかなり満足している。
(わたしの授業ではないけれど)
今,テレビで流れている言葉を,聞くことには違和感なくまた
抵抗もないし。

ただ授業で聞いたことはあるでけで説明はできないことだらけ
というのが現状だ。
まして,他人のことを感情を受け止めながら,文章にしてみる,
そんなことは離れ業といっていいほど,「無理」なことらしい。
だって,だれもそんな疑問をぶつけないから。
授業でそんな質問は誰もしないから。
だからわたしの授業にはけっこう抵抗がありそうだ。
それでも,あれだけ悩んでくれて,ほんとうにありがたい。

と,ここまで書くのが限界。

おととい,手や指が痛かったので,足の小指の爪が半分ほど
はがれていたのに丸一日気づかなかった。
夜お風呂で,血で真っ黒になった小指に気づいて,とたんに
痛くなってきた。

気づいたらけっこう痛いもので,靴ははけないし,歩くのも
やだなぁって面倒くさがっている。
人間って,ほんといいかげんにできてるもんだ。
だからいいのだし,こわいのだけれど。

追記:
痛くない靴がないから,ふかふかのブーツ,買っちゃいました。
まだ時期的には早いし,それほどかっこよくないかれど,
ともかくふかふかだから。
明日から当分そのブーツにお世話になります。
でもなんだか変な装いになりそうな予感。
雪国から南の国にやってきたへんなおばさん??


# by KATEK | 2009-10-22 21:18 | Trackback | Comments(2) 

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